◇映画『それでも夜は明ける(12 Years A Slave)』パート1~それでも僕は推薦する | 吉岡正晴のソウル・サーチン

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◇映画『それでも夜は明ける(12 Years A Slave)』パート1~それでも僕は推薦する

【12 Years A Slave (Part 1)】

オスカー。

映画や音楽は、世界への窓だ。さまざまな知らないことを教えてくれる。この『それでも夜は明ける』も多くのことを教えてくれた。

この映画の舞台は1841年のアメリカ。日本で言えば江戸時代。(天保時代、1868年が明治元年)アフリカからの奴隷貿易は1619年から始まり、1808年には終わっていた。しかし、アメリカ北部では奴隷制度が終焉を迎えていたが、労働力を求める南部では1865年まで奴隷制度が残っていた。そんな奴隷制度過渡期の実話に基づく作品だ。

その頃、アメリカ・ニューヨーク州北部サラトガに住むいわゆる「自由黒人」(フリー・ニグロFree negro、フリー・ブラック Free black)であったヴァイオリニストのソロモン・ノーサップは音楽家としてある程度の名声と愛する家族と経済的安定を得ていた。白人の友人もいて、不自由なく人生を送っていた。

僕は映画の冒頭、まずこの1841年という時代と「自由黒人」という言葉に驚かされた。黒人の中にも身分を保証された人たちがいたことを僕は知らなかった。

ノーサップはあるときワシントンでのライヴ演奏を頼まれる。終演後酒を飲まされた彼は酔いつぶれ、目を覚ますと手足を重い鎖につながれていた。「自由黒人」が自由を奪われた瞬間だった。彼は一奴隷として南部に売られてしまう。

最初のオウナー、フォードは借金の肩に次のオウナー、エップスにノーサップを売り渡す。二人目のオウナー、エップスは奴隷を文字通り奴隷として扱った。さまざまな地獄を垣間見たノーサップは11年8ヶ月と26日で、そこから逃れることになる。その約12年のすさまじい体験を描いたのがこの映画作品だ。

描かれるのは人種差別なんてものではない。人権などない。もの、ただの所有物を扱うように彼らはひたすら使われる。鞭打ち、処刑、裏切り、見せしめ。明日への希望などまったくなかった。絶望のどん底にいても彼が失わなかったものは。いかにして彼は生き延びたか。

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手記。

自由黒人から奴隷となったソロモン・ノーサップが書いた手記は1853年発刊時に約3万部のベストセラーになったものの、それから約100年、歴史の中に埋もれてしまった。1960年代に歴史家がこの本を発掘、1968年に編集し再刊され、注目されることになった。リリース当時の書評が最近これまた発掘されている。(下記リンク参照) そして、これをベースに1984年にゴードン・パークス監督でテレビ映画『ソロモン・ノーサップのオディッセイ』として製作されている。

そして、今回は「アメリカの奴隷についての映画を撮りたい」と考えていたというイギリス人の黒人監督、スティーヴ・マックイーン(白人俳優とは同名別人)が妻からこの本の存在を教わり、製作を目指した。多くのブラック・ムーヴィー同様、製作資金集めは難航したが、途中でブラッド・ピットがプロデューサーに加わり最終的に2000万ドル(約20億円)の予算を集め完成した。2013年8月、テルーライド・フィルム・フェスで上映された後、2013年11月8日全米公開、2014年1月10日イギリス公開され、現在まで1億4000万ドルの興行収入を上げている。

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平和。

エンディングのクレジットが出た後も、僕はしばし席を立つことができなかった。それほどまでに衝撃を受けた。

映画や音楽は、さまざまなことを教えてくれる。歴史を、そして、人間を、人間の所業を、人間の本質を。それはあまりに非情で無慈悲で非人道的なこともある。そこに描かれた真実を目の当たりにしたとき、ときに立ち上がれなくなるほどの衝撃を受けることもある。これは深く、重く、しかし、しっかりと受け止めなければならない作品だ。

我々がこうして映画を見たり、音楽を聴いたりしてエンジョイできるのも、我々のほんの周囲が平和で人権が保障されているからにほかならない。ピッザのデリヴァリーを頼みながら、アカデミー賞を見られるのも平和があってこそだ。

今でも人種差別は根を張っている。アフリカではまだ大量殺戮が行われている。

たとえば僕の黒人の友達は、この映画を最後まで見られるだろうか。見終わって、立ち上がれるか。どういう感想を持つのだろうか。意見交換ができるだろうか。そんなことを思った。

人気ベース奏者、ネーサン・イーストにインタヴューしたとき、たまたま映画の話になり、この作品についての話になった。彼はロスの映画館で見ていたが、そのときの聴衆はほとんどが白人だったという。そして、これはディープで絶対に見なければならない映画だと言った。

最初、こんな重い映画を人に推薦してもいいのか、とも感じたが、それでも、僕は個人的に、この映画を大推薦する。結局、人間の本質というものはいつかどこかで直視しなければならないとも思うからだ。

2014年3月2日、第86回アカデミー賞で、この『それでも夜は明ける』は、堂々と「作品賞」を獲得した。たぶん、これを見た人はこの作品に投票しないわけにいかないと感じたのではないか。

僕は、何か、この映像作品そのものが持つ「生命力」というものを圧倒的に感じたのだ。それは主人公、ソロモン・ノーサップ(奴隷名はプラット)の絶対に生き残るという力強い「生命力」ゆえのものかもしれない。そこが人々の本質的な心の琴線に触れた感じがしてならない。

黒人監督の黒人映画がアカデミーの作品賞を受賞するのは86年の歴史で初めてのこと。助演女優賞もルピタ・ニョンゴも獲得、主演のキゥテル・エジョフォーは残念ながら受賞を逃したが、ほかに脚色賞の計3部門を獲得した。

『大統領の執事の涙』も人種差別に真っ向から挑んだ映画作品だったが、もしこれもアカデミー「作品賞」にノミネートされていたら、票が割れたような気がする。そうなると、両方とも倒れ、『ゼロ・グラヴィティー』に行ったかもしれない。『大統領…』がノミネートされなかったことを残念に思ったが、結果的にこの『それでも…』が受賞したことを見て、それもありだったかな、などとも思ってしまった。

(この項、続く)

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1853年1月20日付けニューヨーク・タイムズ紙のソロモン・ノースロップについての記事。ここでは、Northrupとスペルが間違っている。正しくは、Northop ノーサップ。
http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9E03EEDC1438E334BC4851DFB7668388649FDE&smid=nytimesarts

http://gawker.com/this-is-the-161-year-old-new-york-times-article-about-1-1535199589

1853年2月19日付けマンチェスター・ガーディアン紙の記事。
http://www.theguardian.com/theguardian/from-the-archive-blog/2014/jan/13/12-years-slave-original-story-solomon-northrup

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映画は2014年3月7日(金)から全国ロードショー公開

http://yo-akeru.gaga.ne.jp/

予告編
http://youtu.be/LSouln2LQ5s



■ オリジナル・サウンドトラック

12 Years a Slave
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Original Soundtrack
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