Diarios de Varrio -11ページ目

Aaliyah


          
          

あぁ、またギリギリの更新になってホントに申し訳ありません!しかも、アクセスまでサボりまくってるし。来月はいよいよ年末なので、更新無い恐れもありますんで、、、。
それでは、今回はこのアーティスト、アリーヤですよ!
その歌声は、第2のウィットニー・ヒューストンと呼ばれた程の美声の持ち主!

アリーヤ・ダナ・ホートンは1979年1月16日、ニューヨーク州ブルックリンのベッドフォード・ストイヴェサントに産まれた。
母親が彼女の歌の才能に気が付いた5歳の時、一家は一族が集まるデトロイトに引っ越している。9歳の頃から既に、音楽の道を志していた。
11歳の時、彼女は「スター・サーチ」という全米で人気だったタレント・ショウに出演。そこで「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を唄い敗退するも、当時グラディス・ナイトと結婚していた叔父のバリー・ハンカーソンは、ラスヴェガスでのグラディスのショウにアリーヤを出演させ、そこでグラディスは彼女にどうやって観衆を温め、盛り上げるかを伝授したという。

このバリー氏はそれまでにグラディスやワイナンズ等の敏腕マネジャーとして知られた存在で、その後のアリーヤの良き道案内役として無くてはならない人である。それから数年後、アリーヤが13歳の時、当時R.ケリーのマネジャーを務めていたバリーはアリーヤが歌う姿を見せようと彼をデトロイトに呼び寄せ、彼のレーベルであるブラック・エンタープライズと契約させた。こうしてアリーヤはR.ケリーが全てプロデュースし、華々しいデビューを飾り、その時のファースト・シングルはR&Bチャートの頂点に輝いた。既に人気を博していたR.ケリーが手掛けたという15歳の新星の登場に世界中が沸き立った。アイズレー・ブラザーズの名曲をリメイクしたインパクトあるウィスパリング・ヴォイスは、女性シンガー達の間でちょっとしたブームになった。

その後は映画のサントラへの参加が相次ぎ、ジョアン・バロンとタッグを組んで女優への道を本格的に目指すようになる。

ジェット・リーと共演した「ロメオ・マスト
・ダイ」での演技は大好評で、彼女はマトリックス・シリーズ(1以外)への出演契約を交わし、数々のテレヴィ、映画各々に出演を果たしていた。
2000年にアリーヤは2つのMTV・ムーヴィー・アウォードを獲得し、「トライ・アゲイン」ではグラミー賞にノミネートされている。
ウィットニー・ヒューストンが女優兼シンガーとして、そのどちらでも成功を収めた後、誰もがウィットニーに憧れ、彼女を目指した。その最も近い存在を手にしていたのだ!

そして、運命の日が訪れる!

2001年8月25日。ハイプ・ウィリアムス監督の「アイランド」をテーマとした「ロック・ザ・ボート」の撮影を終えたアリーヤは、家族やボーイ・フレンドのデイモン・ダッシュの元に帰りプロモーションを再開する為、バハマ諸島アバコ島からフロリダのオパ・ロッカに向かうセスナに乗り込んだ。しかし、離陸直後に滑走路から約70メートル越えた地点でセスナが墜落。アリーヤはその短過ぎる生涯を閉じた。
享年僅か22歳だった。

彼女は彼女を愛する人々の心の中に生きている。

今、彼女が生きていたら間違いなく、ビヨンセやレディ・ガガと並ぶ超大物アーティストに成っていたと思います!
いやぁ~、けどねぇ、ホントに多いんですよぉ、アーティスト達の飛行機事故!
パイロットの人は、元戦闘機乗りも多いから技術云々よりも整備に問題があると思うんだよね。良質なアーティストが亡くなるのは残念でなりません!
さて、もう来月で今年も終わり!仕事も1番忙しい時期になります。
来月も一応、更新を考えていますが、疲れて面倒になってきたら、新年の挨拶更新になる事もありますから、そんなに期待しないでねwww 
それじゃあ、また来月か年明けに!

