全民目撃 | あさひのブログ
とある殺人事件を立証する検察官と弁護士の法廷の戦い、かと思わせておいて…。

「全民目撃」(2013年 監督/非行 主演/郭富城、余男、孫紅雷)
119分

※日本語版はありません

日本では裁判は撮影不可だけど中国では撮影可みたいで生中継とかしてるみたい。タイトルはそういう意味で「皆が見ている」。

――大手商社社長・林泰の一人娘である林萌萌はアイドルだったが、ある夜人気歌手で父の愛人でもある楊丹と口論になり、彼女を車ではねて殺害したとして逮捕された。アイドルしかも大手企業の社長令嬢が殺人を犯したとしてマスコミは連日事件を報道し、そして本日行われる裁判も生中継で報道されることとなっていた。
事件を担当する検察官の童涛は複雑な気持ちで裁判所へ向かう。というのも直前に林萌萌が大学教員である妻の教え子だと知らされたからだ。しかし仕事は毅然として行わなければならない、ましてや林泰の会社にはいろいろと黒い疑惑があり、何度も捜査の手が入ったが証拠不十分で不起訴となったのだ。

裁判が始まり、童涛は証人を呼んで被告人の動機について証拠を立てていく。だが林萌萌の弁護人の周莉はまったく異議を唱えることなく裁判は淡々と進んでいった。林泰の部下で第一発見者の孫偉が呼ばれ証言する。すると周莉は突然「異議あり!」と立ち上がった。そして孫偉が妻を寝取った林泰を恨んでおり楊丹を殺害してその罪を林萌萌になすりつけようとした、と証拠を提示して糾弾した。孫偉がそれを認めたため法廷内は騒然とする――

[ここからネタバレ------
裁判は休止となり孫偉は手錠をかけられ連行されていった。裁判中もずっと林泰の表情を観察していた童涛は強い違和感を感じていた。これは必ずウラがある…童涛は孫偉が林泰に買収され嘘の証言をしたのではないかと疑い調べを進める。すると孫偉が末期癌に冒されており林泰から見舞い金として200万元が振り込まれている事が判明した。余命わずかと知っていた孫偉が残される家族のために大金で林泰の身代わりとなることを承諾したのだろう。
ところが、金が振り込まれたのは事件が起こる前の事だった。童涛の仮説は白紙に戻る。

孫偉は取り調べで黙秘を続けており、彼の妻は林泰から誘われ金をちらつかされたので寝たのだとしゃあしゃあと言ってのけた。童涛は直接林泰の元へ行き真実を言えと迫るが林泰は裁判で結論がでるだろうと淡々と答える。
裁判の直前に、検察グループあてに匿名で一通のメールが届いた。事件当時の現場の録画を持っているという。童涛は急ぎその動画を送ってもらう。撮影者は有名歌手の姿を見つけツイッターに投稿しようと考えカメラを回したようだ。駐車場にとめられた車から楊丹が降りて来て運転席の林萌萌と激しい口論となり、直後車が急発進して楊丹を跳ね飛ばした様子がしっかり写っていた。ぐったりした楊丹に一人の男が近づき壁に彼女の頭部を叩き付けた!そして男に駆け寄る林萌萌の姿も。その男は…拡大して見てみるとそれは林泰に違いなかった!二人が車で走り去ってしばらくの後に孫偉が現れ楊丹の姿を見つけ駆け寄るところが写っていた。楊丹を殺したのは孫偉ではない、林泰だ!!
童涛はすぐにでもこれを証拠に出そうとするが、しかし動画はウイルスによって自動削除されてしまった。

証拠は消えてしまったが事実は消えない、童涛は林泰の尊大なプライドを利用して真実を吐かせようと企む。証人台に立った林泰に、楊丹がとある俳優とスキャンダルを起こして話題になったことをどう思ったかと問う。事件に無関係だと林泰は回答を拒むが、童涛は彼を焚き付けるように質問を浴びせ、ついに林泰は楊丹が自分を裏切ったから車でひき殺してやったんだと叫ぶ。法廷内は騒然となる。まさか愛人を殺した罪を自分の娘に擦り付けようとしていたとは…ここまで非道い親がいようか!!

