↑やけに緑々しい今夜のごはん。全部に緑色のものが入ってる。


わたしはよく吐く子供だった。

自家中毒と診断されること2回。幼稚園の先生が変わればげろん、車に乗ればげろげろろん。あの当時の繊細さは、一体どこに消えてなくなってしまったんだろう。

いまはもう乗り物酔いはなくなったけど、いまだに車に乗るとまっさきに寝てしまうくせは抜けない。寝てしまえばこっちのもんだったから。くわえて助手席に乗るのも落ち着かない。いずい。

そこは昔から、母・ふくの席だったからだと思う。
(うちは3姉妹なので、ワゴン車のまんなかの列は子どもで埋まる)

今日いちばんわらったのは、細木さんの相性占い(右下のほうにあります)でうちの両親を占ったらば、相性度が100%だったこと。

”ちょうど大人と子供が一緒になったような相性関係になります”とあった。

基本的にうちのおとんとふくは、仲がよい。
時折もめるときは、たいていふくちゃんがどうでもよいような言いがかりをつけて勝手にへそを曲げ、おとんに冷たく当たるか無視に徹する。

おとんはというと「はい、またはじまったー」という手馴れた余裕でほったらかし、しばらくすると、ふくがこだわりを忘れ去る瞬間が訪れるわけさ。そんでなにごともなかったかのような日常に戻る。

その模様を4半世紀みてきたが、最近はおとんも自分の感情を押さえ込まずにいることもふえてきた。娘からするとそれはとてもいい傾向だと感じるんだ。

わたしがこわいのは、がまんと誤解と、ばれる嘘。

その場で言わないであとから思い出したかのように、そういえばさー、って切り出されるのも苦しさが二乗で増すので避けたい。ひとを間に入れるのも、誤解をまねくことが多いのでよろしくない。

10年間守り通したいと願ってきたのは、自分も含めて、いつだれがいなくなっても悔いはないようにってこと。伝えたいならその場で伝えなくてはいかん。

ばっさり切りつけられたような痛手をこうむってでも、わたしは生の声に聞き耳を立てていたい。だからその場しのぎの嘘は、よけいにわたしをぐらぐら揺らす。

うれしくても、かなしくてもすべて自分の声にのせて、そのひとの手のひらに届ける。人まかせになんてしてられんのだ。大事にしたいひとなら、なおさら手抜かりはなしよ。

会いたいといったら会いたいし、触りたいから触るのだ。

どうかわたしの言動に裏表を期待しないで。
手のひらでお皿をつくって、ただ待っててほしい。

 
・ほんじつのもりみめし・

小いもと玉ねぎの煮物/あげに塩味の汁がしみこんで、じゅわっとうまい
雪菜とたまごそぼろの温さらだ/生協の野菜たっぷりドレッシングで
さわらの西京漬/おつとめ品を冷凍してたやつを、レンジでちん
れんこんスープ/すったれんこんに、ダシ汁・塩・ほんのすこし醤油で

れんこんスープはクゥネルにのってたやつ。だれかにごちそうするのははじめて。

おなべでかきまぜながら温めるだけなのに、身体の芯にまで届くような滋味。わかめをのっけてみた。とりこにも好評。うひひ。


もりうみけいじばん
↑ちいさいおいもをレンジでちん。塩とオリーブオイルでいただいた。
おお、「渡鬼」のしんちゃんが東大合格だって。おめでとう。
 
 
何年ぶりかでえんぴつを削った。

わたしはとても忘れやすくて、思いついたことを書きとめるためにわら半紙ノートを使ってる。ペンだと裏ににじんでしまうから、えんぴつで書いてみようかなと思ってさ。

字を書いてると、ぷぅ-んとにおいがするのだ。この匂いをかぐのも久しぶりだわー、小学校ぶりだもんな。

えんぴつには「農地を守り有効利用する運動・米山町農業委員会」とある。作文か何かの副賞らしい。
ポスターではないことは確かだ、わたしに絵心は全くございません。どんなこと書いたんだっけな、すっかり忘れてしまった。

小4のときに書いた読書感想文の本は覚えてるよ。
「ボーイフレンドはエッチなゆうれい」っていう児童書だった。タイトルのインパクトはすごいけど、ちかちゃんて女の子が,自分の父親の少年時代と友だちになる、って物語。

