「太陽」
2006年8月5日日本公開。
終戦直前・直後の数日間における昭和天皇の苦悩を描いた外国映画。
ロシア・イタリア・フランス・スイス合作映画。
2005年ベルリン国際映画祭上映作品。
同年第13回サンクトペテルブルク国際映画祭グランプリ獲得。
脚本:ユーリ・アラボフ(ロシア)
監督:アレクサンドル・ソクーロフ(ロシア)
キャスト:
- 昭和天皇 - イッセー尾形
- ダグラス・マッカーサー - ロバート・ドーソン
- 藤田尚徳(侍従長) - 佐野史郎
- 香淳皇后 - 桃井かおり
- 老僕 - つじしんめい
- 研究所長 - 田村泰二郎
- マッカーサーの副官 - ゲオルギイ・ピツケラウリ
- 鈴木貫太郎(総理大臣) - 守田比呂也
- 米内光政(海軍大臣) - 西沢利明
- 阿南惟幾(陸軍大臣) - 六平直政
- 木戸幸一(内大臣) - 戸沢佑介
- 東郷茂徳(外務大臣) - 草薙幸二郎
- 梅津美治郎(陸軍大将、参謀総長) - 津野哲郎
- 豊田貞次郎(軍需大臣) - 阿部六郎
- 安倍源基(内務大臣) - 灰地順
- 平沼騏一郎(枢密院議長) - 伊藤幸純
- 迫水久常(書記官長) - 品川徹
あらすじ:
1945年8月。
疎開した皇后や皇太子たちと離れ、地下の待避壕での生活を送る昭和天皇(イッセー尾形)。
御前会議で、陸軍大臣(六平直政)は本土決戦を提唱するが、天皇は明治天皇の歌を詠み、降伏する用意があることを示唆する。
迷路のような待避壕の中で袋小路にあたりながら、研究室で平家カニの研究をするときだけ、天皇の心は安らぐ。
想念は次第にこの戦争の原因へと移り、天皇は東京大空襲の悪夢を見る。
夢の中でアメリカ軍のB29爆撃機は巨大な魚で、焼夷弾ではなく大量の小魚を産み落とし、東京を焦土にする。
苦悶のうめき声をあげながら目を覚ます天皇は、皇太子宛ての手紙を書く。
アルバムを取り出して自分と皇后(桃井かおり)の写真、皇后に抱かれた小さな皇太子に口付けする。
そこへ動揺した侍従がやって来て、天皇は黒いフロックコートと黒い帽子に着替える。
占領軍最高司令官であるダグラス・マッカーサー(ロバート・ドーソン)との会見が行われるのだ。
悲惨な焼け野原、荒んだ人々の間を走り抜け、天皇を乗せた米軍の車はアメリカ大使公邸へ到着する。
天皇はマッカーサーに、連合軍のどのような決定も受け入れる準備があると告げ、会見は短時間で終わった。
マッカーサーからハーシーズのチョコレートを送られ、従軍カメラマンの写真撮影に応じ、「チャップリンそっくりだ」と大喜びするカメラマンの視線にさらされながら、撮影される天皇。
マッカーサーとの二度目の会談はディナーをとりながら行われ、その晩、天皇はひとり思い悩む。
疎開先から戻ってきた皇后に、天皇は「人間宣言」をすることを決意したと告げる。
宣言の後、玉音放送を放送した人間が自害したと聞き、打ちひしがれる天皇。
皇后はその手を握り、家族の待つ部屋へ天皇を連れて行く。
コメント:
ロシアの脚本家と監督により制作された、昭和天皇の第二次大戦の終戦前後を描いた作品。
皇室の描写がタブー視(菊タブー)されている日本での公開は難しいとされていたが、2006年8月、スローラーナーの配給により東京・銀座シネパトスと名古屋・シネマスコーレの2館で封切られた。
立ち見が出るほどの活況だったという。
その後は、大阪・福岡・札幌をはじめ全国各地で拡大公開され、2007年3月にはDVDも発売された。
昭和天皇をイッセー尾形、皇后を桃井かおりが演じている。
また、天皇の側近で見守る侍従長藤田を佐野史郎が演じている。
『日本のいちばん長い日』という日本映画がある。
半藤一利によるノンフィクション書籍を原作として、これまでに2度映画化されている。
岡本喜八監督による1967年版(製作・配給東宝)と原田眞人監督による2015年版(製作・配給松竹)である。
昭和天皇や鈴木貫太郎内閣の閣僚たちが御前会議において日本の降伏を決定した1945年(昭和20年)8月14日の正午から宮城事件、そして国民に対してラジオ(日本放送協会)の玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる8月15日正午までの24時間を描いている。
これらの映画は、終戦を迎えるまでのさまざまな国民の感情を映し出しているが、昭和天皇個人の苦しみや悲しみはほとんど描かれていない。
本作「太陽」は、ズバリその時の昭和天皇の姿を描いているのである。
しかも、ロシアきっての鬼才・ソクーロフ監督の手腕によって、単なる天皇の伝記映画とは異なる味わい深い作品になっている。
平成・令和の時代になっても日本ではおよそ製作されることはない天皇陛下の人間としての生の姿を、教科書的な史実ではなく、哀しいほど美しい映像で叙情的に描いているのだ。
多少カリカチュアされていて、天皇の容姿や話し方などを誇張してはいるが、イッセー尾形の演じる昭和天皇は、我々の知る、あの穏やかなお姿の懐かしい昭和天皇そのものだ。
アメリカ兵から「チャップリンにそっくりだ」と言われ、マッカーサーからは「子供のような人だ」と言われる“現人神”の苦悩。
悪夢のような戦争を終わらせるために、“人間”になる決意をする静かな姿は神々しいとさえ思える。
この一見静かで穏やかだが、内部に悲しみと怒りが凝っている心情は色彩を押さえたグレイッシュな映像に転化されているのである。
音楽を一切廃し、狭く行き詰るような空間の中で展開される陛下の孤独。
ソクーロフ監督特有の叙情性が前面に押し出された美しい異色の伝記映画だ。
外国人が制作したからこそ成功したと思われる芸術性が高く、人間・昭和天皇の心の内奥に入り込んだ厳しくも人情味のあるこの作品を我々日本人はぜひ一度は観るべきであろう。
そこから、日本の天皇制の在り方について、深い理解が得られるのではないだろうか。
ソクーロフ監督はロシアを代表する映画監督で、その代表作は、「権力者4部作」。
1999年にヒトラーを描いた1作目『モレク神』を発表し、第52回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した。
2001年にはレーニンを描いた2作目の『牡牛座 レーニンの肖像』を発表した。
3作目の本作『太陽』(2005年)ではイッセー尾形を起用して大日本帝国時代の昭和天皇を描いた。
2011年、「権力者4部作」の最終作としてゲーテの同名小説を映画化した『ファウスト』を発表。
第68回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。
ほかにも、2002年、翌2003年のサンクトペテルブルク建都300周年を記念した『エルミタージュ幻想』を発表。
90分間ワンカットの長回し撮影法で注目された。
2003年の『ファザー、サン』は第56回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した。
2006年にはロカルノ国際映画祭で名誉豹賞を受賞した。
翌2007年には第二次チェチェン紛争を実際の駐屯地で撮影した『チェチェンへ アレクサンドラの旅』を発表している。
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