GOOD YEAR 

THE 1975


       

       

今月もギリギリで申し訳ありません!挙げ句の果てに、アクセスまでサボり気味でしたね。いや、ホントごめんちゃいw
取り敢えず、行きましょう!Go Go Go!
「なう」で絶賛しまくってるバンド、THE 1975。

上昇気流に乗っている新人バンドは、独特のキラメキを纏っている。彼らは毎日の様に新しい場所を訪れて新しい体験をし、そして、これから自分達に起きるであろう素晴らしい出来事の数々を密かに予感していて、そんなバンドが放つエナジーに触れるのは、いつも殊の外楽しい!
見事ナインインチネイルズの5年振りの新作を抑えて全英1位に輝く事になる、デビュー作の英国でのリリースを控えていたTHE 1975が、正にそうだった。
カリスマティックなフロント・マン。バンドとしての一体感。ルックス偏差値の高さ。他の誰にも似ていない、2言3言じゃ説明出来ない、それでいて時代と世代の特性を映した音。モノクロで統一したヴィジュアルに見る美意識の高さ。確かな演奏力。そして、好奇心を刺激して止まないミステリアスな佇まい。
必要な材料は全て揃っていたし、新人でありながら、100%完成された形で世に出た感があった。
それも当然、4人のメンバーは既に10年プレイしてきた親友なのだから。

マンチェスター郊外の町ウィルムズロウのハイスクールに通っていた4人がバンドを結成したのは、彼らが13歳だった頃。以後10年間に、ポップ・パンクを始め様々なスタイルを試し、様々な名前を名乗って活動を続け、2009年、彼らのポテンシャルを認めたマネージャーとの出会いをキッカケに、キャリアとして真剣に向かい合う様になった。
そして2011年末にバンド名がようやく定まり(たまたま手に入れたビート文学の本にあった走り書きに因んでいて、本来は必要ない「ザ」の存在に惹かれたそうだ。)、音楽的アイデンティティも確立。

そもそも一緒に育った4人は音楽の趣味も共有しているのだが、その趣味というのがまた呆れる程ランダム且つユニーク。言い換えれば、80年代のポップス、ヒップホップを含むブラック音楽全般、アンビエントからダブステップに至るエレクトロニック・ミュージック、新旧オルタナティブ・ロック、あらゆるジャンルを網羅している。それが全部同居出来る訳無いと考えるのが普通なのに、どういうわけか彼らは無理なく、当たり前の様に1曲の中に、1枚のアルバムの中に同居させているのである!

既に堀尽くされ、リサイクルされ尽くしていた80年代音楽を思いも寄らぬアングルと配合で全編に取り入れていて、いきなりサックスのソロが聴こえてきたり、ベタなソフト・ロック的要素でギョッとさせたり、革新的アート・ポップからの影響も計り知れず、徹底して無差別な平等主義と雑食主義に則って音楽作りに臨んでいる。

いやぁ~、ホントに超かっけぇんだよ!マジで!!!!!
80~90年代を思わせる、ちょっと響く様な録音の仕方もイイ感じ!
一時、聴きまくるだろうなw
もう眠たくなってきたので、勝手に終わりにしたいと思います、すいません。
サボり気味でしたので、もう少し頑張りたいと思います!
また来月、んじゃね!

she way out


LYRICS SERIES

 
       


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ギリギリだぞ!やって来ました、月1更新!
スマホに変えて、かなり打ち辛いですが、頑張って行きたいと思います!
しかも、久しぶりのシリーズもんです!歌詞シリーズです!
今回は、ちょっと趣向を変えて、ヒップホップ界から、フィンガズが手掛けるララの「サッド・ガール」です!

