見て下さってありがとうございますニコニコ


本文と関係無い話しですが、

昨日カルガモの親子を見ました!


バンバン車が通る道路を、

母鴨と子鴨1羽が横断中で、


スピード落として

ギリギリ子鴨を避けました不安

運転中でした。


なぜあんな場所に? 

無事だといいな。


以下、本文です。



母が放っていた『嫌な言葉』があって、


実家の仏壇にお参りにくる、おっ様にも、

以前お世話になっていた

ケアマネさんにも言っており、

それについて思うことです。

おっ様=お寺のお坊さん。



「うちは、娘がいるからいいわ。」


「娘にやってもらえるでいいわ。」


高齢になった母が、

色んな人に言っていた言葉。



その一方で私達には、


「あんた達に迷惑掛けたくない。」


とも言っていた。



母が父に、


「娘で良かったね。」


「男の子だったら、

こんなにやってもらえんよ。」


とも言っていた。



もうこの頃には、認知症や、

頚椎症などの身体の衰えで、 

母は色んな事が出来なくなっており、


代わりに姉と私が色々やっていたので、


「娘にやってもらえるでいいわ。」


って言ってたのかもしれない。



介護度が上がると、

母はデイケアに喜んで行くようになり、

訪問ヘルパーさんにもお世話になった。

父はずっと前からお世話になっていた。


今では2人共、

家で暮らすことも出来なくなって、

介護施設でお世話になっている。



ずっと家に居たいよね。

ずっと娘にみてもらいたいよね。


娘には、家事やらお世話やら

頼みやすいんだろうね。


他人より気を使わなくていいし。



でも、


「うちは、娘がいるからいいわ。」


とか、


「娘にやってもらえるでいいわ。」


って言われるのは、


すっごい嫌だわ真顔




「お世話したい!おねがい


って気持ちでやってる訳じゃない、


助けたい気持ちと、義務感と、

どっちもで、やってるんだよ。

(父と母は好きです。)

 


「娘にやってもらえるでいいわ。」

「うちは、娘がいるからいいわ。」


って発言に含まれる、

重くて嫌な感じは何だろう?

と思って、


『期待』と『信頼』について

調べてみました。


 色んな解釈があるようですが、


『期待』は、

自分の都合で相手に動いてもらいたい

という、相手をあてにする気持ちで、

相手が自分の望み通りにならないと

不満を感じてしまうけど、


『信頼』は、

相手そのものを信じているので、

相手がどんな選択をしてもOK。

相手が自分の要求に反しても、

それはそれで良しと思う気持ち、


なのだと分かって、


「母の発言は、私や姉への期待で、

それが嫌だったんだ。」


と納得しました。


この時感じた『嫌な気持ち』と、

本質は同じでした。


遠回しの表現でも、

自分の思うように相手に動いて欲しい

という意図は伝わります。


親って子供に期待しがちなので、

私もやりがちです真顔

(うちは緩い方だと思うけど。)



私が誰かに期待されたとしても、

その人が私に向けた期待は

その人自身の気持ちであって、

私のものではないので、


その期待を受け取るのか、

それとも、受け流すのか、


自分の責任で、

どうするか選べばいいんですよね。


そこまでいけば、

全ては自分次第で自由なんだけど、


今はまだその域に達するには程遠く、

時々人の思いに振り回されたり、

自分も人に期待してしまいます泣き笑い


その事を自覚出来るようになったので、

少し視野が広がったのかも。


【追記】

「娘にやってもらえるでいいわ。」

「うちは、娘がいるからいいわ。」

って、聞く人によっては「自慢か?」

って感じますね。

自慢したい気持ちもあったのかも?



 忘れてたけど、私も母に期待してましたあんぐり


母も私も、お互い様だわ泣き笑い

書いてるうちに思い出したけど、
諦めからの受容で、母への期待が
無くなってくる経験をしていました。
『受け入れる』って大切ですね。


2年前にも、

期待と信頼について書いてました指差し

色々関連のある事が繋がってきます。


期待について書いた記事を読むと気づく、

お父さん、期待されてないな😂