牧童の溜息 -4ページ目

心凍らすキムチ鍋

「身と心冷えたままなりキムチ鍋」牧童

飲み屋で鍋を頼むと、2人前からだと客に注文をつける店がある。
鍋料理なんか、鍋焼きうどんの土鍋を用いれば、一人前でも簡単に作れるだろう。
隣りで鍋をつつきながらイチャつくカップルに嫉妬し、鍋を囲む団体の騒音に顔をしかめながら、塩辛を肴に、僕はいつも一人で飲んでいる。

最近、ようやく一人鍋を出す飲み屋も増えてきた。
昨夜はキムチの一人鍋を注文した。煮えるのをじっと待った。鍋の底でキムチが乱舞する姿を思い浮かべる。そろそろ豚肉に火が通った頃、味見した。なんとなくキムチの風味はするのだが……

あれ?
何か変だ!

キムチが入ってないぞ!

店員に問えば、笑顔で、すいませんと皿に乗せたキムチを持ってきた。僕も笑顔で受け取る。鍋にキムチを放り込んだら、出汁は少しはマシになったが、すでに煮え過ぎた豚肉にキムチの旨味が伝わってこなかった。
だんだん腹が立ち、もう一杯飲みたかった酒の注文は止めて店を替えることにした。
笑顔で支払い、外に出た。

僕が黙っていたら、そのままだったんだろうな。 何か手抜きされていても気がつかなければそのままだ。
値引きさせるか、何か一品サービスさせるか、ゴネれば得なゴネ得に持ち込めず、別の店で一人で飲み続けた。

人生いたる所でキムチが入っていないキムチ鍋を食わされているのかもしれない。

濡れた寝具

♪ベッドの染みを
 数えて見たら
 私の知らない
 染みがある

行為の後、シーツに大きな染みができることがある。
染みの原因はいろいろあるが、まずは汗。僕はかなりの汗かきだから、クーラーがなかった時代は大量の汗を流しながら日々励んでいた。
女の上に乗れば、大きな玉のような汗をポタポタと女の臍の中に垂らしながら腰を降り続けた。
女の下になれば、乾いたプールサイドに濡れた人型を描くように、汗でシーツに体型を描き、女のなすがままに快楽に溺れていた。
クーラーが当り前になった今でもあまり冷やさずに励み、適度に心地よい汗を流し、シーツを濡らしている。

汗以外では精の液がいやらしい染みを描く。血の染みもある。

若い頃の僕のベッドパットは他人にはお見せできないような染みが多数残されており、パットを通過してベッド本体も染みだらけだった。
ある時、狂女のようになった妻が染みだらけのベッドを刃物で切り刻み、不気味にスプリングが露出した。
妻以外の女を連込んだことが、ついに発覚したのだろうと、僕はベッドと共に妻に殺されることを、この時、覚悟した。
後々妻に聞いたところ、ベッドは粗大ゴミで処分するのに金がかかるので、小さく切り刻み、汚いベッドを処分したとのことだった。

ベッドを濡らす原因として女の愛の液と潮がある。
今までの経験を振り返ると、愛の液にしてはシーツが濡れ過ぎていたことはなかったですか?
それが潮だ。
潮を吹くというと、アサリが潮を吹くようにピュッピュッと勢いよく飛び出すイメージを抱きがちだが、知らず知らずのうちに貴女も潮を吹き、シーツを濡らしたことがあるかもしれない。

思案牡蠣

「目で悩み舌で思案の牡蠣を飲む」牧童

「な~んか不景気な日記だなぁ 全部読むつもりだったけど途中で貧乏が乗り移る感じがぞぞっと背中に感じて失礼ながらやめたぁ」と、見知らぬお方からメッセージをいただいたことがある。
あまりのショックで僕は一週間、暗闇の中に沈んでいた。

ひた隠しにしてきた貧乏暮らし。実は失業していて金がない。せめて心は豊かにとは思うのだが貧乏神に心も占拠されてしまったようだ。
清貧はむずかしい。
貧しさは心までも貧しくしてしまう。

どんどん沈んではいくのだが、のんびりとだから、まだ底には辿り着かない。いつまでも中間を浮遊している。そんな感じだ。
落下しながらも鼻歌が出そうな気分で、金がなくても、年はとっても、僕はまだ恋をしていたいんだと呟いている。

だからせめてと、奮発して好物の生牡蠣を食った。

「牡蠣の酢に和解の心曇るなり」波郷

波郷はなぜ、牡蠣の酢で和解の心が曇ってしまったのだろうか。

「牡蠣食へば妻はさびしき顔と云ふ」岳陽

妻はなぜ、牡蠣を食う岳陽の顔がさびしく見えたのだろうか。

新たな恋の到来を妄想しながら、不思議な牡蠣を食っていた。