↑喫茶店「ふくろうの杜」のカレー。なすとピーマンの素揚げしたのが入ってた。
 
 
昨夜(3/4)は「アイ・アム・サム」みながらこたつで寝てしまい、起きたらもう朝でした。

「ふくろうの杜」は長町一丁目のベローチェ側の通りのスーパーの2階にある。店内はふくろうグッズ、そしてまんがだらけであった。

前になにかで検索してたらここのカレーを紹介しているサイトに流れ着き、まんがが読めるとあったので行ってみた。

目的、「カレーとうしとら」。こないださ、実家で「うしおととら」を読んだらどうしても一気に読みたくて、でもわざわざ帰るわけにもいかず、ひたすらもんもんしていたので。

33巻まで読破。私生活ではまったく泣けないが、ここぞとばかりにぼろぼろ泣きべそをかく。ティッシュの手持ちがないので、紙ナプキンを拝借して目元鼻元にあてがう。

今回はいろいろ思いつきながら読んだ。

ヤクザものの徳野さんは「BeRLiN」のプロデューサー役のひと(役者さんの名前が思い出せない)。関守日輪は、上戸彩。妖怪の西の長は、オダギリジョー。おまもりさまは、美山加恋(凛ちゃんね)…。

と、勝手に実写版の場合のキャスティングなど。こないだみた「あずみ」の影響まるわかりですなあ。

しかしまあ、好みって変わらないんだなって、思った。全国のみらっこ(ミラージュ読者)のみなさん、そのなかの千秋ずきのみなさん。そういや「うしとら」にもいるんですよ、千秋風味のひとが。

秋葉流。

たれ目が四国編の長秀を連想させます。主人公に投げかける言葉のいちいちが、下腹に響きます。なまじ強いがゆえの哀しい裏切りとかさ。つぼです、つぼ。

やはりわたくし、あの立ち位置にめっぽう弱いらしい。「主人公とその相棒、右ななめ後ろ45度(おまえらなんてどうでもいいんだよ、と言いつつ困ったときにはすぐ手を差しのべてしまう距離)」。
 
 
  ・そのひのことのは-013・


  「それならかっぱからもらったくすりをつけた」


   うしおととら27巻 藤田和日郎著(小学館刊)


おまもりさま=座敷わらしの台詞。かっぱの薬は万能なのです。

遠くに行って帰ってきたような気分になりたいなら、「うしおととら」を一気読みしましょう。
 
しかし今回はものすごくかたよった趣味に走ってんな、いつもか?
↑針刺し子、1号・2号。ブックカバーは「さくら工房」の出展者の方に縫っていただいた、お気に入りの品。
 
 
月になんべんか、ネットってなんなんだろうと思うことがある。

考えすぎて穴に落っこちて、どろどろぐずぐずしてしまったりさ。最近はあんまりそういうこともなくなったけども。

ほんとうだったら会えないひとや、行けない場所ともつながれる。家から一歩も出なくても物を買える。実際声を発しなくても、キーを叩けば意思を伝えることだってできる。

堀江社長はこうなるのを10年まえから予想していたんだって。ようやく時代が自分に追いついた、と言う。

10年。

わたしゃ中学3年生。当時、小川洋子さんの本をよく読んでいたんだけど、友だちに読んでみてーとすすめたら、「中年のおばちゃんが読むような本だね」といわれて複雑な気持ちになったのを思い出す。

卒業してから1,2度会ったときに、その子が「はたち過ぎればただの人って、最近よく思うんだよねー」と話してたっけなあ。いまもまだそう思ってるのかな、あの子は。

ネットは開かれた大海原なので、舟(PC)を出せば誰だってこのそのひ帳を読むことができる。パソコン持ってなくたって、アメーバブログは携帯版でもURLがおんなじ。見えない電波の先につながる。

もう会うことはなかろう相手にすら、それは同様だ。

毎日届くエロ宣伝メールにまぎれて、時おり実際は会ったことのないひとからメールが届く。すると温泉につかったときのように、わたしはパソコンの前でじわじわ温まる。

海を渡って届いたくせに温かいなんて、不意打ちだろうと思う。

わたしの島から流れてった言葉が、だれかのもとにどんな形でたどり着いていたのか知らされるのは、ほんとうにうれしい。どうもありがとう。

ソレルナ・マスター任命もありがたき幸せっす。
(カメさん復帰おめでとう!ロンダさん、ありがとう!)
 
