■ 2002/07/11 (Thu)YAHOOのブログから
Shall we dance
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When I am dead and buried, on my tombstone I would like to have it written, "I have arrived." Because when you feel that you have arrived, you are dead.
シャムの国の王様と、イギリスからやってきた家庭教師の物語。
封建的な王様の考えを、進歩的な家庭教師が変えて行く。
題名は「アンナとシャム王」
1944年のこと。
これは、実際に存在したイギリス人女性
アンナ・リオノウェンズの記録をもとに作られた
著書だそうだ。
やがてそれは映画化され
その映画をもとにして出来たのが
ミュージカル「王様と私」
スキンヘッドの王様を演じたのは
1920年の今日
サハリンで生まれた男、ユル・ブリンナー。
それはやがて映画になり、
“Shall we dance”という名曲を作った。
冒頭はその彼の言葉
やっと辿り着いた。。
友人の墓にそう言って行かないようにしようと思う。
Shall we dance、は
踊りませんか、ではなく
踊りましょう、なのだ。
常に前向きに。
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冒頭の英語を直訳すると
私が死んで埋められたとき
私の墓石には「私は到達した」と書かれていたい。
なぜなら、あなたが到達した
と感じるときあなたは死んでいるからです。
となる
人生に満足したとき
そこで終わり
ということなのだと私は解釈した
読み返して改めて気が付いたのだが
サハリンは日本とロシアの境にあり
国際法上で行けば
明治以降日本の領土ということになる
ということは、適正な形であれば
彼は日本国で生まれた人ということになるのだと
尚且つ、日本の年号でいえば大正九年
奇しくもというほどのこともないが
母と同じ年の生まれ
それを知って
不思議な親しみが湧いて来た
そしてまた、大陸においての祖国というものの
危うさを垣間見たようにも思えた
しかし島国単体民族の日本でも
室生犀星の抒情小曲集の
小景異常情その二に
ふるさとは遠方にありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしやうらぶれて異土のかたいとなるとても
かえるところにあるまじや
という詩が有り
江戸時代の僧は
人間到処有青山
と遺している
国境とか、支配とか、そんなものだけではなく
人や動物との愛別離苦、天変地異も含めて
地球の上で生きていること自体が
長い旅なのだろうと思う
何処で死ぬか、ではなく、どう生きるか
確かに生きているものは全て
百%の確率で死ねるのだから
そんなことを考えて生きることは
時間の無駄なのだろう
小学一年で死亡宣告されて
小学四年で二十歳迄生きればいいと思えと言われ
再発したらそこで終わりと言われ
その二十歳など、とおに通り越しているのだから
医者の言うこともそれ程あてにはならない
人生は
踊りませんか、より、踊りましょう、の方が
ずっと楽しくもある