「キッドナップ・ブルース」
1982年10月9日公開。
タモリが「笑っていいとも!」でメジャーになる直前の主演映画。
誘拐犯として最後に逮捕される。
監督・脚本: 浅井慎平
音楽:山下洋輔
主題歌:タモリ「狂い咲きフライデイ・ナイト」(作詞・作曲 :桑田佳祐)
出演者:
タモリ 、 大和舞 、 淀川長治 、 岡本喜八 、 山下洋輔 、 藤田弓子 、 桃井かおり 、 川谷拓三 、 竹下景子 、 内藤陳
あらすじ:
遥かに東京の灯りが点滅するのが見えるT川堤。
ハンティングキャップをかぶった男Rが自転車に乗っている。
陽気な客で賑わう酒場で、一人、酒を飲むR。
林檎を買うR。
自転車の篭には林檎とレゲエのリズムを流すトランジスタラジオがある。
ゴリラのぬいぐるみを持った少女Yがいる。
RはYが「海を見たい」と言うので、自転車で出発した。
少女は家に電話をするが、誰もでない。
焚火の傍でギターを弾く男がいた。
RとYは近づいていった。
パチンコの景品を金に換えるR。
Yのママはホステスで家にいないときが多い。
Yが家に電話すると、ママがでた。
Yは「おじちゃんと一緒にいる」と言うと電話を切った。
風呂に入っているRとY。
カメラを買うR。
雪道を歩いてくる刑事。
鉄格子の閉る音。
鉄格子の向うにうずくまるR。
カメラが引かれると、鉄格子だけが雪原に立っている。
Rの後に黒い森がある。
果てしないすみ色の雪原と遥かな山々。
Rは立ち上り、トランペットを吹きはじめる。
コメント:
駐車場で出会った男と少女、「海を見たい」という少女の一言から始まる二人旅。
移動手段は自転車で、大きなゴリラのぬいぐるみと少女を乗せてこちらの町からあちらの町と、日本中を旅する。
ホステスをしている少女の母に一度電話を入れるが、後はなしのつぶて。
男は誘拐犯としてニュース報道され、指名手配書が張り出されるようになる。
幼児を巻き込んだシリアスな誘拐劇のようだが、実際は全く緊張感もない。
情緒的と言えるかもしれないような映像は鮮やかな色彩や構図の確かさが素晴らしい。
さすが有名カメラマンの浅井慎平監督だ。
映画監督として初仕事とは思えない感覚の鋭さを感じる。
なお、この映画は、シナリオが無く、配役の名前もない。
何といっても、あのタモリが「笑っていいとも!」で大ブレイクする直前の作品だという、この事実はすごいことだ。
特に、タモリが歌う主題歌「狂い咲きフライデイ・ナイト」は、絶賛されている。
作詞・作曲は桑田佳祐。
タモリが歌っているとは思えない、モダンジャズのプロ歌手の雰囲気で、聞かせる!
主演しているタモリは、本名・森田一義。1945年福岡市生まれ。
ご存じのお化け番組・『森田一義アワー 笑っていいとも!』で一世風靡した異色の人物。
この番組は、フジテレビ系列で1982年(昭和57年)10月4日から32年間続いた。
タモリは、若かりし日に、早稲田大学に入学したが、モダン・ジャズ研究会に在籍してジャズに熱中し過ぎて学業をおろそかにし、大学を抹籍処分になった。
その後もモダン・ジャズ研究会のマネージャー役を続行し、バンドの司会などでかなりの収入を得ていたが、間もなく叔父に福岡に引き戻され、朝日生命に3年近く保険外交員として勤務し、2歳年上の同僚の女性と結婚した。
その後旅行会社に転職し、系列の大分県日田市のボウリング場支配人に転属となった経歴を持つ。
1972年、渡辺貞夫の福岡でのコンサートスタッフに大学時代のジャズ仲間がいたことから、コンサート終了後、友人が泊まっていたホテルで終電がなくなる時間ギリギリまで飲みながら話し込んでいた。
いざ帰ろうと部屋から出た際、やけに騒がしい一室があり、半開きになっていたドアから中を覗くと、室内ではコンサートに同行していた山下洋輔トリオ(山下洋輔、中村誠一、森山威男)が、歌舞伎の踊り、狂言、虚無僧ごっこなどで乱痴気騒ぎをしていた。
そこにタモリが乱入し、中村誠一が被っていたゴミ箱を取り上げると、それを鼓にして歌舞伎の舞を踊り始めた。
山下トリオの面々は「誰だこいつ?」と動揺するが、中村が機転を利かせてその非礼をデタラメ朝鮮語でなじると、タモリがそれより上手なデタラメ朝鮮語で切り返し、中村とのインチキ外国語の応酬に発展。表情を付けてデタラメなアフリカ語を話し始めた際には、山下は呼吸困難になるほど笑ったという。
始発が出る時間まで共に騒ぎ、「モリタです」とだけ名乗って帰宅したという。
このエピソードがタモリの運命を変えることになる。
「この男はジャズファンに違いない」と確信した山下は、福岡市内のジャズバーに「モリタという名前の男を知らないか」と片っ端から問い合わせた結果、「喫茶店の変人マスターでは?」という情報が入り、再会を果たすことになる。
この時期タモリは転職して喫茶店のマスターとなっており、ウィンナ・コーヒーを注文すると、ウィンナーソーセージが入ったコーヒーを出すなど、地元では奇妙なマスターとして有名であった。
再会後は、山下トリオが九州に赴く際の遊び仲間となり、山下のエッセイ等でしばしば取り上げられるようになったという。
1975年の春、山下が行きつけの新宿ゴールデン街のバー「ジャックの豆の木」で、「山下がそんなに面白いと言うのなら一度見てみたい」と、タモリを上京させる機運が高まり、バーの常連(奥成達、高信太郎、長谷邦夫、山下洋輔、森山威男、坂田明、三上寛、長谷川法世、南伸坊ら)により「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」が結成され、会のカンパによって、1975年6月に上京を果たす。
ここからタモリの華々しい芸能人生が花開いて行くのだ。
そして、山下洋輔を中心にどんどんタモリを絶賛するファンが増えて行った。
写真家の浅井慎平もその一人だ。
本作では、脚本、監督、撮影、照明の四役を一人でこなしている。
また、山下洋輔は本作の音楽を担当している。
なお、タモリは、ずっとサングラスをかけているが、これはカッコつけているわけではない。
小学3年生のとき、下校途中に電柱のワイヤに顔をぶつけ、針金の結び目が右目に突き刺さって失明したのだ。
2ヶ月休学して治療したものの、視力は戻らなかったという。
この人の人生をみてみると、そんなハンディキャップがあっても、前向きにとことん自分が好きなことに没頭すれば、未来は開けるということのようだ。
この映画と似ている映画をいくつかピックアップしてみると、以下の二つがまず浮かんできた。
①北野たけしの「菊次郎の夏」:
会えなくなったお母さんに会いたいという男の子を連れてたけしが全国を旅するロード・ムービー:
②緒形拳主演の「長い散歩」:
母にいじめられる女の子を連れて、あてのない旅を続ける初老の男のロード・ムービー:
(最後に逮捕されるところは本作と同じ)
この映画で、桃井かおりは、ホステスをしている少女の母親を演じている。
映像に映る時間も少ない役ながら、主人公の少女がなぜタモリと旅を続けるのかを考えさせる起点になる重要人物だ。
そんな役柄を演じるのに最適な女優といえば、やはりこの時代なら桃井かおりしかいないだろう。
跳んでる女優ナンバーワンの面目躍如である。
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