 
 ・そのひのことのは-012・
 
 
  お願いがあるんです
  わたしの耳のために、あなたの指を貸してもらえませんか

 
  「余白の愛」より /小川洋子著(福武文庫)
 
 
小川さんの小説でいちばんすきだ。毎年冬になるとかならず読む本。

難聴を患う主人公と速記者がすごす、濃密な時間。ひっそりと静かな空間で語られる言葉と、指が紡ぎだす記憶たち。

わたしのフェチ心(手・骨・声・脇役)を、絶妙にくすぐる物語。写真のブックカバーをつけて、最近地下鉄で移動するとき読み返してた。

もう10年たっても、きっと読んでるんだろうな。
 
 
そういえば、土佐くろしお鉄道の事故にびっくりした。
特急一本乗り遅れて、宿毛駅のちかくのモスで時間つぶしたことあったっけ。
↑あさりラーメン。塩とナンプラー、ごま油で。たべる寸前に黒こしょう。
 
 
篠田節子さんの「弥勒」を読んだ(こないだブックオフで買ったうちの1冊)。とっても分厚い文庫本で、その上登場人物の会話の描写がとても少ない。

美術展や工芸展なんかの企画を仕事にしてる新聞社社員が主人公。このひと、とっても気の毒なことに、ヒマヤラの小国でとんでもない騒動に巻き込まれる。

”あのときこうしてたら…”、日常のなかで何度も繰り返される感情だけど、このひとの場合、一瞬の判断の重さがその後ずっしりとのしかかる。

読んでいてたのしく、うきうきする話ではけしてない。たくさん血が流れる。人も物も、なんでもかんでも簡単に、谷底に投げられてしまう。

そんでもわたしは久しぶりに読み終えたあと、ふしゅーっと息をもらさずにはいられなかった。仙骨が、ぞわぞわした。

篠田さんてあんなにおっとりした雰囲気のひとなのに、頭のなかどうなってるんだろう。作家って、すんごいね。
 
 
今日、朝市では青菜類が安かった。袋をがさがさいわせながら、図書館で5冊本を選ぶ。ひとつ棚を移動するたびにやかましくしてすんません。

あさりラーメンは、有元葉子さんのレシピ。うまいラーメン屋に行きたいと思ってたけど、その必要まったくもってなし。しばし、はまりそう。
 
 
 ・そのひのことのは-011・
 
 
  「ゆーかー、じゅーちゅ(ジュース)遅いですねぇ」


  ドラマ「溺れる人」主人公の旦那役、西島秀俊の台詞
 
 
わたしはこの役者さん、すきなんです。なっちと組んでたドラマでさ、子犬に向かって「雨、やまないね」って言ってたの、いまだに耳に残ってる。

それにしても、お酒って魔物。見た目は色ついた水みたいなのに、限度を越えてしまったとき、ひとを、ひととのつながりをあっという間にぶっ壊してしまう。

↑買ってしまいました、つい。このお茶缶がほしいがゆえに。
 
 
たとえば出先でどうしても喉が渇いて我慢できなくなったとき。
ペットボトルの茶を手にとったわたしは、けっこうな罪悪感をおぼえるのだった。

もったいない、もったいない…。
自分で入れればいったいいくらなんだろう…。

そんなことばっか考えながら、しぶしぶレジに向かう。

今日の昼間、コンビニに行ったらば、新刊(二十世紀少年・ベルセルク・Dr.コトー診療所・医龍)がわんさか出ていたので、時間の許すかぎり読みまくる。コーラスの「プライド」は休み。ジャンプ、Lはほんとに…?

店内をひとまわりしてから帰ろうとしたら、飲料コーナーの前で釘付けに。

「伊右衛門」についてるおまけがあまりにもめんこかったから。しかも青いのと緑のと、どっちも両方ほしかった。罪悪感よりも、是が非でも手に入れたい衝動にかられ、さっさとレジへゆく。
 
家に帰って袋からとりだして、てのひらにのっけてころころしてみた。いまはこしらえた針刺しのそばに置いてる。みてるだけで嬉しいのね。

やはり2本買って正解。わたしゃなんの後悔もしていない。

ちくちく縫ってるこの針刺しも、てのひらにのせると具合がいい。わたしの手に、すっぽりおさまる形と大きさ。

わたしは絵を描けない。描こうとしても、指先にはなんのイメージも伝わらない。だから楽しそうに絵を描いてるひとがうらやましかった。子供んときからずーっとだ。

写真を撮るようになって、すきな色や空気を切りとれた気がしたけど、しばらくその”切り取り作業”すらしていない。ただ、記録のため撮影だけだ。

なにもないところから、なにかを生み出す作業じたいがひさびさだから、よけいに夢中になってるんだろうと思う。飽きるまで、ちくちくしてみよう。

 
  ・そのひのことのは-010・


   君は何もかも、すぐに単純にしてしまうくせがあるね


   「アルケミスト」より/パウロ・コエーリョ著(角川文庫)


一家に1冊あってもよい本。わたしは四万十さっちゃんにすすめられて読んだ。

だいすきな、忘れられない一文がほかにあるのだけど、上の一節はまるで自分のことを言われてるような気がする。


もりうみけいじばん
↑おとといのツナ豆腐、「ひな野」のおからコロッケ、鐘崎(笹かま屋)のたこ揚げ。こうしてひとつの器にのっけてたべるの、すきだー

 
またもやお客さんのキャンセルが出たので、もくもくと針仕事にいそしむ。
ころころした針刺し子ちゃん、もうすぐみっつめができあがる。

大ざっぱなわたしが作るもんだから、仕上がりもやはりそれなりなんだけど。ためしにきちんとやってみたらどうなるのかやってみたら、美しく出来上がり感心する。

さっきランディさんのブログみたら細木数子さんのことのっててさ。わたしは診断したことなかったんでやってみたよ。
こちら(無料)→http://6sei.opal.ne.jp/hosoki/

火星人(+)だった。

「プライド高く」ないし、「人見知り」もしないけれども、本屋とか骨董商、喫茶店経営に向いてるとあってひとりでほくそ笑む。はやくもりのいえで茶をしばきたいもんだ。

 
 ・そのひのことのは-009・
 
 
  人生ははかない

  もし星が流れて、夜が昼のように明るくなったら
  願い事をして ぼくを思い出せ

 
  映画「ジャック」より
 
 
片づけしてたらビデオが出てきたので、ちくちくしながら久々にみた。
細胞がひとの4倍早く成長する男の子の話。ロビン・ウィリアムズ、お見事。目がすごいの、ほんとに子供みたいで。

たしか前もこの台詞をノートのそのひ帳に書いたっけなあ。

四万十川ユースの星見台で、歌でもうたいながら流れ星をみたい。
今夜、ほんとうに強くそう想ってる。
 
 
もりうみけいじばん
↑中学の修学旅行で買ったはさみ。横浜の無印良品で。当時地元に無印はなかった。

 
ひさしぶりに天気がよくて、こたつで茶を飲みながら雲を見物する。
こないだようやくこの窓から雨をみたけど、雲をちゃんとみるのもひさしぶり。

したらば窓があまりにもこきたなく、いてもたってもいられなくなり朝ごはんもほっぽらかして、窓みがきをはじめてしまった。

小3のとき、おとんの単身赴任先の寮にあった「大東京ビンボー生活マニュアル」を読んで知って以来、窓そうじには新聞を使う。水で濡らして、インクの油分で磨くんだ。

しかし現在新聞とってないし、古新聞も引っ越しの際に処分済み。さあ、どうすんべと考えた末に、地下鉄でもらってきた無料の求人情報誌を使うことに。

外側をすべてぴかぴかにしたあたりで飽きたため、いそいそとめしを食う。「ひな野」のおからコロッケがすばらしくうまかったので、ほっぺが落ちそうになる。まんまるころころとして、見目も愛らしい。
 
