共に時代を駆け抜けてきたアコード。
MAZDAとホンダ、メーカァの垣根はあってもお互い仲間同士と信じてきた。やることは精一杯、十分すぎるほどにやってきたつもりだ。
今は、昔のはやり歌なんか聴いてゆっくり過ごしたい。
もはや、我々の時代ではなくなったのだ。今は今のやつらでよろしくやってくれ。
ステージはクルマでひしめいている。
中でも人気なのはSUVだ。こうしてディーラーに赴いてみると、知ってはいても想定以上のSUV人気に唖然とする。
そんな中に、誰一人として見向きもしないクルマがあった。それでも新型車だという。
アコードであった。ホンダ唯一のセダンにしてフラッグシップ。全長で5メートル近くにもなる体躯は旗艦車種にふさわしく、心なしか以前よりも自信が増したように見えた。
はて。このセダン大恐慌の時代に、どうしてこうも澄ましていられるか。私はというと、毎日生え際との陣取り合戦を演じているというのに。
「よう。変わらないね、旦那も」
これぞまさしくアコードという語り口に、私はぐっときてしまった。よくぞここまで生き抜いたと涙ぐむ。
「柄じゃねえなあ。旦那よ」
「相も変わらず、若いじゃないか」
「これでも苦労してますよ。こうでもしねえと売れねえんで」
お前はホンダの山本昌か、とでも言いたかったが、もう山本昌もとうの昔に引退していたっけ。なればアコード、お前は黒柳徹子だ。「徹子の部屋」が放送開始した1976年、アコードは生まれた。
「そりゃ敵わねえや。第一回のゲストは森繁久彌っていうから古いねえ。でもよ、俺も年取ったのか白髭をたくわえる気持ち、分かるようになってきたね」
「そういえば友達に貸してた『いちご白書をもう一度』のレコード、まだ帰ってきてねえなあ」
欽ちゃんに笑い、ばんばひろふみに涙したあの時代。もう戻っては来ないのだろうか。
「アコードよ、今日からお前はレコードだな。それがいい。もう響きが、そういう響きだもの」
「旦那なにいってんの。今や皆Bluetooth。レコードどころか、CDすらも時代遅れですぜ」
なるほど。そういえば昔から新しいものには目が無いアコードだった。
「して、この丸いダイヤルは何か」
「ビーエムにもあるでしょこういうやつ。エアコンだって何だって、こいつをちょいと回せば一元管理できる魔法のアイテム」
「ううむ。便利かどうかは知らないが、ちと安っぽいねえ」
「こちとら高級車じゃないんでね」
分かっているさ。いつもホンダがつくるクルマは若々しく、それゆえ高級感が乏しいとされてきた。これまではそういうものだと思えていたが、今や五百万円を超える価格だから厳しい。
「だいたい一台でセダン需要を賄おうってのが無茶な話なんで」
珍しく弱音を吐いたアコード。今やレジェンドもインスパイアも消え、シビックまでもがセダンをやめてしまった。すべての役割を一手に担うというのはいささか無理がある。
「仲間やライバルに先立たれるのはつらいけど、それだけ自信にもなるんで。自分らしく生き抜いて大往生できるように頑張りますよ」
アコードは売れることを諦めているようであった。私もどうやっても売れないと思う。それでも、大抵のクルマが一代で消えていく中で、四十八年生き抜いたアコードは立派だ。瞳に写る静かな自信は、ホンダの看板であった過去に裏打ちされた確かなものなのである。
「アコードよ、味噌汁も澄まし汁も腹に入れば一緒である。独り身の晩飯ってのは虚しくなる時間があるだろう?」
「そうさねえ。どうせ骨になるなら、今何食ったって一緒だろうと思うことはありますよ」
「どちらが先にくたばるかの勝負をしよう。勝った奴は骨を拾って海にまくのだ」
「そりゃ出来れば勝ちたくねえや。もっとも、俺の場合は鉄骨ですがね」
「それじゃ、それまで体を鍛えておくよ」
ははは、二人して力なく笑った。それから二人で走った。アコードの走りは素晴らしかった。タイプRとは違うホンダの頂点がここにある。今の若い奴らにも見習ってほしいくらい、最高に爽快な乗り味であった。
「やるじゃないか。まだまだアコード、一級品だな」
こういう真面目なヤツを売れるようにするのが、われわれの務めだ。