うつ病日記。9
人生のどん底を味わうように。
毎日生きてるのか、死んでるのかもわからなくらいにボォっと過ごしていた。
なんにもしないで一日が終わった。
でも、元気な日もあったんだ。
いわゆる躁の状態だ。
うつになってから一年後のことだった。
ある日妻とドラッグストアに行った。
妻は妊娠検査薬を購入した。
結果は陽性。
産婦人科で検査してもらった。そこでも陽性。
実は、うつになる前から妊活をしていたのだけど、なかなか恵まれずにいた。
うつになってからは、子供を授かることも諦めていた。
でも、躁の状態のときにどうやら妊娠してたらしい。
嬉しかった。とても嬉しかった。
その反面、不安もついてきた。
生活していけるのだろうか。子供を育てていけるのだろうか。
でも、できてしまったもの。それはもう命だ。
なんとしてでも育てていくしかない。
そして、その子はクリスマスの午後に産まれた。
奇跡の子供だ。
妻が丸二日の陣痛に耐え、やっと産まれてきてくれた、奇跡の子供。
その子の顔を見ていたらなんでもできるような気がしていた。
きっと明るい未来が待ってる。
妻とこの子のために。絶対に復活してやるって決めたんだ。
アデュ。
未咲シキ。
うつ病日記。8
月に二度の通院生活が始まった。
そんな日々を過ごしていると、徐々に順応するものだ。
健康優良児だった僕にとって通院なんて言う言葉は辞書にはなかったから。
先生から聞かれること。
何時に寝て、何時に起きるか。起きている時間の過ごし方。
面白いテレビを観て面白いと思えるか。
趣味である音楽鑑賞や映画鑑賞はできているか。
そして。性欲について聞かれます。
性欲といってもいろいろあるみたいです。夫婦の夜の営みだけではありません。
例えば、可愛いひとや、キレイなひとを見たときにどう感じるかとか。
好きな女優さんを観てときめくだとか。
やらしいことばかりではなく、その瞬間にどう感じるかが大切みたい。
男性としての当たり前の感情を聞き出そうとしてるということになります。
これらの事は毎回聞かれます。
処方された薬を飲み、安定しているかに見えていたが、根本にある感情のコントロールができずに悩んでいた。
それはやはり無職であること。人生をサボっている自分を許せずにいた。
そんな考えが原因で、何度となくまたリスカしてしまった。
加えてOD(オーバードーズ)を始めるようにもなっていた。
改善されていくどころか、悪化してるんじゃないかと思うこともあった。
それこそが、自分は病気なんだと認めていない証拠だった。
人生サボってもいいから、ゆっくりと治していく。考えていく。向き合う。
そんなことができていなかったんだ。
13年経ってみて、あの頃の自分に言えるなら言いたいよ。
受け入れろ。認めてしまえ。って。
アデュ。
未咲シキ。
番外編。
先日、志村けんさんが亡くなりましたね。
物心ついた時には8時だよ全員集合!でスターでした。
二つ上の姉とひげダンスとかよくやってました。
いかりや長介さんが亡くなった時もショックでしたが、それ以上かもしれません。
年齢的にも危ないのかな?とか、笑って、だいじょぶだぁなんて復帰してくるとか。
いろいろ想像していたけど、結局戻ってこなかった。
僕の笑いのツボは幼少期から志村けんでした。
全員集合。ドリフの大爆笑。かとちゃんけんちゃんごきげんテレビ。バカ殿様。だいじょぶだぁ。
全部観てました。全部好きでした。すべてのキャラクターが好きでした。
毎回同じような内容のコントでも、来る来ると思いながら最後に大爆笑。
そして、笑いの後には志村けんから醸し出てくる安心感がありました。
スペシャルとかが楽しみでしかたありませんでした。
僕も人を笑わせることが好きだったけど、それのほとんどが志村けんの笑いをモチーフにしたものがほとんどでした。
この世の中に面白いお笑い芸人さんがたくさんいますが、今日までコント一筋でやってきたのは志村けんです。
漫才のコンテストや、コントのコンテストはあるけど、コント番組って他にないと思います。
コント職人志村けんを本当にほのぼのと観ていました。
個人的に好きなのは、柄本明さんとのやり取りです。
あの二人が織りなす空気感て特別なもので、志村けんと柄本明だから成り立つコントだと、本当に楽しみにしていました。
『世も末よねぇ』のフレーズが大好きです。
これから、追悼の特番とかやると思いますが、新しいコントを観れないのは本当に寂しい。辛い。悔しい。
心からご冥福をお祈りいたします。
大好きでした。ありがとうございました。
アデュ。
未咲シキ。