これは悲しい女の子の物語
暗い世界の何も無い所から   何かを作り出した
彼女のパパは   生活の為に芝を刈ってた
彼女が泣くと   パパはいつも「大丈夫だよ」と言った
ママはいつもお腹に赤ちゃんがいて   余裕が無かった
だから彼女は9歳で大人にならなくちゃいけなかった
妹達みんなの世話をしながら   彼女はいつも天使に祈ってた
学校の中でも外でも   毎日の様にケンカが絶えず
親友達はベイビーを抱えて大忙しで   支援団体が家賃を負担
でも   彼女は違ってた   皆の暮らしには何の意味も無かった
谷には   夜に訪れちゃいけない場所があると言うけれど
彼女にとっては   そこが家だった   その場所が全てだった

(コーラス)
悲しい女の子   孤独じゃない   この歌を歌ってあげる
悲しい女の子   知ってるわ   このストリートはクールよ   夢を諦めないで
悲しい女の子   泣かないで   涙を拭いて   貴女の人生を生きて
悲しい女の子   心配しないで   背筋をピンと伸ばして

大人になっても何も変わらず   貧しい暮らし
お金持ちになれる事なんてあるのだろうかと考える
ギャングスタの庭の壊れた車   窓ガラスの割れた廃屋
それ以外の物を見る日は来るのだろうか
でも   彼女はいい女   最初から自分でそれを分かってた
心から語るから   彼女の声には力があった
学校を辞め   音楽で夢を叶えた
大金と頭脳を持ちながら   この世の中で暗い女の子でなんかいられない
強くなって地元の代表になって   家の名に誇りを持つの
谷には   夜に訪れちゃいけない場所があると言うけれど
私にとっては   そこが家だった   その場所が全てだった

(コーラス)
悲しい女の子   孤独じゃない   この歌を歌ってあげる
悲しい女の子   知ってるわ   このストリートはクールよ   夢を諦めないで
悲しい女の子   泣かないで   涙を拭いて   貴女の人生を生きて
悲しい女の子   心配しないで   背筋をピンと伸ばして

All  songs  co-written  by  LA  LA

何だか悲しい内容ですが、ロスだけじゃなく、世界中どこにでも存在する極貧地区で、未来の無い人生を送る悲しい女の子に向けた、彼女なりのメッセージなんでしょうね。
ララは愛の言葉、、、だけど、それだけじゃない。昼があれば夜があり、光が射せば影も生まれる。パーティーで浮かれたり痛みで震えたり、ハメを外したり祈りを捧げたり。キャリフォルニアの青い空と、その下に広がるストリートの空気に育まれた彼女の音楽は美しい二面性によって紡ぎ上げられている。キュートにしてストロング。普遍的にして個性的。クラッスィーにしてギャングスタ。

チカーノであるララことケイス・ロメロは83年にロスで生まれる。
祖母や4人の姉妹も含む大家族が2つベッド・ルームしかないアパートに住まうという住時の暮らしぶりを、本人は「ビッグ・ファミリアならではの沢山の愛情が何時もあったけど、とにかく貧しかった。」
「マイケル・ジャクソン、セレナ、2・パックの影響が1番大きいかな?マイケル・ジャクソンは本当に世界に向けて偉大な愛のメッセージを送り続けて来たし、彼ならではの視点は何時も尊敬してたわ。セレナは私が最初に憧れたアーティストで、私が知る限りで最初のラティーナ・スーパースター/CEOなの。2・パックはウェスト・コーストを代表する人だし、リアル・ライフや争い偉大なストーリーを教えてくれた人よ。彼は男だけど、痛みや苦しみには深く共感出来る部分が多いの。」
「将来は自分のアパレル&アクセサリー・ラインと音楽レーベルを立ち上げたいと思ってて。P・ディディやジェイ・Zの様な実業家は尊敬してるわ。男性が出来る事は、女性にだって出来る!って、いつも思ってるから。」

やっぱり成功するのは、並大抵の努力じゃ無理だし、それに加えて、その人が持つオーラがないと、ちょっとやそっと成功したって長続きしないものだよね。
この歌詞は男の俺でもちょっとグッと来るモノがあるよ。
落ち込んでても何も変わらないし、前にも進めない。
どんなに抵抗しても、時は止まらない。
ただただ前進あるのみなんだな。
更新間に合って良かったぁ~w
スマホ扱い難いけど、頑張って書いていくから暇な時だけ見て下さいw
そいじゃ、バイナラ、ナラバイwwwww

chicano  love