最近「下ネタなんて言わなそう」と言われたよ、別々なひとから。

わたしのなかではさ、ごはんの話もまんがの話も、エロ話もみーんなおんなじ釜のめしを食ってるようなもんなので、ひとに与えてる印象ってのはおもしろい。

河口湖図書館にいまもあると思うんだけど、藤田紘一郎著『ウッふん』(講談社)って本はわたしがリクエストした。すばらしいでしょ、このタイトル。”ウンコとセックスのふか~い仲”ってコピーも泣かせるでしょう。

著者の藤田先生は、不特定多数のひとが使うトイレの便器に喜びいさんで座るんだって。自分の身体にはいない菌をもらい受けることで、免疫力が向上するらしいよ。

除菌だ抗菌だと、日常生活において競い合うようにありがたい菌類のみなさんを抹殺した結果、アレルギーやアトピーがふえゆく現代日本。

うんこには食べかすと生きた細菌が、なかよく半分ずつふくまれてるそうな。みんないまいちど、見直してみよう。うんこは生きてるんだよ。わたしたちは生きものを身体のなかに棲まわせてるんだ。

わたしにとってはやっぱさ、めしもうんこも、にいちゃんとなかよくすんのも、おんなじこった。たったひとつしかない自分の身体で、なにかを生み出すための行為なんだ。

 
・そのひのことのは-020・


 「素材がよければ、誰が作ってもうまいんですよ」
 
 
北海道でトマトジュースをつくってる、辻さんて方の弁。
フルーツトマトでつくってるそのジュースは、どろっと濃くてとてもうまそうだった。

おなじごはんたべても、うんこの色はそれぞれちがう。どうせならいいうんこをこの世に送り出したいもんだ。
 
 
もりうみけいじばん
↑賞味期限が半月以上たった牛乳で作った黒糖紅茶。胃袋はふだんから鍛えておくべし。(写真かえました)


落ちるときは、底なしにどこまでも落ちるもんで。

ここ数日ばかりいろんなことがうまくいかなくて、おぉそろそろ上向きか?って思うとまた引きずり込まれてばかりいた。さてどうすんべーと、もはやすっかりやさぐれていた。

冷蔵庫おとうふと野菜ときのこがなくなっても、買出しにもいかず、納豆とみそしると塩むすびばかりが食卓に並ぶ。

まだ朝日ものぼらぬ暗闇のなか、人手が足りないときにお手伝いさせてもらってる夜勤のバイトから帰ると、とあるメールが届いていた。

さらっと読めて、みじかくて、そしておそろしくおばかな内容だった。

わらったさ。わたしがこんなぐずらもずらしてるときに、こんなの送りやがってよ。お鼻でわらっちゃうよ。いつまでたっても、どあほうめ。

電源切って、こたつで寝る。まどろみのなかで、透子が通勤中にくれたメールを読んだ。うひひとわらって、また寝て起きる。

今日の画像をアップしたころ、携帯電話が鳴る。夜勤のバイトで知り合った友人・環ちゃんから。

自分の伝えるべきことを表現する術を持っていて、これまでも、そしていまも実際動き続けてるひとだ。一緒にいるとさ、学びや気づきがうんと多い。

あれだけのたくさんスタッフがいるなかで唯一、いくらでも尽きることのない言葉を交わせる、ありがたーい御神木のようなひとでもある。

もともとふたりとも地の底にちかい場所でうだうだしている状態で始まった通話は、時間をおうごとにヒートアップ、フィナーレを迎える頃にはふたりともやけに晴れがましい気持ちになっていた。

これから、穴に落っこちて気力がしぼんでるときには、互いに助け合おうと約束する。

「シーソーみたいにね、助け合おうね」
「ふたりとも、いつでもちょうどよいあたりをゆらゆらできるようにね」


電話を切るとメールがたくさん来ていた。草津から華子、京都からかなが。(それとツタヤと妹から)

みんなよってたかってさ、わたしをひっぱってくれてありがとうだ。本人は差し伸べる気などまったくないその手が、穴に落ちてたわたしにはすさまじきご利益をもたらしたんだよ。

「壬生義士伝」返しに図書館に行ったら、予約した本一気に4冊も届いてたし。近所のコロッケ屋では野菜コロッケ安かったし。

いい風は、いい気運を運ぶのだろう。

腐ってるかと思った牛乳で、紅茶を煮出した。去年京都のスタバで買ったマグで飲んだ。みんな、いまここにいればいいのに。そしたらお礼を言えるのにと思った。

お茶っこのんでさ、なんでもすきなもんこしらえて、マッサージもするのに。実際は遠くにいるあのひとたちには、こうして言葉しか届けられないけど、想念だけでもとんでけばいい。どこへなりとも。 

