今日はお休み
今日は教室がない。
旦那はこの雨の中、ゴルフに行ったし。
完全フリー。
週に一度のお休みの日だあ。
朝からお洗濯をして。
今日は部屋干しになってしまうが、まあいい。
いつも9時始まりの教室に向けて、先生をお迎えに行って、
帰ってきたら夜の教室までお昼をいただいたり、呼吸法と瞑想したり。
今は、インド人のお弁当の注文が入っているから、シェフのお手伝いしたり、
配達に行ったり。
整体マッサージと英語もそれぞれのヨガ仲間から教わっていて、それがある日は
1日終わって家につくとソファでごろ~んとのびてしまう。
自分の選んだ好きなことだけど、やっぱり疲れるときもある。
ヴァータだな、とおもう。
呼吸の深さが足りないだけ、とは分かってる。
またヨガの話になってる。
朝はパンと決めている。
最近教えてもらったパン屋さんの、食パンにはまっていて。
卵がはいっていないのに、ふんわりやわらかいパンなのだ。
トーストせずに、マーガリンといちごジャムをたっぷりつけて食べるのだ。
これ、今のマイブーム。
いちごがいいの。
懐かしい味がするよ。
さて、アマゾンで頼んだ本が来るまでは、家はあけられないし。
これから何しよう。
こんなたあいのない悩みもお休みの醍醐味か。
ベジラーメン
今、「花月」というラーメン屋さんで、菜食ラーメンをだしている。
期間限定だから、そろそろなくなりそうだけど。
このラーメンは去年の今頃に初めて登場した。
だしも具も麺も動物性のものは使っていない。
昆布だしベースの塩味がしっかりきいたスープだ。
具は、大根、じゃがいも、人参、プチトマト、菜の花。
トッピングは100円でたっぷりの量の野菜が選べる。
キャベツ、もやし、ほうれん草・・・わかめ、メンマもあるし。
立派なラーメンだ。
特に今年は、研究が重ねられたのであろう、美味しくなった。
スープにニンニクは使ってあるので、私のやっているヨガでは本当は×。
そこで、我がヨガクックのシェフが、さっさと作ってしまった。
ヨガクックラーメン。
しょうがをごま油で炒めて、それをベースにこぶだし、塩、こしょうでお味付け。
本当に美味しいラーメンスープが完成!!
今までの蓄積があるから、どんどん形にできるんだね。スゴイ
昨日、このシェフが、お仕事の話がきたよ!と満面の笑顔で話してくれた。
懇意にしているお洋服屋さんに行ったら、そこの女主人からこんな話が出た。
知り合いで自宅のリビングをギャラリーとして開放し始めた方がいる。
来ていただいたお客様にご飯でもお出ししたいけど、作るのがむずかしくない、
体にやさしいものがいいという話。
そこで、我がシェフを思い出した。
ぜひ、ギャラリーで一度お食事会をして、評判よかったら、ぜひ料理教室を、と。
彼女は笑顔がとってもいい。
歯をニカっと見せて顔全体が八の字にたれる。
けして上品ではないけれど、本当に彼女のあったかさとエネルギーが
あふれ出た笑顔だ。
うそのない笑顔。
一度見たら、みんなとりこだ。
エネルギーがたくさんあるだけに、それなりにクセはある人だけど。
忘れられない。
あの人ならやってくれる。
そう思わせる、力強さがある。
そこで、そういう話が種からぽんとでた芽のように、ふいに出てくるのかな。
種をまくのも上手だから。
人のことを忘れない。
何かその人が必要なときは、臆せず用事を頼む。
頼まれると人はうれしいよね。
あ、これ人によるか?
でも、自分が必要とされてる。
自分が役に立ってるって実感させてもらえるってホントありがたい。
本当はそう思っていないけど、笑っておこう。と頭で出した笑顔は
硬く、つめたい。
それを出した本人も、周りもいためる。
芯からのほんとの笑顔。
自分への信頼。
自分の本質への無邪気なまでの信頼が、きっと、それを溢れ出させる。
してほしい。ということだった。
大変だった~!
アーユルヴェーダセミナーから帰ってきてから、
なにやらよからぬ感情が私を支配していたのだ。
孤独と寂しさが私のネックなんです、と
セミナー中に質問した人がいた。
いつの間にか、その感情に同調していたのか・・・
帰りの車中から、寂しさ、孤独、わたしなんてという劣等感、
それと同じくらいのプライドやらない交ぜになって。
がんじがらめだ。
ヨガ教室の帰りに先生にかみついてしまった。
それから、すぐ家に帰り、先生に謝罪のメールをした。
返事がすぐに返ってきたので、どうやら大丈夫なんだと少しほっとした。
それからが大変だ。
瞑想しても、出るわ出るわ。
涙も鼻水も一緒にわたしの感情がどろどろ出てくる。
こういうとき、何もしない。
これが正解。
その感情をそのままにする・・・というのも違う。
そう、何もしない、のだ。
せっかく感情は自分から出て行こうとしているのに、
それをつかんで押さえ込んでは意味がない。
瞑想をすると、自分がはめている枠がはずれていく。
自分が着込んでいる分厚い何枚もの衣がはがれていく。
裸になるのだ。
よからぬ感情が言葉になると、周りと自分を大変にする。
瞑想をすれば、感情は言葉にならない。
自分も周りも大変にならなくてすむ。
どんなに時間がかかっても、いい。
普段からそれを積み重ねること。
大変なときに、言葉に瞑想にしがみつくんじゃなくて、
普段、どれだけ積み重ねができているかが大事。
みんなが無事で安らかな世界になんて本当になるのかな。
そんな世界が在るのかな。
それは人間がそういう世界をつくると、想うこと。
人間が想うことでそれはできる。
神々はつくってはこわして、それを楽しんでいるだけ。
人間が、自分の言葉は無限の海そのもので、
自分の言葉はそれを出した瞬間に無限の海として働きを
始めるんだと信じることができれば・・・
自分の言葉と無限の海の間に、神の名をおかない。
グルの名をおかない。
他のいかなるものを間にいれないで。
自分がそうと決めること。
人は変われると信じる。
自分が変わると決める。
またひとつぬけた、カナ。
覚悟が深まった、ヨナ。