「詩人の生涯」
2021年5月8日公開。
人形アニメーション作家・川本喜八郎による制作アニメ。
原作:安部公房「詩人の生涯」
脚本:川本喜八郎
監督:川本喜八郎
あらすじ:
工場を解雇された青年は、仲間を励ますビラを配る。
年老いた母は、内職の糸車に紡がれて糸となり、ジャケツに編まれてしまう。
冬になり、工場の門前で凍りついて雪像となった青年に、母のジャケツがかぶさる。
甦った青年は、突然自分が詩人であることに気づくのだった。
コメント:
世界的に高く評価される人形アニメーション作家・川本喜八郎が、安部公房の小説「詩人の生涯」を原作に、セピア調のパステル画によるカットアウト(切絵)で描いた短編アニメーション。
特集企画「アニメーションの神様、その美しき世界 vol.2&3 川本喜八郎、岡本忠成監督特集」
2021年5月8日~、東京・シアター・イメージフォーラムほかで上映。
(川本監督作5本を集めたAプログラム=80分で上映)
糸を紡ぐ母親が糸車に巻き込まれ糸として紡がれて巻き起こる話。
平面の絵の上で平面の絵が動くストップモーションアニメでみせていく超ファンタジーなストーリーだけど、糸がジャケツになり、赤く染まり、息子の基にやって来て…そこまでは良かったけれど羽織ったら詩人?
これは、夢や希望だけでなく、命まで搾り取られる工場労働者たちの苦しみと解放の物語だ。
共産主義の象徴たる赤いジャケツのみ色がついている。
原作となった阿部公房の「詩人の生涯」のおおよそのあらすじは以下の通り:
「どこの質屋の庫も、すでにジャケツでいっぱいになっている。
町中のどこの屋根の下も、ジャケツを持たない人でいっぱいになっている」。
皮肉とユーモアに満ちたこの一節は現代の私たちが置かれている状況にも当てはまる。
「人は貧しさのために貧しくなる」。
経済の不均衡、こうした不条理のために人々は魂までをも貧しくしてしまったのだ。
そうして、多くの「夢や魂や願望」は空に蒸発し、冬の寒さとともに降りやまぬ雪となって街に降り注ぐ。
その雪はあらゆるものを凍てつかせ、街ゆく人々までもがその姿のまま凍りついてしまうのだ。
質屋の庫にしまわれていた「老婆」である「ジャケツ」はネズミに「血管」である「糸」を噛みちぎられてしまう。
真っ赤に染まった「ジャケツ」は、凍りつく息子の肩へ舞い降り、息を吹き返した息子は自分が詩人であることに気づく。
彼は雪の結晶を見て、「想い出さなければならない。この変身がやってきた道程について」と首を傾げ、「貧しいものの忘れていた言葉ではないのか」と思い至る。
青年は冬が来る以前から境遇を共にする仲間たちへ「酸素の言葉」を届けつづけていた。
しかし、母の死や街の凍結による喪失のためにその身ひとつとなったとき、初めて自分が詩人であることを自覚し、変身を遂げたのだ。
そして、「貧しいものの忘れていた言葉」は彼によって想出され、一編の詩として息を吹き返していった。
「酸素の言葉」。
これを私たちが呼吸ととも吐き出す〈身体と共にある言葉〉であると捉えたならば、貧しくあっても尚つづく私たちの生活の中で交わされる言葉の端々にこそ、「酸素の言葉」が生まれ出る契機が見出されるのではないだろうか。
「彼は小わきのビラを裏返して、そこに雪の言葉を書いていこうと決心した。
一つかみの雪をつかんで宙にまくと、チキンヂキンと鳴って舞上がったが、落ちるとき、それはジャケツ、ジャケツと鳴って降った」。
青年は、貧しい人々の声を書き集めていく。
雪は詩となり、人々の魂を温める「ジャケツ」となった。
そして完成した詩集の最後の頁を閉じると青年は頁の中に消えてしまう。
誰しもが誰かを温めるためのジャケツを持っているはずだ。
これは、1973年に刊行された阿部公房の短編集に所収されている短編小説だ。
この映画は、Amazon Primeで動画配信可能かも知れない:
川本 喜八郎(かわもと きはちろう、1925年〈大正14年〉1月11日 - 2010年〈平成22年〉8月23日)はアニメーション作家、人形作家。
日本を代表する人形アニメ監督。多摩美術大学客員教授(2002年~2003年)。
紫綬褒章(1988年受章)。
勲四等旭日小綬章(1995年受章)。
日本アニメーション協会会長(1996年~2010年)。
代表作は、NHK『人形劇 三国志』: