異聞・始皇帝謀殺 | あさひのブログ
かなり古いけどグォ・ヨウ(葛優)、チァン・ウェン(姜文)という二大名優の主演作。監督は「乱世英雄呂不韋」のチョウ・シャオウェン (周暁文)。

「異聞・始皇帝謀殺」(1996年 原題「秦頌」 監督/周暁文 主演/葛優、姜文、許晴)
130分

※日本語版である「異聞・始皇帝謀殺」はVHS(ビデオテープ)しか存在しないようです。原語版「秦頌」はYouTubeなどで見られます。

始皇帝の暗殺事件のひとつを大胆にアレンジした物語。
原題の秦頌は秦を讃える歌、国歌のようなものを指す。

――戦国時代末期。秦国王の孫である嬴政は人質の子として趙国で生まれた。ある日秦国への報復のため人質が殺されることになった。処刑人が次々と人質の首を落としていく。自分の番が近づき震える嬴政に乳兄弟の高漸離は琴を奏でて励ました。土壇場で嬴政はまだ人質として有用だということになり処刑は免れた。しかしその夜、嬴政と高漸離は報復のため眠りこける処刑人を引きずり出し生き埋めにした。事件が発覚し今度こそ二人とも死を覚悟するが、突然秦国の使者がやってきて嬴政を迎えに来た。嬴政は高漸離の手を引き一緒に車に載せるが、嬴政が眠っている間に高漸離は車から投げ捨てられた…。

それから十数年後。秦王となった嬴政は伝統やしきたりに縛られることを嫌い、残る燕、楚、斉を倒して天下を統一した暁には皇帝と称すると宣言する。側近が先に楚国を攻めるはずではと問うが、嬴政は燕国からだと言う。燕には秦に相応しい歌「秦頌」を作れる者がいるからだ――

[ここからネタバレ------
秦王は今は燕で琴の名手として名を馳せるようになった高漸離を何度も招聘するが彼は応じなかった。秦から燕へ亡命してきた樊於期将軍は高漸離の元へ行き、荊軻と共に秦国へ赴き秦王を暗殺してほしいと持ち掛ける。しかし高漸離は燕と秦の戦に関心はなく、秦が天下統一して世界が平和になるならその方が良いと断るのだった。

燕の使者として荊軻は樊将軍の首を持参して秦王に謁見する。そして高漸離が自ら右手の指を切り秦王に献上したと言うと秦王は身を乗り出した。荊軻が箱を開け巻物を開いていくと、そこにあったのは匕首!荊軻は匕首を手に秦王を襲うが躱されてしまった。暗殺は失敗に終わった…。
秦王は即座に燕を攻め、高漸離は拉致されるようにして秦国へと連行された。手違いで虜囚と同じ烙印を額に押され、高漸離はかつて兄弟同然だった嬴政のこのひどい仕打ちに絶望する。
秦王は命令が行き届かなかったことを詫びた上で、宮廷楽師になってほしいと言う。しかし高漸離は秦王が燕国を力づくで押さえつけたことに反発し拒否する。高漸離は軟禁状態に置かれ、なおも暴れるためとうとう長い鎖で繋がれた。高漸離は断食を始める。秦王は無理矢理口をこじあけさせて食事を流し込ませた。

秦王の長女の檪楊公主は足が悪く歩けなかったが秦王に最も可愛がられている姫であった。檪楊公主は父がわざわざ燕から捕えてきた高漸離に興味を持ち自分の奴隷にする。琴の名手だと聞くが見た目にも信じられない。一日中彼の側に張り付き脅したりすかしたりして琴を弾かせようと試みた。だが高漸離はやはり水も口にせず茫然としているだけだ。もうこのまま死ぬ気だろうかと諦めつつ檪楊公主は幼い頃父がよく歌ってくれた子守唄を口ずさむ。と、高漸離が目を見開き手を伸ばす…檪楊公主は水を口に含み口移しで彼に飲ませた。
翌日から高漸離は断食を止め食事もがつがつ食べるようになった。

檪楊公主のたっての希望で高漸離は彼女に琴を教えることになった。琴の指導で二人きりになった時に高漸離は動けない檪楊公主を強姦する。これで死刑は確定だ…。
ところが檪楊公主は行為の後で奇跡的に足が動くようになった。秦王は高漸離の琴の音が娘を治したと大喜びする。だが真相を知ると激怒し高漸離を生き埋めにしようとするが、「おれはずっと死にたかったんだ」という言葉に手を止め、彼を掘り出させた。
檪楊公主は何でも言う事を聞くので高漸離を助けてほしいと父に泣きついた。

