と言ったのは
数年前に出会い数々の名言を放った苛烈な元上司。
実際はもっと長い。
悪いことを悪いとわかってて敢えてやるか、知らずにやるか、この2つには大きな差がある。
ルールをつくるとき、
どうしたらこのルールを使って悪いことができるか考えなさい。
そうしたら抜け道が見える。
見えれば塞ぐことができる。
そのうえで、敢えて抜け道をつくっておけるのができる人。
意図せず抜け道をつくっちゃった人はできちゃった人。
性善説では悪いことをする人には絶対に勝てない。
なんでこの言葉を思い出したかって言ったら
『グッバイ ロビンソン』があったこと
『ワカンダ・フォーエバー』を観たこと
開場待ちのロビーのスクリーンに、瀬戸内寂聴さんの映画の予告編が目に入ったこと。
汚れを知らない人に、真理を見通せないんじゃないかな。
悲しみや憎しみを知らない人に、人の心に寄り添ったりはできないんじゃないかな。
魔が差したこともない人が、魔が差した人を止めることはできないんじゃないかな。
魔が差した自分も、自分の醜い部分や悪いことも知ったうえで、自分の意志でそれを拒絶する、あるいは断ち切ることができる人が説得力を持つんじゃないかな。
そういえば、ヒーローものでもよく
悪に勧誘されて闇堕ちする人と、
それでも意志を貫くヒーローとが描かれますね。
現実は、悪と善の境界なんて曖昧だったり
なかには善かれと思ってやる人もいたりする。
善意が善とは限らない。
善が全て善意からとも限らない。
反対側を知って初めて見えるものもある。はず。
何が言いたいかと言うと、
シュリちゃんが闇堕ちしなくて良かったようという話😭