針刺し第2弾を縫うべく、色味あわせのため並べてみた。裁ちばさみはないので、ふだんづかいのでざくざくと切る。このはさみとの付きあいも10年目だ。

夕方、葉子に教えてもらった手芸屋で綿を買ってきたので、もうすぐリベンジ完結となる。近頃、よく中学・高校のころのことを思い出すのはなんでかな。

帰り道にはブックオフに”呼ばれた”気がして立ち寄ったら、もう大漁大漁。モンベルのザックがぱんぱんになるほど連れ帰る。

あそこはわたしの古本屋さすらい人生においても、上位にくいこむ優良店といえよう。ふらっと寄るたびに「ありがとう!ありがとう!」と大さわぎしたくなるのを、そのつどじっとこらえる。

 
 ・そのひのことのは-008・


  「うらい」


  今日のメレンゲで、石ちゃんが言ってた造語


江戸川区のラーメン屋さんの黒胡麻タンメンを食べた感想。うまいと辛いがまざった味だったんだってさ。

石ちゃん、すごいひとだと思う。
何食べても、何しゃべっても、何しててもおもしろい。
 
 
もりうみけいじばん
↑アーケードのなかの小鳥屋の、生まれたてのインコたち。
 じーっと見てた。あきるということが、なかった。
 
 
気になることがあるのなら、そのまんまにしてはいけない。

「たぶん、~だろう」「そうだ、そうに違いない」
ひとりで勝手に盛り上がってしまうと、きっとおばかを見てしまうから。

今夜、もりうみマンションには、とあるひとが泊まりにくることになっていたので、着替えもしないでばたばたごはんをつくり、21時ころかかってくるはずの「駅まで迎えにきて電話」を待った。

金曜ロードショーの「ターミネーター3」をみてるあいだ、何通か本人からメールがきた。ちょっとした確認事の内容だった。携帯メールを打つのがめっぽう遅いわたしはそのつど電話をかけた。留守電だったので、ちまちま返事を打った。

わたしたちの約束は、一体どこですれ違っていたんだろう?

結局そのひとの声を聞くことなく、メールだけのやりとりで今夜の訪問は白紙になった(らしい)ことを知った。ターミネーターもとっくに終わってしまった。

ひっかかる感はあったんだ、はじめから。

でもだいじょうぶだと思った。気づいていたのに、無視した。「ちゃんと伝わってるはずだろう」と、たかをくくってた。

いつも忘れる。確かめることがどれだけ大切なのか。痛い目あってもさっぱり治らんのね、まったくよぅ。

でも今日はひとつ、気になってたことちゃんと確かめられたから、通算成績1勝1敗だ。
 

本日のもりみめし(まだ、お箸つけてない…おなかぺっこぺこ)

・ツナ豆腐(エリンギとインゲン入り/あんかけ風)
・大根おろし、たこ揚げのっけ
・あさりラーメンorごはんorうどんorスパゲティ(選択制の予定だった)

 
今日のしゃしんについて。

インコがよ、かしかしとそのあんよで首の後ろを掻いてたんだよ、まるでにゃんこのように。まだ羽毛が生えそろわず、ばさばさ羽ばたくとさ、ストレッチしてる人間の肩甲骨を思い起こさせる。骨フェチのわたしは釘付けに。

