「尻啖え孫市」
(しりくらえ まごいち)
1969年9月13日公開。
戦国時代に鉄砲技能集団・雑賀党を率いた、実在の雑賀孫市を描いた作品。
原作:司馬遼太郎「尻啖え孫市」
脚本:菊島隆三
監督:三隅研次
キャスト:
- 雑賀孫市:中村錦之助
- 小みち:栗原小巻
- 法専坊信照:本郷功次郎
- 木下藤吉郎:中村賀津雄
- 織田信長:勝新太郎
- 藤吉郎の妻寧々:梓英子
- 加乃:南美川洋子
- 雑賀左太夫:志村喬
- お美和:しめぎしがこ
- 辻君の明美:小林直美
- 牧田三右衛門:五味龍太郎
- 半井驢庵:香川良介
- 柴田勝家:内藤武敏
あらすじ:
元亀元年の二月、織田信長(勝新太郎)の城下町に、見慣れぬ男が現われた。
紀州雑賀衆(さいかしゅう)の頭目・雑賀孫市(中村錦之助)であった。
雑賀衆は、三千人からなる日本最強の鉄砲集団で、戦国の大名たちに恐れられている庸兵の一団である。
信長は不審に思って、藤吉郎(中村賀津雄)に尋ねたが、藤吉郎にも見当がつかなかった。
藤吉郎の妻・寧々(ねね)(梓英子)が探ってみると、彼は先年京で見染めた足首の美しい女が信長の妹君と知って、ここまで追ってきたのだった。
藤吉郎は、信長と計って、織田一族の娘・加乃(南美川洋子)を“素足の女”に仕上げることにした。
その年の春、信長は、越前の朝倉義景を攻めた。
孫市は、姫のいる京に近いことと、雑賀衆の値を釣り上げるよい機会と、わずか五人の手兵を連れて一軍に加わった。
そして、得意の銃撃戦で、たった半刻のうちに落城させて、信長に鉄砲の威力をまざまざと見せて、舌をまかせた。
だが背後の浅井長政が寝返ったため、信長は、藤吉郎に後を託して、京へ引き揚げた。
藤吉郎は、孫市にも退くよう説いたが、城に留まって、朝倉の追撃隊を散々にけ散らして信長の後を追った。
京へ帰った孫市は、偶然の事から姫が偽者だと知り、藤吉郎をなじって、信長・藤吉郎と別れた。
紀伊へ戻った孫市を待っていたのは、大阪名山本願寺の僧・法専坊信照(本郷功次郎)だった。
近く予想される信長の本願寺攻めに対抗して力を貸して欲しいという。
孫市は、反信長軍の総大将にと聞いて心が動いたが、その時はニベもなく断わった。
やがて、孫市は、戦いの近いのを知って鉄砲を買いに、堺へ出かけた。
そして、鉄砲鍛冶・芝村仙斎の所で、あの“素足の女”小みち(栗原小巻)に出会った。
小みちは、信照の妹で、本願寺信徒であった。
さすがの孫市も、小みちに総大将にと強く頼まれては、無下に断わることもできなかった。
束縛されることの嫌いな孫市も、小みちのためになら、戦ってもよいと思った。
元亀二年九月、孫市は五千人の手兵を連れて本願寺に入った。
そして、信長の死まで、実に八年間も、終わりのない戦いがくりひろげられることになった。
コメント:
原作は、司馬遼太郎の同名歴史小説。
戦国時代、3000人からなる日本最強の鉄砲隊を率いた紀州雑賀衆の頭目・雑賀孫市を描いた作品。
孫市に中村錦之介。織田信長に勝新太郎。木下藤吉郎に中村嘉葎雄。
元亀元年の二月、織田信長の城下町に奇怪な男が現れる。
背中に烏の絵が描かれた赤い陣羽織を身に付けた雑賀孫市(中村錦之介)だった。
信長は不審に思って、藤吉郎に探らせると、大の女好きの孫市は京都の清水寺で信長の妹君の美しい足首に一目ぼれしてここまで追ってきたという。
信長には独身の妹はいなかったので、孫市の勘違いと思われた。
だが、何とか孫市の機嫌をとって3千人の鉄砲隊を味方につけたい信長は、孫市がその娘の顔を見ていないことをいいことに、織田一族の別の娘・加乃をお目当ての姫だと仕立て上げることにし、京都に住む加乃に会いに行くまでの時間稼ぎをする。
その間に、孫市と藤吉郎は互いを気に入り友情を感じていく。
しばらくして信長は越前の朝倉義景を攻めに行くことになり、孫市は姫のいる京に近いことと、雑賀衆の値を釣り上げるよい機会と、わずか五人の手兵を連れて一軍に加わり活躍する。
しかし、ついに京で会うことができた加乃が、自分が見染めた娘ではないことを見抜き、信長の裏切りに怒り、離れて行った。
やがて孫市は一目惚れの相手“小みち”に再会することができるが、その娘は信長に敵対する本願寺信徒だった。
孫市の豪快なキャラクターや鉄砲隊の鮮やかな技の披露など痛快で面白い作品である。
勝新太郎は存在感はあるが、体型的に織田信長は無理があるような感じがする。
孫市と藤吉郎の友情が見どころの一つだが、中村錦之介・中村嘉葎雄の兄弟共演でよかった。
タイトルにある「尻啖え」(しりくらえ)という意味は調べてみたがよく分からない。
しかし、本作の映像の中でそれを見つけた。
孫市に扮した錦之助が、こう言っているのだ。
「いずれは、信長にこの尻くらわしてやるとな!」
自分を騙そうとした信長に対する孫市の強い復讐心をこのように口にしている。
「ケツでも食らえ」という反発心を表現した「尻啖え」をタイトルにした司馬遼太郎の名案だ。
おそらく信長という破天荒な戦国武将に対する反発心や憎しみは、本能寺の変の前には、日本中の人々の心に渦巻いていただろう。
明智光秀も、雑賀孫市も、その一人だったのだ。
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