2級過去問に上掲があり、この時点で作ったメモでは、
「和泉の岩橋善兵衛:1793年に橘南谿自宅で民間観測会 八稜筒型望遠鏡」してあり、望遠鏡を作ったというところに力点を置いています。
ただしwikiをみれば、
「製作した望遠鏡は当時の日本の天文学者・高橋至時や間重富に用いられたほか、大名たちにも用いられた。ほかに、太陽、月、星の運行を観測し、干満を計算する「平天儀」を製作し、『平天儀圖解』を著した」とあります。
天体観測も行っていたようですが、文言的には太陽、月、星とあるだけ。
一方、善兵衛の望遠鏡を使って橘南谿宅で開かれた日本初の天体観測会はwikiで、
「寛政5年7月20日(1793年8月26日)、南谿と親交のあった岩橋善兵衛が製作に成功した望遠鏡を用いて、月や木星(歳星)、土星(鎮星)などの天体を見る集まりが催された」とあって、惑星は木星と土星が記されているのみ。
以下の図版は橘南谿宅で開かれ観測会の記録「望遠鏡観諸曜記」に描かれた図
国立科学博物館のデジタルアーカイブからの切り貼り
太陽は直視したのでしょうか?
月の海とクレータは随分と具象化している?
画面右下にも土星が書かれています
こちらを見ると、鎮星(土星)と歳星(木星)の絵があり、惑星としてはこの2種のみ
随分と手を抜いて描いた?
こちらは第15回1級試験問題
②が正解で、解説によれば、
「江戸時代にも望遠鏡で火星を見た日本人はいた。そのうちの 一人が自ら望遠鏡を製作した岩橋善兵衛。彼は火星のスケッ チも残していて、著書『平天儀図解』に収められている。」
以下は平天儀図解からの切り貼り、いくつかのデジタルアーカイブで見ることができ、下記は京大図書館のもの。
六白星図とあり、下の文章には金星とあります。
六白星とありますが、「六白」だけで金星を意味します。
辰星(水星)と熒惑(火星)
なお熒惑は「けいこく」と読み、意味は眩惑させること/惑わすこと。
絵を見ると単に丸く書かれていて、水星は致し方ないとして、火星は遠日点付近で見たのかな?…ちなみにこれが日本人が江戸時代に火星を見たという論拠。
歳星(木星)と鎮星(土星)
木星には4つのガリレオ衛星が書かれています。
前掲橘南谿のスケッチ図だと土星が球形になっていませんが、こちらの土星はそこそこの形。
実はこのころ西洋から土星の図解が到来していています。この図は何となくそういう予備知識があっての図なのでは?と思ってしまうほどの的確さです。








