 
・そのひのことのは-019・


 「キムチ、チャンジャ、明太子」
 
 
バイトでいっしょの某にいちゃんの弁。
 

めしの際、これさえあれば!ってのを、みっつあげろと言ったらば。
わたしは「ごま、めんつゆ、納豆」だわ。


・おしらせ・
そのひ帳でもけいじばんでもおなじみ、べっぴん京女のかながブログ、硝子細工のありふれた奇跡をはじめました。
ただでさえ細っこいのに(でも美乳)その身を削るかのように綴ってます。いろんな意味でがんばりやさんなのよ。

でも断言しよう。
「薀蓄」なんて漢字、たいていのひとは読めないって。

 
もりうみけいじばん

↑おととい打ちました。のり天うどんにして、たいらげた。


ひとがひとを小馬鹿にしてさげすんでる顔は、ぐんにゃりと歪む。

ちょっとした会話がきっかけで、その場にはいないひとをよってたかって攻撃する場が生まれた。ひとりずつ話してる間は好ましい人たちだっただけに、束になるとなんであんなことになるんだろうと不思議に思えた。

きらいだ、気持ちわるいっていうなら、見なきゃいいのだ。

わたしは苦手なひととは視線を合わせられない。近くにいるだけで身体が固くなるので、できる限り逃げる。先手必勝、逃げるが勝ちだ。
意思を伝えるための自分の声だってそのひとの話題で使いたくないよ、もったいない。


以上、ひさしぶりに居合わせた「うわ、ちょっといやーな味がするわー、って空気」を吸いこみすぎた感想。

おかげで米を研ぐ気力もなく、かといって乾麺も品薄。じゃあ、うどんでも打ちますかーってことで、できたのが写真のうどん。ちょっと太めだった。

魚柄仁之助さんの本に載ってた、このかんたんうどんはものの20分くらいで食べられるのだ。

粉を、塩水でぐにぐにこねて、打ち粉して、切って、ゆでる、これだけ。寝かせなくてもよいのだよ、なんせかんたんうどんですから。

今度ダイソーで麺棒と、平らな包丁を買ってこようと思う。そんでお客さんにごちそうするんだ。みなさん、おたのしみにねん。

今回の穴落ちの間、ほとんど携帯の電源を切っていたんだけど。静かでとても心安らいだ。これから家にいるあいだは切っておこうかと思ってる。

このブログの写真は携帯での画像を添付して送信してるので、解約するわけにはいかないけど。

お気に入りの手袋をなくしても、数ヶ月ぶりに会った友人とげらげら笑って話せるし、だれかに優しくできなくたって、わたしはまたこうしてそのひ帳を書き始める。

山あり谷あり、晴れのち曇り。

穴があいたら修繕して何年も使ってる傘がいとしいように、雨に降られて、風邪に屈しても、この日常記録を淡々とつづけてゆこう。

心身のむだなぜい肉すっきりさせるべく、栄養たっぷり浴びて、日々を泳ぐのだ。

 
もりうみけいじばん
↑ひなまつりの記念らしい

北の町に向けて、車はぶんぶん移動中

今朝寝起きに鏡みたらば右のまぶたが腫れていて、そういや昔はよく蚊に刺されてまぶたがおいわさんになってたなあ、と思った

したらば押し入れで昔の写真を見つけた

うちのおとんが写真ずきだから、我が家にはたんまりスナップがあるのだ

中高生のわたしは写真ぎらいだったから、当時の写真はほとんどない

最近、惜しいことしたなあって考えたりもする

切りとっていたなら、ながめてうししとわらっていられることも、ほんのちょっとふえてたかもしれん

携帯より。

もりうみけいじばん
↑おとといの湯豆腐。豆腐、小松菜、わかめ、エリンギ入り。めんつゆかポン酢にすりごまをどっさりのたれで。


小学生のころ、好みのタイプはと問われた際、わたしはこう答えていた。

「松平健と三浦洋一」

当時ほんとにすきだったのねん。死んだじいちゃんと「暴れん坊将軍」いっそみてたし、「はぐれ刑事旅情編」(水曜9時)は毎週ビデオに録画してました。
小学生のうちは9時になったら寝ろと言われてたから、わたしは東京ラブストーリーも見せてもらえなかった。