すみっこから動かない2羽の水色インコは、身体をねじ曲げ、ガラスに顔を押し付けてまで、それはそれはなかよくなかよく、ひっついてた。

いっしょにいたいなら。

それが幸せで、そうするほうがふたりとも自然ならさ、あんな風にひたすらくっついているべしだなあと思った。

嗚呼、これぞインコに学ぶ恋愛観。
 
 
 ・そのひのことのは-007・
 
 
  「おなまえは?」
  「あんず」
 
  散歩中のじいさまに、お供のわんこの名前をたずねたら。

雪がちらついていたので、あんずちゃんはレインコートを着ていたよ。
 
 
もりうみけいじばん
めずらしくいちんち、ふたつ更新。

このそのひ帳はもともと、遠くの知人に近況を知らせたくてはじめた。

でも人づてに意外なひとが読んでくれてるのを聞いたりすると、あらまあって思うし、ブログの特性のおかげでいろんなつながりができるのもうれしい。

そうだ。そのひ帳は、発信するための道具であり、あたらしくひとと交わるための手段でもある。

基本的にわたし自身を個人的に知ってるひとに向けて書いてはいるけど、わたしをまったく知らない方も目を通されているわけで。
そのひとたちからすればちんぷんかんぷんな記述もあるはずだ。せっかく読んでくれても「?」だらけかもしれない。

でもわたしはこの書き方を変えられそうにもない。
そのひ帳はたまにしか会えない友人への手紙の役割をも果たしてるから。電気の道をくぐりぬけ、ネットの海のそのひ帳という名の島から届けられる手紙だ。

 
アメーバブログでも、前に使ってたレンタル日記でもちょっとした騒ぎが起きてるらしく、ネットっていう大海原で、匿名性の波にもまれて大変そうなひとをみかけた。

気に入らなければただ単にパソコンの電源を入れなきゃいいこの空間で、自分の顔すら出すことなしに、どっかのだれかを痛めつけて。文字で攻撃して。

だんだん渦に巻き込まれる人数が増えるにつれ、収集がつかなくなってゆく。

嘘か本当か。その人物がどんなひとか。

「ネットのすべてがほんとなわけじゃないから、まるごと鵜呑みになんかするなよ」以前友人に言われたのを思い出す。

たくさんのまやかしのなかから、自分にとって「ほんとう」だと思ったものを信じさえすれば、それでいい。

選んだのは自分なんだから、誰になに言われようとも凛としてりゃよい。迷わず、揺るがずに。


そのひ帳はわたしが書いてますっていうしるしにと、とりこが撮ってくれた横顔写真をのっけてみてから、なんだかえらくすっきりした。

遠くのひとたちにも、わたしのことを知らない人にも、できるだけきちんと、そのまんまの形で、限りなく温度差をも感じない状態で、自分のことを今よりもっと伝えられる気がして。

「Heven's hell」のなかで、あっちゃん(Cocco)は言ったよ。

  自分の足元にあるごみを、拾ってから文句言いましょう

わたしも、自分にできることからはじめるよ。
 
 
もりうみけいじばん
↑13年前のリベンジ、(はんぶん)達成する。にゃんこは「かの人や月」のポセイドン。
 
 
うちの中学校はその昔「第2部活」というものがあった。

文化祭の直前になると、運動部の人間は強制的に期間限定の文化部員にならねばならないという、たいそうはた迷惑なしきたりである。(3年になった年に廃止)

まだ腰痛も患っていない、ぴちぴちきしゃきしゃとやかましい12歳だったわたしは、パッチワーク部に入り、針刺しと巾着をちくちく縫っていた。

針刺しは菱形のパターンを縫い合わせる簡単なものだったけれど、自分でもうれしくなるほどの仕上がりで、文化祭での展示が終わったらば、さっそく今使ってる針刺しから、まち針とかをさ、ぶすぶす移し替えようと思っていたわけよ。

が、しかし。

文化祭当日は生徒も一般のひとたちも入り乱れ、いろんなひとが出入りしていた。そして展示が終わる頃、わたしの針刺しは机の上から忽然と姿をくらましていたのだった。他にも数人の針刺しが行方不明になっていた。

