心はいつでもニュートラル
 

 

みなさん、こんにちは

起立性調節障害クローバーそよ風ひろばクローバー

代表 あいざわ 貴代です

訪問ありがとうございますニコニコ

 

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9月になりましたが日中は

まだまだ暑いですね

皆さまどうお過ごしですか?

 

 

8月27日(日)に

第4回🌱そよ風ひろば🌱を

開催しました

 

今回は自閉症スペクトラムの長女さんを持つ

お母さんのAさんに登壇して

いただきました

 



今から9年前、長女さんが小学5年生の時に

突然、朝、起きられないようになり

それからはぶつかり合う日々・・・

小児科を受診した結果

『起立性調節障害』と診断されたが

実は、長女さんの行動が示すのは

『発達障害』のシグナルだったのです

 

 

起立性調節障害の診断から

3年後・・・

長女さんは『発達障害:自閉症スペクトラム』と

診断されました

自閉症スペクトラム症=ASD

 

ここに至るまで

紆余曲折ありましたが

今は、長女とAさん、そしてご家族は

それぞれの道を歩み始めました・・・

 

 

Aさん目線で

blogにまとめましたので

どうぞお付き合いください

 

 

『ましかくな母親とでこぼこな娘のこじらせ体験談』

 

Aさんのご家族の紹介

夫:ASD・ADHDの傾向があるが大きな困り感はない

長女:20歳、専門学校2年生、現在卒業後の道を模索中、今年の4月にASDであることを告知、二次障害として解離性障害を発症する

次女:作業療法士を目指す高校3年生

茶々丸:癒やし犬であるチワワ

 

 

  診断名は『発達障害』

 

起立性調節障害と診断されてから

特に治療することもなく

小学校を卒業しました

中学校では不登校クラスからスタート

徐々に通常クラスに移行できたのもつかの間

娘が学校で倒れたのです

その後も自宅や学校で倒れては

救急車を呼ぶ日が2週間ほど続きました

 

娘の体に何が起こっているのか

わからないまま

長女とトラブルになったある日

私は長女の手を振り切って

中学校へ相談に行き、その帰り次女を

つれて帰宅しました

 

すると、次女が

淡々とした表情で

「お姉ちゃんの首に学校のスカーフが

巻かれている」と

私に伝えてきました

 

 

長女は救急車で病院に移送され

一命は取り留めたものの

精神科の病院の受診をすすめられ

翌日、精神科の病院を受診し

主治医から

『自宅で娘さんを24時間付き添って

みることができるなら帰宅できますが

出来ないのなら、娘さんは2週間以内に

死んでしまうかもしれません』と

伝えられました

 

当時、子ども専門の施設はなく

様々な不安な気持ちのまま帰宅しましたが

入院中の面会は許されませんでした

 

そして、3ヶ月経った頃

検査の結果は起立性調節障害ではなく

『自閉症スペクトラム症』と

診断されたのです

 

 

起立性調節障害じゃない?

発達障害?

自閉症スペクトラム症?

障害?

病気?

 

初めて聞く言葉・・・

 

 

私の思考は停止しました

 

 

 

 

  不登校+ASDの娘を受け入れられないままの進路決定

 

入院生活は7ヶ月続きました

その間、学校側と病院は連絡を取り合い

私は担任の先生と定期的に

連絡をいただくことで

安心と希望を与えてもらいました

 

退院後は保健室登校が出来るまでに

回復したのですが

当時の私は退院さえすれば

高校受験もできるはず、と思い込み

発達障害について知識がない私の

長女に対する勝手な願望がありました

 

主治医からは

「負担が大きすぎるので

高校受験は諦めてください」と言われ

そこからは必死に通信高校の情報を

集めました

 

しかし、それは長女のためではなく

ただ、私自身の負担を軽くしたい

高卒の肩書きをつけたい、という

自分自身の勝手な都合だったのです

 

結果的に長女はフリースクール制の

通信高校を選択したのですが

とても喜んでいる娘の気持ちとは裏腹に

『本当に大丈夫なのか・・・』と考えている

長女の選択を受け入れていない

母の私がそこにいました

 

 

 

  先の見えない不安な日々と家庭崩壊~その1~

 

長女は高校に入学してから

楽しそうに学校生活を送っていました

しかし、そんな長女の様子を見ても

不安を抱いてしまう出来後が起きたのです

 

それは身内の『自死』でした

 

身内も長女と同じように発達障害があり

その最期を見た私は

『発達障害の人の最期の姿

=長女の将来・最期の姿』

という感覚が頭から離れられなくなりました

 

私の不安は日に日に強くなり

長女に管理を強いるようになりました

 

出来たことを褒め、評価するのではなく

出来ないことを責め続ける母親へと

変化していったのです

 

依存しがちだった長女は

ストレスを感じるようになり

納得出来ない気持ちを暴言や暴力で

ぶつけるようになりました

 

そして

長女の精神はどんどん不安定になり

ストレスが限界になったときに

無意識に倒れるようになり

現実から逃避する『解離性障害』が

見られるようになってしまったのです

 

次回へ続く・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クローバー読んでいただきたい記事クローバーはじめの一歩・・・このブログの最初の記事
私のウィルビーイング…ウィルビーイングナビゲーターになったきっかけ
ついに起立性調節障害そよ風ひろばの誕生です…そよ風ひろばについて

 

 

 

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