読書について 年初に思うこと | LEO幸福人生のすすめ

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明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします、というか、今年はよろしくかなー。

 

去年はブログ記事をあんまり書かなかったので … 

Twitterに主軸を移していたから、というのもあるけれど、

本をあんまり読んでいなかったから、書くことがあまり思いつかなかったのかも、とちょっと今思った。

 

本を読むこと自体、なんで本を読むのだろう、といったら、

知的好奇心、だけではたぶん無いんだろうなー。

それを知ることが楽しい、知ることが何かの学びになると思うから学ぶ、

自分のさらなる成長のため、明日明後日の自分にとってのさらなる糧になると思うから、

 

人生論の書などは、そういう気持ちから、読む意欲が芽生えたものだし(自分はね)、

それ以外のジャンルの本も、歴史を知ることが世界と人を知る智慧にもつながる、文学を読むことで人の心を読み解く理解力を上げる、感性を磨くことになる、などなど、

 

読書には、自分の精神を向上させる、そのための学びなのだ、という気持ちは自分が強かったように思います。

 

本をあんまり読まない人、あるいは小説の類しか読まない人は、

本は娯楽のために読むものでしょ、と言うけれど、わたしはそうは思わないし、

娯楽のため、時間をつぶすため、そのあいだを楽しむため、っていう読書は、学生時代で終わった気がするので、

 

読書というのは、自分の心を磨くため、頭脳を鍛えるため、という気持ちのが断然強いですけどね。

それも別に苦行じゃなくて、学ぶことが楽しい、という意味では、楽しみながらの読書であるし、義務や縛りではなくて、みずからの意志で、自分の成長を求めて、その本を読みこんで理解を深めることが、過去の自分より、現在・未来の自分が成長した自分になれることを信じて、だから学ぶ、って感じですからねー。

 

でもこれは、単なる知的好奇心、というだけでは続かない。

死ぬまで知的好奇心が続いて、ピンピンコロリのその日まで、ひたすら勉学に励める人はスゴイ人ですよ。

たいていはその前に、生きる力が衰えてきて、身体は疲れて、人生はこの先もう何十年も無い。老いた自分が、そんな新たな知識を無理して学んでも、別に必要もないだろうし、そうやってだんだんと学ぶ意欲も落ちてゆくのが普通でしょう。

 

人間として生きている生命力のようなものが、知的好奇心のもっと大本のところにはあって、人生はもうそろそろ終わりかな、と思ったら、ふつう人はそんな若い頃のように、がむしゃらにあれこれに手は出さなくなるんじゃないかなー。

それよりむしろ、本当に大切なものを懐かしんだり、本だったら愛読書をもう一度手に取って読み返したり、そうした方向に向かうのが自然な気がします。

 

何を言いたいのか。

 

自分もそんな気持ちに比重が移って来たなー、と思うってことですね。

20代の頃はあちこち手を伸ばして、見識を広めようとしていた気がする。

でもすべてを学ぶことはできない。そんなのは無理です。

いまの自分を見て、自分がここは押さえておきたい、ここだけは外せない、そこを見極めつつ、そこに集中していきたい、という気持ちかなー。

だから見識を広める、というより、深める、という方向に、今年は向くかなーと。

 

大量に読むことよりも、良書を深く読み込んで、人生の宝を再確認しよう。

それを今年の頭に思った、読書に関するモットーとして、書いておこう。