「黒の奔流」
1972年9月9日公開。
松本清張原作の法廷ミステリー。
原作:松本清張「種族同盟」
脚本:国弘威雄、渡辺祐介
監督:渡辺祐介
キャスト:
- 山崎努(矢野武)
- 岡田茉莉子(貝塚藤江)
- 谷口香(岡橋由基子)
- 松村達雄(若宮正道)
- 福田妙子(若宮早苗)
- 松坂慶子(若宮朋子)
- 中村伸郎(北川大造)
- 中村俊一(楠田誠次)
- 穂積隆信(阿部達彦)
- 玉川伊佐男(弁護士・三木)
- 佐藤慶(検事・倉石)
- 河村憲一郎(裁判長・松本)
- 加島潤(判事・細川)
- 小森英明(判事・竹内)
- 岡本茉利(太田美代子)
- 菅井きん(杉山とく)
あらすじ:
ある殺人事件の裁判が始まった。
事件とは、多摩川渓谷の旅館の女中・貝塚藤江(岡田茉莉子)がなじみの客を崖から突き落したというものである。
藤江はあくまでも無罪を主張したが、状況的には彼女の有罪を裏付けるものばかりだった。
この弁護を担当したのが矢野武(山崎努)である。
矢野には、この勝ち目の薄い事件を無罪に出来たら一躍有名になり、前から狙っている弁護士会々長・若宮正道(松村達雄)の娘・朋子(松坂慶子)をものにできるかもしれないという目算があったのである。
弁護は難行したが、藤江に有利な新しい証人が現われ、矢野は見事、無罪判決を勝ち取る。
そして矢野の思惑通り、マスコミに騒がれるとともに、若宮と朋子の祝福を受け、若宮は朋子の結婚相手に矢野を選ぶのだった。
一方、藤江を自分の事務所で勤めさせていた矢野は、ある晩、藤江を抱いた。
藤江は今では矢野への感謝の気持ちが思慕へと変っていたのである。
やがて藤江は矢野が朋子と結婚するということを知った。
藤江が朋子のことを失野に問いただすと、矢野は冷たく「僕が君と結婚すると思っていたわけではないだろうね」と言い放ち、去ろうとした。
そこで藤江は、あの事件の真犯人は彼女であること、もし矢野が別れるなら裁判所へ行って全てを白状すると逆に矢野を脅迫する。
矢野は憔悴の夜を送った。藤江はやりかねない。
それは矢野の滅亡を意味する。
やがて矢野は藤江に対して殺意をいだく。
翌日、矢野は藤江に詫びを入れ、旅行に誘うと、藤江は涙ながらに喜び、数日後、富士の見える西湖畔に二人は宿をとった。
藤江は幸福だった。
翌朝、矢野は藤江を釣に誘った。
人気のない霧の湖上を二人を乗せたボートが沖へ向かった。
矢野が舟を止めると矢野の殺意には既に気が付いていたと藤江がつぶやいた。
矢野は舟底のコックを抜いた、
奔流のように水が舟に入って来る。
矢野が脱出しようとした瞬間、藤江の体が矢野の上にのしかかり、矢野の悲鳴が上った。
「先生を誰にも渡さない!」藤江の頬には止めどなく涙が流れた。
折りしも流れて来た濃い霧の中に慟哭とともにボートと藤江と矢野の姿は消えていった。
コメント:
原作は、松本清張の小説「種族同盟」。『オール讀物』1967年3月号に掲載され、1968年7月に中編集『火と汐』収録の1作として、文藝春秋(ポケット文春)から刊行された。
殺人容疑で法廷に立たされた薄幸の女と彼女を無罪とする事に成功した弁護士のその後の愛憎を描く異色作。
原作の語りは一人称の「私」の視点から描かれているが、本映画では、弁護士の名前を矢野武とした上で、貪欲な野心家として性格付けられている。
殺人事件の容疑者は、原作では男性であるが、本映画では女性の貝塚藤江とされ、また主人公の結婚相手の設定を加えるなど、原作とは人物関係が変更されている。
ラストの落ちも原作とは異なる。
なかなか面白い。
映画「黒の奔流」でのラストは、エゴイスト矢野弁護士(山崎努)が「一事不再理」や「妊娠」を盾に自分にまとまりつく岡田茉莉子をボート事故に見せかけて殺そうとする。
「たまに泊りがけで、ゆっくり出かけようか?」
山崎の言葉に茉莉子は、はしゃぐ。
だけども、ちょっとヘンだ。
ふとんを並べながら、山崎の方は明日の手順を考えこんで目が座っているのだ。
その目を見た茉莉子は、「この人は私を殺そうとしている!」とピンと来る。
普通そう感じたらどうする?
