仏教とは、自分にとって都合の悪いことを教えられる。でも、それが真実だから、従わなければ苦しみが待っているだけ。だから、嫌だけど渋々従ってゆく。
でも、私たちには煩悩があって、これをやらなければならないと分かっていても、都合が悪いから先送りちしようとする。
そして、先送りにしてゆくうちに、自分にとって都合の良いように現実をねじ曲げて、やらなくてもいい所に立ってしまう。
これが無明の闇。
私たちは無明の闇に覆われているから、自分には智慧がないのに、自分の考えは正しいと思い込んで、自分の思い通りに進んでしまう。
それで思い通りにならず、苦しむと、やっぱり自分が悪いと思えず、他人のせいにして、他人を責めて、思い通りにしようとする。
そうやって、自分のまわりから人がいなくなり、ますます苦しくなる。
都合の悪いことから、逃げてしまうと、人間は現実には合わないことを思うようになる。
そして、ありもしない未来を夢見て、思い通りにならないのではないかという不安を見ないようにしてしまう。
幸せになる為には、都合の悪い現実を受け止めて、現実に合った種まきをしてゆくことが大切です。
都合の良いように思っていても、現実は思うようにはならない。都合の悪い現実に合わせて、種を蒔いてゆくしかないのですね。