話は裁判の前にさかのぼる。
周莉は林泰から林萌萌の弁護を依頼された。しかしこの事件では死刑は免れても15年の実刑というところだ。だが林泰は必ず無罪を勝ち取れと言う。不可能だと答えたが林泰は不可能を可能に変えろと怒鳴る。
裁判当日、周莉は情に訴える戦術で行くしかないと弁護団の皆と打ち合わせをしていたが、直前に何者かから電話が。林萌萌が無罪となる証拠を持っているので100万元で買い取れと言うのだ。送られて来たのは二枚の写真。孫偉の妻と林泰がベッドの上で仲良く撮ったツーショットだった。周莉は急遽戦術を変更する…。
そして休廷となった後、支払いのため相手が指定した場所へ行くとそこで待っていたのは孫偉の妻であった。夫が捕まって平気なのかと問うが、孫偉の妻は林泰という強力な後ろ盾がある方が安心だと言ってのけた。
弁護団の皆は周莉が真犯人を突き止めたことに喝采するが、周莉は何か違和感を感じていた。もし孫偉が嘘を言っているのであれば…?周莉はすぐに孫偉が末期癌に冒されている事実にたどり着いた。林泰は金で孫偉とその妻を買収し彼の命と名誉を奪ったのだ!
周莉の元に匿名で事件の証拠を200万元で買い取らないかとメールが届いた。指定された場所に置かれていたボックスの中のパソコンに入っていた動画、それはあの駐車場での事件、林泰がぐったりした楊丹の頭を壁に叩きつけるさまがくっきりと写っていた。
弁護士が依頼人に不利になることを言えるわけがない、それが真実であっても。この証拠は誰にも見られないよう厳重に保管するしかない。しかし…。
周莉は動画を匿名で童涛に送った。10分後に自動消失するようウイルスを仕込んで。

林萌萌は無罪で釈放された。弁護士の仕事としては成功だが、結果父親を奪われる結果となった林萌萌の事を思うと周莉は複雑な気持ちだった。

月日が流れた。明日林泰の裁判が行われるというニュースを見て周莉はふとある事に気づく。
同じ頃、童涛もある違和感から林萌萌の裁判の中継動画を見直してみる。林泰が逆上して罵った時の「俺は龍背壁で死んでやる!」この言葉の意味は何だ…?
周莉は匿名で送られて来たあの動画と防犯カメラの映像を何度も見比べる。そして決定的な証拠を発見した。映っている孫偉の立ち止まった時の足が右足と左足で違っていた、これは偽の動画だ!全くそっくりだが事件当時のものではない!
周莉は急ぎ林泰が所有する郊外の廃工場へと向かった。工場の扉をぶち破って中へ入ると、そこにはあの事件当時の駐車場そっくりの風景が。あの匿名の動画は林泰自身が送って来たのだ、ここで偽の動画を作って、楊丹を殺したのは自分だということにするために、事件を起こした娘を助けるために…!
その頃、法廷では林泰の裁判が行われていた。裁判官から事件を起こした当時はどんな心境だったのかと問われ、林泰はあの時のことを思い出す。
…自宅に警察がやってきて萌萌に手錠をかけ連行していった。孫偉が長年世話になってきた林泰のために自ら身代わりになると申し出たが林泰はそんな馬鹿な真似ができるわけがないと跳ねつけた。だが孫偉はどうせ余命僅かで汚名を着ようが投獄されようが変わらないと言い、孫偉の妻からも萌萌は我が子のように可愛がってきたのだと説得され、ついに偽の証拠作りを始めた。孫偉の妻と不倫の証拠写真を撮り、同時に廃工場に駐車場を再現した。林萌萌と楊丹に後ろ姿がそっくりな香港女優を探して来た。防犯カメラの映像とそっくりになるように演じさせ、最後孫偉が楊丹の頭を壁に叩きつける様子を撮影した。だが出来上がった動画を見て林泰は撮り直すと言った。犯人役は自分がする、と…。