おんなじ理由で「七人の女弁護士」ってドラマも週予約にしてた。あれは木曜10時だったわねえ。賀来千賀子主演のやつね。

昨日はサンバの日だとかで、東京ドームでたくさんのひとがマツケンサンバを踊ってたみたいだ。あの、ちっこいやろっこちゃんもひとり舞台、やってたね。

マツケン、ばんざい。HPもかっこうよかったよ。思わずじーっとみいってしまった。

あれだけのひとを楽しげにうれしげにするなんて、すげーさ。みんなきらびやかな衣装身にまとってさ、とんで跳ねて、ふさふさ手にふりふりしてた。アンコールにつぐアンコールで、計4回舞ったらしいよ。

あそこにいたらちょっとした身体の不調は治るんじゃないかと思うんだが。ぶわーって、肌に刺さりそうな気がする、あそこにいた2万人分の元気玉。

遠くにおるちょっと体調くずしてるわたしの友だちにも、あの生気が届けばいい。

マツケンサンバの世界進出、おおいに頑張っていただきたい。
みんな踊ろう、みんなで口ずさむべし。



・そのひのことのは-018・


 「あひるの空」は相変わらず愛読しています。
 
 
今日届いた手紙のなかの一文。
(とってもおいしい手づくりチョコが添えてあった。Tさん、ありがとう)

 
去年まだ山梨にいた頃、週刊マガジンで始まったバスケまんが「あひるの空」。この作者の日向武史さんて、何年かまえに短い連載やってた。でも単行本、いまだかつてみっけたことないんだよね。雪ってにいちゃんが出てくるバンドの話だが。
 
 
さいごに、友人・環ちゃんのお友だち、みわさんが携帯でブログ、よちよち日記をはじめました。愛娘・流歌ちゃんの愛くるしさにめろめろでござる。

左にリンク貼っつけたけど、携帯でそのひ帳みてるひとはみられないなあと思って、本文内でもご紹介。

追記・そのみわさんが、けいじばんにコメントくれました。ご感想はこちらへ。
↑蜜ちゃんちでもりみめし。白だしを使ったスパ。横にのってるのは「門膳」の”びっくりがんも”。うまいのよ。


献血の帰り道、さくら野(もとビブレ)のデパ地下へゆく。

写真のびっくりがんもはだいすきだけども、最近いつ行ってもない。いつでもない。5連敗ほど。きっと今日もないと思っていったら、ありました! おひさしぶり。

さつまいものモンブランも100円引きのを2種類。さあ帰んべかーっと地下鉄乗り場へ向かう途中、なにやら色とりどりの試飲カップが乗ったお盆を手にした、おにいさんとおねえさんがおった。

売り子の習性か、かんじのよいひとがいかがですかーっとやってると、つい立ち止まってしまうのね。少なくともわたしは売り子やってる間、買ってもらえないことよりも、無視されるのがこたえるので。

そこは酢の専門店だった。酢だよ。酢。

とりこの母、かよこママのすすめで黒酢を飲むようになって久しいが、近頃はもっぱら10倍に薄めて窓みがきに使うことのが多かった。ちなみに薄めた黒酢は、メープルシロップの匂いがする。

さすが専門店の黒酢はダルマ薬局で買った黒酢とは大ちがい。角が立たない味っていうのか、突き刺さるようなかんじが少ない。ひんやり冷やしてはちみつを加えたやつなんて、心身にするーって入ってゆくようだった。美味。

目にもうきうきする色の、にんじんとオレンジの酢。おにいさんもおねえさんもおすすめの、ローズヒップ入りの葡萄の酢は赤ワインみたいな飲みやすさ。

しかもこのお店には月に数回、遠方から遥々酢ムリエがやってくるらしい。酢ムリエ。たった1文字ちがいでなにやらとーってもあったかい気持ちになるのはなぜだ。

エスパル・スタディルームのハッチーみてても思うことなんけど、自分のすきなものをだれかに紹介して喜ばれるお仕事っていいな。すきなんですって気持ちばさ、ほんのひとさじ添えておすすめしてよ、お客さんまでうれしくさせてしまうって、そりゃすんげーわ。

もうすぐマンゴーの酢が入荷するそうだ。またおじゃましたい。


  ・そのひのことのは-017・


  …わからんが腹は減るからよ、飯は炊くんだよ!


