↑針刺し子、1号・2号。ブックカバーは「さくら工房」の出展者の方に縫っていただいた、お気に入りの品。
 
 
月になんべんか、ネットってなんなんだろうと思うことがある。

考えすぎて穴に落っこちて、どろどろぐずぐずしてしまったりさ。最近はあんまりそういうこともなくなったけども。

ほんとうだったら会えないひとや、行けない場所ともつながれる。家から一歩も出なくても物を買える。実際声を発しなくても、キーを叩けば意思を伝えることだってできる。

堀江社長はこうなるのを10年まえから予想していたんだって。ようやく時代が自分に追いついた、と言う。

10年。

わたしゃ中学3年生。当時、小川洋子さんの本をよく読んでいたんだけど、友だちに読んでみてーとすすめたら、「中年のおばちゃんが読むような本だね」といわれて複雑な気持ちになったのを思い出す。

卒業してから1,2度会ったときに、その子が「はたち過ぎればただの人って、最近よく思うんだよねー」と話してたっけなあ。いまもまだそう思ってるのかな、あの子は。

ネットは開かれた大海原なので、舟(PC)を出せば誰だってこのそのひ帳を読むことができる。パソコン持ってなくたって、アメーバブログは携帯版でもURLがおんなじ。見えない電波の先につながる。

もう会うことはなかろう相手にすら、それは同様だ。

毎日届くエロ宣伝メールにまぎれて、時おり実際は会ったことのないひとからメールが届く。すると温泉につかったときのように、わたしはパソコンの前でじわじわ温まる。

海を渡って届いたくせに温かいなんて、不意打ちだろうと思う。

わたしの島から流れてった言葉が、だれかのもとにどんな形でたどり着いていたのか知らされるのは、ほんとうにうれしい。どうもありがとう。

ソレルナ・マスター任命もありがたき幸せっす。
(カメさん復帰おめでとう!ロンダさん、ありがとう!)
 
 
 ・そのひのことのは-012・
 
 
  お願いがあるんです
  わたしの耳のために、あなたの指を貸してもらえませんか

 
  「余白の愛」より /小川洋子著(福武文庫)
 
 
小川さんの小説でいちばんすきだ。毎年冬になるとかならず読む本。

難聴を患う主人公と速記者がすごす、濃密な時間。ひっそりと静かな空間で語られる言葉と、指が紡ぎだす記憶たち。

わたしのフェチ心(手・骨・声・脇役)を、絶妙にくすぐる物語。写真のブックカバーをつけて、最近地下鉄で移動するとき読み返してた。

もう10年たっても、きっと読んでるんだろうな。
 
 
そういえば、土佐くろしお鉄道の事故にびっくりした。
特急一本乗り遅れて、宿毛駅のちかくのモスで時間つぶしたことあったっけ。