資本金。
16年前の昨日、2007年3月6日は、ボクの最初の会社、スポーツマーケティング会社、島田事務所株式会社の設立記念日でした。そしてその日、妻は翌月に大きな手術を受けるために大阪 高槻市の病院に入院していました。 島田事務所株式会社の設立に当たっては、同志社大学の先輩の高木克典さんと柴原義章さんに大変お世話になりました。 その年の4年前、2003年から、ボクは東京ヴェルディから神奈川西部にあるSというJクラブに移籍し、世界初のプロジェクトなどを成功させていたのですが、当時の社長などの裏切りや背信行為により極度の人間不信となり、それが高じて心の病となり、半年間も家から外出することができなくなりました。そしてそれは妻が亡くなる大きな原因ともなりました。 家から外出することができず、しかし生きていくために、また妻の病気を治すためにも、どうしても働く必要があったボクを心配して、2007年2月に、高木さんと柴原さんは拙宅で夜21時過ぎから翌朝まで親身に相談に乗ってくれ、最終的には起業することが良かろうという結論に達し、3月6日を迎えました。 起業に当たり、高木さんには、ボクが当時所有していた3年間だけ乗った新車のBMWを市場価格よりも遥かに高く買い取っていただき、その買取価格の2.5倍の資本金を笑顔で貸していただき、なおかつ茅場町にボクのために、とても素敵な新築オフィスまで用意していただきました。 そのおかげで、アビスパ福岡さん、FC岐阜さん、タイ バンコクのポリス・ユナイテッドさん(すべて三浦康資さんと協働で)、ジェフユナイテッド市原・千葉さん、FCバルセロナさん(中村武彦さんと協働で)などとお仕事ができ、山本修吾さんのおかげで、最初の本『日本型市民スポーツクラブの創り方』を出版することができました。 会社設立1年半後に、高木さんにお借りした資本金を返却する際に、「もしボクがお借りした資本金を持ち逃げしたらどうされたのですか?」と質問すると、高木さんは「私に人を見る目がなかったと思い、諦めるよ」とアッサリおっしゃいました。 そういう高木さん、そして柴原さんとは、もう40年以上のお付き合いとなり、またボクのこれまでの3冊の本をすべて発売後すぐにご購入、そして読んでいただいており、ボクはお二人のことを勝手に「同志」だと思っていますが、でも大変情けないことに、お二人には現在まで何も恩返しができておりません。 せめても日々のヨーガや坐禅によって心身を可能な限り清め、透明な心でお二人とお二人のご家族の幸せを願い、今のボクにできること、少しでもよい論考や小説などを書き、何かの形で恩返しをしたいと心の底から願っています。 ボクにとって啓蟄の日は、恩を受けた方々にどうしても恩返しをしたい、しなければならないという気持ちが強くフツフツと沸き上がってくる日でもあります。