もーれつに、腹が立った。なんだよと思った。
どこのだれだよ、返しとけよ。いまならまだ許してやるぞ。

取り戻そうにも容疑者の目星すらつけようがなく、また新たに作ってみようという気も起きず、あっさりと元の部活(バスケ)と給食のために学校へ通う日々に戻った。

でもあの時失われた針刺しのことを、この13年間忘れたことはない。なぜならわたしはしつこいので。

そうして年月は流れ、25になったそのしつこい娘がまた再び針をもち、菱形の布をちくちく縫いはじめた。

あっというまにできあがったのに中につめる綿を買い忘れたため、リベンジはまだ完全ではない。そんでも、胸はすっとした。

わたしは一旦気に入ったら、どっかに失くすか壊れるかするまで道具を使う。愛用どころか、酷使してずたぼろにするのが愛着とでもいうように、ものと付き合う。

これからよろしくな。長らく仲良くいたしましょうぞ、針刺し子ちゃん。
 
 
 ・そのひのことのは-006・
 
 
  「病み上がりには、ウメじゃウメ」
  「ウメをバカにする奴は、ウメに泣く」
 
 
 「かの人や月」2巻より いくえみ綾・著(集英社刊)
 
 
昨夜そのひ帳3回書き直したあと読んだら、疲れがほどけたわー。
現在楽しみにしてるまんが5本の指に入れたい作品。

これはじじばばちゃんのやりとりですが、個人的には長男・顕がすきです。ええ、わたくしファザコンですので、眼鏡に弱いんです。
 
 
もりうみけいじばん
↑まんまるお月さんがぽっかり浮かぶ夜に、つやつや光るチェリーパイを買う。
 
 
またやった…、最後まで打ったのにちょっとした手違いで全部パーに。
 
 
透子がうちにやってきて以来、突然降って沸いた裁縫熱は、ついにわたしをアーケードのなかにある手芸屋・生地屋にまで誘うにいたった。

数十分かけて糸だの布だのをさんざん吟味する。

さあ、おうちに帰るべかーと思った矢先、薬局でぎざぎざポテトの安売りをしてるのに遭遇する。こないだとりこが買ってきてくれて、うまかったやつだ。

いそいそと店内に入って行ったら、背後にひとの気配がした。振り向いたらば、なんとそこにとりこ本人がいた。あら、びっくり。

わたしが高知にいたころに、共に遊びに来てくれたてるちゃんといっしょで、ふたりしてタワーの黄色い袋片手に、これからごはん食べにいくという。

こういうおどろきは、細胞が元気になるな。寿命延びそうな気がする。

久しぶりに街に出て、デパ地下をうろついたら、これまた喜ばしいめぐり合わせがあった。

よくCoccoがさ、インタビューとかでファンにもらったチェリーパイのこと話してたんだ。いつか食ってみたいーと思いつつ、機会がなかったんだけど。

出会いました、ジョアンで売ってた! しかもすんげーうまそうなのだった。独りでぺろりとたいらげるのが申し訳ないくらい、おいしそうな雰囲気かもし出してた。

わが母・ふくは、たべものに関してだけは公平公正を極めてわたしたち三姉妹を育て上げた。三つ子の魂百まで、うまいもんはわけあいましょう。

パイの入った深緑色の手提げ袋を持ったまま、電話をかけた。ご近所さん、蜜ちゃんと、葉子に。

作戦名は「デパ地下グルメ、出前のススメ」。

月夜に自転車走らせて、まんまるチェリーパイと高菜入りもちもちパン、鐘崎のたこ揚げを配達する。

うきうきした。うまそうなものをさ、気が向いたらふらっといっしょにいただけるって、なんて贅沢なんだろう。おいしい記憶を共有できるのって、なんて喜ばしいことなんだろう。

「仙台の最高気温、8度」なんて天気誤報もいいとこだったけれど、蜜ちゃんが入れてくれたブルーベリーのお茶が温かくておいしかったので、よしとしよう。

葉子が「かの人や月」の2巻を貸してくれたので、ふとんで読んで満足して今日は眠ろう。
 
 
 ・そのひのことのは-005・
 

   「鬼ばばぁじゃなく、仏ばばぁになりなさい」
 

  美輪明宏さんが、人生相談の番組で言ってた

 
美輪さんの言葉って、薬膳料理みたいだ。
身体の内側から滋味がじわじわにじんでくるようで。
 
 
もりうみけいじばん