日本の文芸映画 森鴎外 「雁(1953)」主演・高峰秀子、監督・豊田四郎による名作! | 人生・嵐も晴れもあり!

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「雁(1953)」

 

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「雁(1953)」 全編

 

1953年9月15日公開。

妾と学生との恋愛の末路を描く悲恋物語。

 

受賞歴:

  • 1953年度 第27回キネマ旬報
    • 日本映画ベスト・テン8位 
  • 1953年度 第4回ブルーリボン賞
    • 撮影賞 三浦光雄
  • 1953年 第8回毎日映画コンクール
    • スタッフ部門 美術賞 伊藤熹朔

 

原作:森鴎外「雁」

脚本:成澤昌茂

監督:豊田四郎

 

キャスト:

  • 高峰秀子 - お玉 
  • 田中栄三 - お玉の父・善吉 
  • 小田切みき - 女中・お梅 
  • 浜路真千子 - お竹 
  • 東野英治郎 - 末造 
  • 浦辺粂子 - 妻・お常 
  • 芥川比呂志 - 岡田 
  • 宇野重吉 - 木村 
  • 三宅邦子 - お貞 
  • 飯田蝶子 - おさん 

 

森鴎外原作「雁」(c)KADOKAWA 1953 - 川端康成、谷崎潤一郎、夏目漱石、文豪たちの傑作が銀幕に続々とよみがえる [画像ギャラリー  16/22] - 映画ナタリー

 

あらすじ:

明治時代の東京。

下谷練塀町の裏長屋に住む善吉(田中栄三)、お玉(高峰秀子)の親娘は、子供相手の飴細工を売って、わびしく暮らしていた。

お玉は妻子ある男とも知らず一緒になり、騙された過去があった。

今度は呉服商だという末造(東野英治郎)の世話を受ける事になったが、それは嘘で末造は大学の小使いから成り上った高利貸しで世話女房もいる男だった。

お玉は大学裏の無縁坂の小さな妾宅に囲われた。

末造に欺かれたことを知って口惜しく思ったが、ようやく平穏な日々にありついた父親の姿をみると、せっかくの決心もくずれた。

その頃、毎日無緑坂を散歩する医科大学生達がいた。偶然その中の一人・岡田(芥川比呂志)を知ったお玉は、いつか激しい思慕の情をつのらせていった。

末造が留守をした冬の或る日、お玉は今日こそ岡田に言葉をかけようと決心をしたが、岡田は試験にパスしてドイツへ留学する事になり、丁度その日送別会が催される事になっていた。

お玉は岡田の友人・木村(宇野重吉)に知らされて駈けつけたが、岡田に会う事が出来なかった。

それとなく感づいた末造はお玉に厭味を浴びせた。

お玉は黙って家を出た。

不忍の池の畔でもの思いにたたずむお玉の傍を、馬車の音が近づいてきて、その中で楽しそうに談笑する岡田の顔が、一瞬見えたかと思うと風のように通り過ぎて行った。

夜空には雁の列が遠くかすかになってゆく。

 

コメント:

 

原作は、1911年(明治44年)から1913年(大正2年)にかけて文芸雑誌「スバル」に連載された森鴎外の同名小説。

男女格差、女性蔑視、身分違いといったキーワードを際立たせた作品である。

 

現在からみれば、高利貸しの妾をしているお玉(高峰秀子)は随分と理不尽な世界に閉ざされている。

妾と医学生は住む世界が異なっていて、交わることがない。

それを越えて身分違いの恋を実らせれば、生活は間違いなく破綻するだろう。

 

「高利貸しの妾なんかに売らないよ」と、お玉に頼まれて魚を買いに行った女中は魚屋の女房から拒まれる。

旦那が訪ねて来ると、女中は風呂に行くように言われる。

妾の家の女中は昼間から風呂に行かされる、と陰口を叩かれる。

向こう三軒両隣、みんなが素性を知っている。

明治という時代には、そんな世界が広がっていたのだ。

こういう不自由な縛りが人の不幸を呼ぶ。

同時に、不自由だからこそ、夢や想像を膨らませ、人を想う気持ちを募らせる。
お玉は縛られた生活の中で、決まった時間に通りかかる医学生(芥川比呂志)への気持ちを昂めていく。

医学生もまた友人の木村(宇野重吉)にお玉への気持ちを語る。

だが突然、別れがやってくる。医学生は試験にパスしてドイツに留学するのだ。

親しみが芽生え、恋心となって膨らみ、そして別れに至るまでのプロセスが丁寧に描かれている。
その周辺の人物描写も丁寧である。

お玉を囲う高利貸し(東野英治郎)の卑屈と傲慢のコンプレックス、その妻(浦辺粂子)の怒りと嫉妬、裁縫を教える隣の女(三宅邦子)の自立することの気苦労、高利貸しに貧困へ追い詰められ身を売っていると噂されている女の怒りと無残、お玉と父親(田中栄三)の、お互いに思いやりながら、周旋人(飯田蝶子)に騙されて招いた境遇から抜け出せない悲哀。
成澤昌茂の脚本は、丁寧に、しかもそれぞれの人物の陰影を掘り下げて生き生きと描いていて飽きさせない。

映画「雁」(がん) 1953年 主演:高峰秀子 監督:豊田四郎 - 邦画評だけを見る

ヒロインを演じた名女優・高峰秀子の姿が美しい。

やはりこの人の演技力は際立っていて、さすがである。

芥川龍之介の息子・芥川比呂志が、ヒロインが恋する医大生・岡田を演じている。

この人は30作品もの映画に出演し、その存在感を示した。 

お玉を囲う高利貸しを東野英治郎が演じており、当時の妾を囲う旦那の姿が様になっている。

この人は長い間悪役なども演じたが、晩年期はあの正義の味方・水戸黄門様にもなった。

その幅広い演技力は見事だった。

映画を観ながら今を思う。

経済的な貧困は今なら福祉が救うだろうし、口車だけで騙されて妾にされるなどということが起これば、周旋した女は詐欺や人身売買で訴えられる。

高利貸しも無闇な高利は制限されるし、時には刑罰を科される。

高利貸しの妻も、夫の不倫にはキッパリ離婚して財産分与も慰謝料も取れる。

周囲の勝手知ったる他人の目はアパートやマンション暮らしで回避できる。

何よりも、男女は自由な恋愛ができる。

日本は、お玉が生きた時代から現在にかけて、社会の価値基準を個人の解放に置いたことで、得られたものは極めて大きい。

だが、その代わりに失ったものも結構ありそうだ。

 

日本の昔と今を比較するには格好の映画であり、男女の交際についても考えさせられる場面が多い。

こういう世界を描いた巨匠・豊田四郎の演出力に感動する。

 

この映画は、レンタル、動画配信ともに見当たらない。

DVDがアマゾンなどで販売されている。

 

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