英語教育現場の混乱 | An Ulterior Weblog

An Ulterior Weblog

更新は全く不定期です。広告は勝手に付き、外す費用も馬鹿らしく、アメーバからも一切頂いておりません(コメント・読者登録もアフィリエイト狙い多く、受けておりません。ご容赦下さい)
Read-only, not set communicative and periodical updating, sorry.

これまで何度か触れてきた知合いのご子息の中高一貫校の件でまた相談になった。

 

以前に『人生英語カリキュラム相談』のところに書いたミネルヴァがベネッセに吸収されたという。現在はまだ変化はないが、そのうち本来の幼少時の英語教育ではなく、受験を意識したものに移行していくのは間違いないだろう。残念な話だ。

さらに、高校にそのまま進学するわけだが(外部受験生と同じ試験を受け、習熟度でクラス分けされる)、その前の学校側の説明会で、3年後に受ける入試への対応に関する説明があったそうである。一応、進学校ではあるのだが、その対応の低さ、つまりの教師陣のアンテナの低さにはちょっと驚いた。その学校の英語科の教師陣は言語習得とは何かを知っていないということだ(大学の教授陣もそうだが)。

 

2021年度の新制度の共通テストでは、おそらく浪人救済策の意味合いから2023年度入試までは現行の英語試験が継続されることになっている。つまり、2つの英語の評価方法が3年間だけ混在する。特に国大協側が民間の評価をどう活用するかの指針が文科省から示されていないことから、併用を全体会議で採決している。国立大希望者は現状の試験対策で済むと考えていい。妥当な採決。

問題は私大。基本的に(国立含め)大学の裁量でということ(いつもながらの文科省の曖昧さ)で始まっているが、私大はどうするかはそれこそ個々で違うだろう。例えば、上智やICUのようなところはTOEFLやSAT、IELTSといったものが基準にすでになっている。英検が対象になっていないのは、これらの試験の方が概してより難しいことと、世界にそのまま通用しやすいからではないかと思う。

https://www.sophia.ac.jp/jpn/admissions/gakubu_ad/fla/Q-A.html

https://www.icu.ac.jp/admissions/april/general/subject_b.html (2018年度)

これらが合否基準になっているところは独自の英語試験を行わないようだ(独自の英語教育観を持ち合わせていないか、生徒発掘について手抜きをしている)。これについては、学科にもよるが、もし文学的素養が必要な場合にはどうかという気がする。前にも書いたが、こういう資格試験的なものは基準としては都合はいいが、文化としての英語には直結しない。アカデミズムの部分はあるにせよ、日本人の英語文化に関する素質を判定するのには向いていない。結局、英語はツールだというような表層的英語使いを多く受け入れ、増殖させるだけとなる。言語には強いこういう私大がこの状態でいいのだろうかという大変皮肉な状況といえる。それにしても、今だ英語主体で大学の名声を確保できるという日本の大学事情の情け無さ。

 

大学が愚かでも、こう決められている以上、受けざるを得ない。しかし、別途これらの試験を受けなければならない家庭の負担、特に地方の学生の負担は大変だ。地方の方が所得が平均的には低いのに、交通費や場合によっては宿泊費まで出して、どこかに受検に行かなくてはならない(PCもしくはタブレットで受けることもできるが、大学側がオフィシャルの試験しか認めていない)。SATとかの試験会場がそう近くにあるとは思えない。大学が自分たちの負担を減らして、受検機会の少ない学生を最低基準点を設けて門前払いするのは大変疑問だ。少なくとも高2までには一度は受けて感触を得ておかないととても厳しいし、高2でこれらの基準点を満たす地方の公立高校に通う学生は非常に少ないはずだ。それこそ帰国子女を除けば小学や中1から英語ばかりやってきたような子でもないとこれらの大学で基準点を楽に超えて合格するレベルには到達できない。ここまで要求するのはどうかという気がする。つまり、英語漬けのような人間しか来るなと言ってるも同然だということである。疑うのであれば、一度、TOEFLでもSATでもいいので受けてみるといい。また、高得点者がどんなことをしていたかを調べてみればわかる。

 