  「ジパング」より かわぐちかいじ著(講談社刊)


食わずぎらいならぬ、読まずぎらいだった。かわぐち先生すみません。「ジパング」さいこうです。献血ルームでためしに読んだら、もーう止まらんの!

たんなる太平洋戦争中の話と思ってたんだ、わたしは。でもまさか現代の海上自衛隊の最新鋭護衛艦が船員ごと、戦時中にタイムスリップしちゃうなんて知らなかったわけさ。

上のことのはは、そのとんだ災難(とみなすか、どうかはまだわからない)に巻き込まれた護衛艦「みらい」の、厨房のおやっさんの台詞。攻撃を受けてるさなかでも、自分の仕事を全うしようとする、かっこうよさ。

脇役フェチ心をつんつんつっつく人もおりましたおりました、うひひ。


地上20階の献血ルーム、あそこは杜の都を見おろせる場所だ。

血抜きにくるたび、ずっと遠くまで見ておこうと思う。小魚せんべいばりばりたべながら、この地で生きてるひとらのことを考える。
 
↑ひさびさ。とりこは三温糖、わたしは黒砂糖をかけた。
 
 
1泊2日の温泉の旅に行った両親が、帰りがてら遊びにきた。

蔵王名物だというばかでっかい豆腐がおみやげ。そのほかにも惣菜やら野菜やらお菓子やら、どっさり持参してくれた。どうもありがとね。

いまこれを打ってるわたしの目の前には、陶器の犬の置物とチョロQが鎮座している。この、チョロQは3、4歳のころのクリスマスプレゼントだった。

おとんがトイレに行ってるときに、ふくが突拍子もなく叫んだ。

「びゅーんちゃんだー!!」

何ごとかと思った。ひとり興奮しまくる母に、一体なんなのさと話しかける。

ふくちゃんによるとこの薄桃色のチョロQ、「かつてうちの子に買ってやったけれども、今いったいどこにあんだべか…」というようなことを、つい最近おとんと話していたらしい。

用をたしたおとんがこたつに戻ってきたらば、

「お父さん、目つぶって手ぇ出して~、いいからいいから」

と、ふくがベタな手法で手渡そうとする。

はいはい、としぶしぶ従ったおとんが目を開け、やっぱりふくとおんなじテンションの高さで、

「びゅーぅんちゃんだあ!!」

と言ったとき、ああ、やっぱりこのふたりは夫婦なんだなあって思ったよ。

なんでびゅーんちゃんなのさと尋ねると、「びゅーんって、すすむから」。おとんが当時命名したんだって。わたしたち姉妹がそうやってこのミニカーで遊んでいたらしい。「びゅーんっ!」て言いながら。

「でもさ、なんで娘の最初のクリスマスプレゼントがチョロQなの」
「……あんときはなあ、こどもに何買えばいいか、さっぱわがんねかったんだなよあ」

わたしが自分の子にする最初の贈り物は、なんだべか?
 
 
夕方、湯豆腐たべませんかとメールでお誘いしたら、とりこがミスドのシェイクを持って来てくれました。デザートに出したのが、写真のいちごみるく。自分では苺なんて買わないからね、ありがとう、父母。

 
  ・そのひのことのは-016・
 
 
   ほんっと、いやだと思うところいっこもなかった
   みーんなよかったよーう


   母・ふく(動物占いは、おさるさん)がつぶやいた。

 
遠刈田温泉の宿、大忠の感想だそうだ。すっかりご満悦の様子でございましたよ。
 
↑麺づくしの日々の主食だったもりみスパは、お気楽・ごく楽にこしらえるべし


中学のころ、すきなひとの家にかける電話ってなんであんなに緊張したんだろう。

いまみたいに携帯があるでもなく、ましてやうちはコードレスですらなく。たった6桁の番号をダイヤルする間、呼び出し音が鳴ってる間、どうしてあんなにどきどきしたんだろうかね。

時はすぎ携帯電話がはびこる現在、IPフォンという便利なものも登場、わたしはその恩恵にすがって遠くに住まう友人と、たまに長電話をする。

透子と長電話するのは決まって夜中だ。そして気づくと2時間や3時間過ぎていてふたりしてたまげる。「なぜ?」と思わずにいられないほど、会話は途切れない。そしてたいてい、「おなかすいたねー」と言って切るのだった。