高漸離は他の囚人らと同様に土木作業に駆り出された。つらい作業を続ける中で歌を歌い始める。その歌は次第に広まり皆が口ずさむようになった。李斯は高漸離が謀反の意をもって歌を広めていると危機感を抱くが、秦王は素晴らしい歌だと言い、やはり彼に「秦頌」を作らせると宮廷楽師長に任じた。
秦王は死の恐怖に囚われていた。そのため不老不死の方法をも探らせていた。死に直面したその時、きっとその恐怖から逃れられるのが「秦頌」だ。かつて趙国で彼をその恐怖から救ったのが他でもない高漸離の歌だった、秦王は彼なら死の恐怖に打ち勝つ歌を作れると信じているのだ。

秦国は斉国を制し、檪楊公主は王賁将軍に嫁ぐことになった。公主は既に高漸離を愛しており祖廟の前で二人は抱き合う。一度ならず二度までも娘に手を出すとは!秦王は高漸離を目を燻す酷刑に処した。失明した高漸離に、しかし秦王は、王賁が戦死したら檪楊公主は戻って来るので、そうしたらお前に嫁がせようと言うのだった。
数日後、高漸離の元に趙高がやってきて、結婚式の夜に王賁は殺され檪楊公主は舌を噛んで自害したと言う。公主も自分も、皆秦王の動かす駒に過ぎないのだ…高漸離は絶望する。一方で秦王には王賁が檪楊公主を殺したと伝えられた。秦王は娘の死に慟哭する。

秦王が皇帝になる即位式で、高漸離は突然琴で秦王を殴りつけた。「歴史書にこう残せ、高漸離は始皇帝の暗殺を試み殺されたと!」取り押さえられた高漸離にしかし秦王は、今後も自分に仕え「秦頌」を作った者として名を残すのだと命じる。だが高漸離は毒を飲んでいた。数十分すればもがき苦しみ息絶えるだろう。
秦王は剣を抜き彼にとどめをさした。そして即位式を続行するのだった。(終)
----ここまで]

わけわからん…。
いや物語は単純にできてるけど、テーマが何だったのか、この監督は一体何を描きたかったのかが不明瞭。史実とは異なることから歴史ものとして作ったわけではないはずだけど、恋愛もの、でもないよなぁキャスティングからして。グォ・ヨウは見た目はアレだし(ゴメン!)ヒロインは美女を選んだのかもしれないけど大根役者だし(ゴメン!)。

無理くり推測するとテーマは「歴史は所詮誰かが動かす将棋の駒」…個人の力ではどれだけ努力しても動かせない社会の大きさ、個人の無力さの悲哀。[ここからネタバレ含む----オチとして公主が死んだのが秦王のせいでもなく朝臣の謀だったから。----ここまで] でもこれがメインテーマなら李斯や趙高がもっと前に出てくるべきだ。
あるいは「分かり合えない友情」…親友だと思っていつか自分を理解してくれると期待していたが互いに信念を貫くゆえに分かり合えないという現実。でもこれがテーマだとかなり悲壮な物語。高漸離は秦王によって身体的に酷い目に遭うし、秦王は高漸離によって精神的に酷い目に遭うし、そりゃもう分かり合えるわけがない、友情なんて欠片も無えっしょって思う。英題(「The Emperor's Shadow」)や高漸離の最後の台詞を鑑みるとこの説が有力。
いやいやタイトルというなら原題が「秦頌」なんだから「人の心を動かす歌とは」…壮大で人々に希望を与える歌は実は深い悲しみの上に作られた虚構的なものだった。途中まではこのテーマだろうと思って見てたけど、最後にこれに関するオチはなかったので違うような。
高漸離の心情…怒りと苦しみだけはひしひしと伝わって来たけど、無力感だけを残して終わってしまう後味の悪いラストシーン。これで一体何を伝えたかったんだ?

昔の映画だけあってCGを使わず、ロケのリアルさは半端ない。埃っぽくもやがかっていてモノクロ映画のような薄暗さで、光と影で芸術的に表すシーンが多いけど、それが逆に、誰が映っているのかわからなくなってしまってるという…。
斬首シーンも間接的に描いているけど派手派手しくない効果音がまたゾッとさせる。いわゆるベッドシーンもキスなし露出なしで全く間接的だけど妙に生々しい…。

現代みたいに流行りのイケメン俳優に演らせたりしたらしょーもない作品になりそうだけど、やっぱり見どころはグォ・ヨウの真に迫ったお芝居で。追い詰められても主人公だからといって上策を思いつくわけでもなく下策に手を出して人として最低となじりたくなる、でもそこが人間らしいとも思わせる。彼はこういう力のない人間、スーパーマンじゃない普通の人間の心情を描き出すのがピカ一で。絶望の淵に突き落とされてからなんとか這い上って来るけど決してドラマティックに報われるわけではないという不憫な主人公は「趙氏孤児」にも通じる。
秦王を演じるチァン・ウェンはなんか、若い頃は見た目が弟さん(チァン・ウー/姜武)にそっくりね。この作品では地味であんまり個性とか感じなかったなぁ。

登場人物は少ないけどエキストラの数が凄くて迫力!人海戦術!
いつも思うけど中国映画の拷問シーンは実際体張ってそうで凄いというか怖い…。