で、先の一貫校に戻るが、こういう体制に対応するような形にはなっていない。これらの難関私大への合格者が少ないこともあってか、英語のみの授業とかを始めていない。英検ばかりでTOEFLは対象にしていない。もちろん、ネィティブ教師は在籍している。口ではこれからきちんと対応していきますとは言っているそうだが。。。

もし、TOEFLなどを高2で基準点をクリアする実力を生徒につけさせようとするなら、それぐらいやらないとできない。実際、これまでの社会人(ほとんどが難関大やその院の出身者)の留学対応コースは最長2、3ヶ月の英語漬け缶詰で仕上げで受検するのだが、それでもギリギリとか不足とかいうことが少なくない。それを大学入試で要求するのである。たしかに、海外の大学にも送りだしている私立一貫校では当然のごとくに英語のみの授業とかをやっている。しかも、必ずしも正しい英語が使われているわけでもない(誰でも知ってるトップ私大の付属だったが、たどたどしいものだった)。にも拘わらず、全国の高校に対応せよというのはどう考えても尋常ではない。国として言語的に属国になる覚悟を決めたことになる。上智やICUあるいは津田塾や東京外大などはそれが当然みたいな大学だが、ほかはそうではない。今度の大学入試英語改革は異常というか、教育行政の放棄という無責任さに尽きる。

 

知合いのご子息はどう見ても理系ではなさそうだ。国立も難しそうだという。となると私立文系以外、選択の余地が無い。あとはどこに行くかを早く決めて、そこが共通テストを採用するのか、独自の英語試験があるのか、民間だけなのかを調べないといけない。むしろ、共通テストを採用しているところを探すしかないのではないかという話をしている。すでに高1になろうとしている。少なくともTOEFLは時間的に絶対に間に合わない。知合いは不安になってまた相談となったわけだが、3浪する余裕はないだろうから、共通テストに絞った方がいいだろうと助言した。TOEFLは青天井で満点設定はあるが、そのためにはどれぐらいやらないといけないかというのは見えないほど遠い。少しでも有利にとなるとかなりの時間とお金をかけて点取りにいくことになるし、現にそうしている帰国子女も少なくない。言語習得に終わりなどないし、これらの受検が言語文化そのものの理解とはほとんど関係しない。点数化するのは民間の勝手だが、時間が少ない受験生には多大な負担になる(そういう本質的な意味で何もわかっていない文科省は愚かに尽きる)。

 

今の中3から下は一体どこを向いて対処したらいいのかと不安と不満が出ている。文科省は適当なことを言うだけで(誰かがぶち上げて昇進を狙う。ゆとり教育がいい例)責任を取らないから、受験生には迷惑至極といえる。以前に危惧していた通りの混乱が生じている。大体、グローバルな人材養成と謳いながら定義もなく、世界的に通用する訳でもない英検やTOEFL(TOEICに至っては日韓ぐらい)を採用と訳が分からない。本当のグローバル対応は日本として各言語スペシャリストを養成することだ。英語ばかりはおかしいし、ハンガリー語のように英語と相性の悪い言語はたくさんある。多様性こそがグローバル。

そして、この混乱を根深く酷いものにしているのが、実用英語などという中途半端な英語の高成績者たちだ(TOEICやTOEFLのどこが実用なのか?そんなに米国でビジネスをやる気なのか?大学院に行くのか?)。英語は他の学問と違って何がしか練習すれば時間こそかかるものの試験で点数を取れる。試験に言語学などは出て来ない。試験で点数を取るために独自に編み出した細かに末節な学習法をこれ見よがしに披露している人はネット上にごろごろいるが、大学以上の数学や化学を理解するための学習法を披露している人は極々わずかだ。また、日本人がこういうランキングが大好きときてる。彼らはその投資の元を取ろうとして、ただ点数が高いことで衆目を引き、ブログや書籍なりアプリなどで商売をしている。学校教育を敵として自分たちの正当化に利用している。そして、点数がとれた人たちが信者となって学校英語を否定する。自分の実力がいかに狭くて小さいかを知らないくせに。こういう私もネイティブの数%の能力もないのだが、殆どの人はまず相手にもされないレベルと思っていい(論文・特許は普通の人は無理だし、本当の日常会話は試験には出て来ない。Facebook友人の流行や砕けた表現にはよく泣かされている)。