透子と、とりことは高校の同級生で、何度も言うが在学中はさほどなかよしだったわけでもない。卒業し、すべてがいったんまっさらになったなかで何気なく出した手紙や葉書が、そのあと長らくつづく縁を生んだ。

すきなものがおんなじだった、それがきっかけでなかよくなれるひととの縁ってのは、わたしの場合とってもしぶとい。

あの本を読み、あの歌を聴くたびに、人の記憶までセットになって降ってくる。忘れられるはずがないんだ、いつも身近にあるんだから。

ちなみにサッカーがつながりのときちゃんが昼間言ってた、

「”いずい”が通じないのは許せない」

というのは、宮城県民にとっては最高の名言だと思う。

「いずい」。

このひとことを他県のひとにきちんと説明するのは、とっても骨が折れるのだ。

「否定から入る肯定は、つよい」

こっちは昨夜、透子が言った。わたしにとっては思いあたる節がありすぎる言葉だったので、もちろん名言認定。

写真のスパは、いつものよに麺をゆでてる鍋に具をも放りこみ、こないだのあさりのスープのあまりと、めんつゆ・ナムプラーで調味。固めにゆでるのさえ忘れなけりゃ、もりみスパは失敗しないです。誰が作っても、たぶん。

 
 ・そのひのことのは-015・
 

  「有罪も無罪もない、ただ生きたいだけです」
 

   映画「フィラデルフィア」より


むきだしの魂の光がひとを呼び、まわりに生かされることで、光はますます強くなり、いつか後ろの道までも明るく照らすんだろう。

この主題歌のために、ブルース・スプリングスティーンのアルバム、買ったっけなあ。
↑土鍋で1合分の米を炊く。重石にレンガをのっけた。
 
 
こころの健康が損なわれたときの特徴として、わたしの場合以下のことが上げられる。

・ひとに会いたくなくなる・メールの返事を出さない・字を書くのが億劫になる・部屋が汚れる・買物をしない・ごはんをきちんと作らない・ストックしてたおやつに、迷わず手を出す・風呂に入りたい欲求が減る

かなポテトの空袋でごみ箱がいっぱいになり、テーブルの上にものが増え、食卓には麺ばかりがのぼる。冷凍にしていたごはんがなくなってから幾日が過ぎたろう。

うちには常時そこそこの食料品のストックがあるので、買い物にいかずともけっこうやり過ごせるのだった。乾物・缶づめ、そしてなにより乾麺や冷凍さぬきうどん。

ごはんはうまい。でもわたしは麺類もだいすきなので、こんな生活もさほど苦しくはない。ひとり暮しってすばらしい。

夕方になってようやく米を研ごうという気力がわき、いつものように活力なべ(1分調理ができるやつ)でまとめて炊くのではなく、土鍋で炊いてみようかと思いついた。

うちの土鍋はひとり鍋用なので小さい。2合研いだが、のこりはまた明日。

やっぱ、炊き立てはうまかったー! ごぼう入りの炒り豆腐をのっけて、「ザ・ロック」を見ながらたべた。おこげもほんのりできてたけど、わたしは歯につまるからあんまり好きじゃない。

図書館から借りた「壬生義士伝・上」を読んでると、2度電話がかかってきた。なかよしさんから。ふたりとも休日を愉しんでいるようだった。さらにさきほど蜜ちゃんとも長電話。午前中には遠方からもかかってきた。

今日は電話の日(ランディさんも書いてたっけな)らしい。集中豪雨ならぬ、集中コール。

 
  ・そのひのことのは-014・


   そんたなこと、考えたってしゃねな。
 
 
   「壬生義士伝・上」より 浅田次郎(文藝春秋刊)
 
 
しゃね、というのは、仕様のない=しょうがないという意味だけれど、これをいなかのじいちゃんばあちゃんに言ってもらったら、たぶんさらにちいさい「ひ」が入るような発音になるはず。これって、東北のなまりだったんだね。

この小説は映画をみてからずっと読んでみたかった。昨日に引き続き、またもぐずぐず泣く。下巻はまだ貸し出し中。

一生ものの小説になる気がする。


たったいま判明したこと。
「BeRLiN」のプロデューサー役の方は山田辰夫さんだった。
透子、協力感謝。