周莉は急いで法廷に駆けつけたが林泰の裁判は既に終わっており誰一人残っていなかった。林泰に面会し、真相を知った今自分が弁護をすると申し出るが、林泰はこれがマスコミなど事件の行方を見守っていた全ての人々が納得する結果なのだと言い、彼女を罷免するのだった。

童涛は林泰の故郷へ行き「龍背壁」とはどこなのかを尋ねた。するとそれは山の名前だと言う。こんな逸話がある…その昔、南龍王には遅くに生まれた子どもがいた。南龍王はその小龍王を大層可愛がった。だが小龍王は癇癪持ちでしょっちゅう事件を起こしていた。ある日小龍王は天宮の神具を燃やしてしまった。小龍王は家へ逃げ帰ったが天兵が追って来た。南龍王は小龍王を守るため腹ばいになって山を覆った。天の神の怒りの雷が何度も南龍王を襲いその鱗を傷つけた。小龍王は泣いて出頭しようとしたが南龍王はそれを制止しそのまま固い壁のようになって死んだ。そんな、子を思う父の伝説が残る山だった…。
童涛はすぐに上告の手続きを取るよう連絡する。(終)
-----ここまで]

これ物語がすっごくよく練られた秀逸なミステリ!監督のフェイシン(非行)(リー・ウェンビン/李文兵)は法廷ものや刑事ものなどのサスペンスを多く手掛けているようで本作の脚本も彼の手によるもの。
物語は検察官の童涛と弁護士の周莉の対立のような形で始まる。前半は童涛の目線で周莉と林泰の陰謀を疑いその秘密を暴いていく。後半は一旦時間を巻き戻し周莉の目線から裁判を見直す形で進む。そして最後には全てをひっくり返すような真実が…。多くの伏線、ミスリード、細かいところまでよくできているしテーマも明確で(これはネタバレに直結するので明かせないけど)観終わった後の感動、爽快感がとても大きい。ミステリ好きは必見だし、小難しいのはちょっとという人でもきちんと分かりやすく作られているのでお勧めです。

ただ…難点がひとつだけ。主人公・童涛を演じるアーロン・クォック(郭富城)、彼香港スターだからこういう地味な役ってあんまりやらないと思うのね、もう明らかに一人浮いてる。彼のセリフの言い方とかカメラ目線とか身のこなしとかって喩えて言えば郷ひろみ!もう逐一郷ひろみ!見た目が格好良いのはわかるけどあまりに芝居がかり過ぎててこのシリアスな物語にはまったく合わない。リアリティがない。彼が目玉キャストなのはわかるけどこれはちょっとハズしてた。
逆に素晴らしすぎるキャスティングだったのが林泰を演じるスン・ホンレイ(孫紅雷)!!チュー 「戦國」でも見た目は全然イケてないのに妙に印象に残った彼、本作でも恐ろしいまでの演技力を見せつけていた!すごく自然なお芝居なんだよな、いかにもな悪ではなく普通にいそうな社長さん。そりゃそうだ裏で悪い事してても表向きは素知らぬ顔してるのが普通だもの。とてもリアリティに溢れている、見た目がまたパッとしてないだけに。うん、彼にこの林泰という役を任せたのは監督の戦略といっても過言でないほど重要なカギになってた。
周莉を演じるユー・ナン(余男)はヒロインにしてはちょっと地味な顔してるけど実力派で、海外での評価の方が高いようだ。後半彼女が主役になると物語のハラハラ度が格段に上がった。良い意味で名脇役俳優と言いたいチャオ・リーシン(趙立新)もここではしっかりクセのない人物を演じておりやっぱり彼は器用。あまり出番は多くないけど林萌萌を演じるデン・ジァジァ(鄧家佳)が密かに良いお芝居してたなと思う、若いのに。最後もいい表情してた。

裁判を生中継しているというのが物語の大きなポイントなので、そこが違う日本では理解されがたく、多分この作品は日本には上陸しないと思う。勿体ない。