そっと逃げるとか、ボートに乗らないという選択もありそうなものだ。
だが、茉莉子は悲しそうな顔をしたまま、誘われるままボートに乗り、霧の深い沖に繰り出す。
モヤで霞む中、見つめあう二人。
「許してくれ!」
泳げない茉莉子を湖に落とそうとする山崎。
しかし、茉莉子の手にはナイフがあり、山崎を突き刺したのだ。
血だらけになる山崎。
茉莉子が叫ぶ。「ごめんなさい!あなた!」
う~ん、この場面、茉莉子が心中しようとしたのだと思う。
殺したいなら殺せ、私も殺してやる!と。
ところが、こんな考え方もあるのでは。
(尊敬する矢野弁護士を殺人犯にしたくなかった。私が殺した事にすれば救われる・・)
一晩、考えた結論なのか。
なかなか、こんな風に考えられないが。
女心が切ない。
ここは原作はどうなっているのかと調べたところ、原作は無罪にしてあげる人間が女性でなく男性だった。
盗みやウソを言うので解雇しようとしたところ、
「真犯人のワシを無罪にしてくれたのだから、弁護士さんの腕は買われても、世間の悪口は先生に向かいますよ」と男(連平)は言い、ふてぶてしく「秘書の由貴子さんと結婚させてください。でなけりゃ、先生の奥さんに言いつけますよ」どこまでも憎々しい連平だった。
つまり、原作はこのラストとは全然違うのだ。
弁護士が、連平という真犯人だった男から恐喝されて、困るところで終わっている。
原作あらばこそではあるが、映画はさすがエンターテイメントだ。
アレンジとボリュームアップが上手い。
それにしても、山崎努の弁護士役は男冥利に尽きる。
一方は、若々しい美貌に輝く松坂慶子が新妻で、他方は、絶世の美女・岡田茉莉子という不倫相手だ。
この二人を同時にキープしようとしていたのだ。
さらに、山崎が以前から深い仲になっていた、弁護士事務所の先輩女性職員の岡橋由基子を演じている谷口香という女優もかなり色っぽい。
贅沢過ぎる!
いわゆるテレビの2時間サスペンス番組というのは、松竹の松本清張ものが発祥のようだ。
本作なども、その典型とも言える。
野心的な弁護士が、殺人事件の被告となった旅館の仲居を弁護して、見事無罪判決を勝ち取った。
恩師の娘を嫁取りして、順風満帆の弁護士生活が間近となる。
この弁護士を山崎努が演じ、被告が岡田茉莉子。
山崎は、そのまま弁護士事務所に岡田茉莉子を雇い、深い関係に至る。
しかしただの肉欲だけの関係で、本命は恩師の娘(松坂慶子)である。
この自己中心の弁護士に薄幸の女という構図だが、実は被告の女性は真犯人だったという衝撃の告白で、山崎の未来予想図は瓦解する。
「一事不再理」の原則で、無罪判決が確定した被告は、その件について、再度の裁判はないという。
実は、やっぱり自分がやりました、というパターンは他の作品でもあったように思う。
また、この弁護士は同じ事務所の岡橋由基子(谷口香)とも関係があり、さらに黒い奔流になる可能性もあるのだ。
つまり、もっと面白い作品に仕上がる可能性がある。
そこを拡大してゆけば、3時間ものの長編サスペンスとなっただろう。
やはり、松本清張の小説は、ネタが満載なのだ。
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