 

実用英語などという実態のないものに感心している学習者は一度、立ち止まって客観的になってほしい。本当に学校英語は酷いのかどうか。自分が思う英語習得とは何を目指しているのか。会話だけなら、NHKのテレビやラジオ番組でも十分。ビジネス英語関係なんか質も高い。TOEICなどやる必要はない。本当に英米人とビジネスなり学問でやりあうなら、入試英語(特に京大入試。それでも初級レベルに過ぎないが)の方がためになる。しかし、結局のところ、BBCやCNNを視聴し、文学作品や雑誌を読み、専門分野の記事や論文を読むといった「生活=英語」とならない限り、英米人を理解することなどできないし、やりとりを対等に進めることなど無理である。何か違う勉強法でそれらが手に入るなんてことはない。残念ながらアニメとか浮世絵ぐらいでしか我々の立場で進められる分野は無く、彼らの土俵にまずは上がることから始めないといけない。それは日本人にとって本当に過酷以外の何物でもない。

 

 

現在、受験生全般に受検が多いのはベネッセのGTECと思われる(ご子息の一貫校は中学で英検、高校でGTECとなぜか玉虫色)。優遇処置をしている中堅大学が多い。日本の私大の標準になりつつあるようだ。(国際基準の自負の高い上智やICUは目もくれないようだが)

http://studyhacker.net/students/column/popular-general-gtec-cbt

しかし、費用的な問題があるせいか、社会人では圧倒的にTOEICで、企業から米国などの大学院に留学するときにはTOEFLがほぼ必須の状況で、はたして一応、国際標準を満たすというGTECのスコアが有効となることが今後広がるかどうか不明。英検については

http://studyhacker.net/students/column/popular-general-eiken

準1級や1級での扱いが大学によってかなり違う。現状の詳細は知らないが、準1級以上を忙しい受験生が取るのは容易ではないはず。2級が妥当なところだろう。早稲田なんか1級を目指す時間があったら、入試全体の対策を取った方がいいだろう。せいぜい準1級を受けて取れればいいぐらいにしておかないと英語ばかりに時間を取られ過ぎる。

私が難関大で決定権を持っている立場としたなら、共通テストを優先、無くなった後は、高2以降に受けた英検2級の合否のみを足切り対象とし(高1にすると中学に悪影響。評点は換算しない。換算すると少しでもいい点数をと受検負担が続く)、さらに独自の試験を行い、大学の教育に合致する人材を探す。京大あたりはこのようにすると思う。英語は大学に入った後で何とでもなる。しかし、人材確保は入試で選ぶ以外に道が無い。それを直接かかわりのない英語のあまり実効性のない点数によって失うことの方が問題だからだ。もし、ノーベル賞を受賞した益川さんがいま受験生だったら合格せずにいい仕事ができないことになる。こういうことが起こり得るのもあまりに日本語と英語が違いすぎるからである。これは変えようがないのだから、それを前提として英語の教育を考えないといけない。文科省が大学から小学までの英語教育のしっかりした方針を持っていないのは明白だ。たしか、学校教員には準1級かTOEIC720点以上を目標にという話だったと思うが(すると大学側の基準の根拠は一体なんなのか)、この点数では人に教えるのは難しいだろう。昔の難しい教員試験も無いし、実力判定方法がない。

 

※※

上智やICUのようなレベルは前に書いたこちらで、第一段階の英英辞典を読み終えたレベルに相当する。要は英語で英語の情報を獲得できるようになっている知力と語彙力を持っていることが要求される。

『英語習得法(英英のち英和ところにより和英)』

まあ、これらの大学やその学部は言ってみれば帰国子女や英語が三度のメシより好きといった、ある種別世界というか異常というか、そういう人たちしか相手にしませんというようなレベルなのでここまで要るということだろう。以下も併せてご参照願いたい。

『英語習得とはどういうことか?』

 

※※※

東大は民間試験を合否に使わないことを発表した。受検は求めるが、入学後に活用ということで、少なくとも移行期の段階では妥当な判断。