あえて言わなくてもいいことですが、
星野道夫さんが大好きです
北国の秋
アスペンやシラカバの葉が黄に色付き、ツンドラの絨毯がワイン色に染まると、
短いアラスカの秋が始まります。
新緑のピークがたった一日のように、紅葉のピークもわずか一日です。
原野の秋色は日ごとに深みを増し、
さまざまな植物が織りなすツンドラのモザイクは、
えも言われぬ美しさです。
快晴の日が続き、ある冷え込んだ夜の翌日、
あたりの風景が少し変わっていることに気付くでしょう。
一夜のうちに、秋色がずっと進んでしまったのです。
北風が絵筆のように通り過ぎていったのです。
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ブルーベリーやクランベリーの実は熟し、
渡り鳥は南への長い旅のため、クマは長い冬ごもりのため、
その実をせっせと食べながら脂肪を蓄えます。
北の自然の恵みは、南のそれとは少し違うのです。
それはきびしい環境の中で、凝縮され、あっという間に散ってゆく、
どこか緊張感をもった自然の恵みです。
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秋は、こんなに美しいのに、なぜか人の気持ちを焦らせます。
短い極北の夏があっという間に過ぎ去ってしまったからでしょうか。
それとも、長く暗い冬がもうすぐそこまで来ているからでしょうか。
初雪さえ降ってしまえば覚悟はでき、
もう気持ちは落ち着くというのに、
そしてぼくは、そんな秋の気配が好きです。
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無窮の彼方へ流れゆく時を、めぐる季節で確かに感じることができる。
自然とは、何と粋なはからいをするのだろうと思います。
一年に一度、名残惜しく過ぎゆくものに、この世で何度めぐり合えるのか。
その回数を数えるほど、人の一生の短さを知ることはないかもしれません。
「旅をする木」文藝春秋より