今日の昼は"焼きそば”だった。
うちは、土曜の昼食が焼きそばになることは昔から多々あった。
焼きそばって子供は好きだし、大人になっても好きなままという方がほとんどではないか?と思う。
焼きそばを食べながら、ふと思った。
焼きそば、しかもこの“ソース焼きそば”のルーツは何?
もちろん焼きそばは中国がルーツだが、中華料理店に行ってもソース焼きそばなんて無い。
しかもソースは西洋の調味料。
ソース焼きそばはメイド・イン・ジャパンに違いない。
しかし、自分が幼少期にはインスタント焼きそばに「アラビヤン焼きそば」(注:アラビアンに非ず)とい商品もあったので、アラビア系なのか?
簡単ながら調べたところ、やはりソース焼きそばは日本で生まれたものらしい。
明治末期にはウスターソースが日本に入り、西洋化が流行った明治期の日本人にすぐに受けたようで、ここからお好み焼きなどソースが味付けの日本独自の食べ物が誕生進化していった。
ちなみに、ウスターソースはイギリスのウスターシャソースが発祥。
だが、本場のウスターソースは多種のスパイスやアンチョビなどが入れられ、われわれが普段口にするウスターソースとは全く違うものだと言う。
とにかくそんな流れの中で、浅草のお好み焼き店がそばをソースで炒めた焼きそばを昭和の10年代に出しており、当時はソース焼きそばと言わず「浅草そば」と呼称されたようだ。
これがソース焼きそばが広まっていくきっかけとなった。
そして、全国区になったのは、太平洋戦争後の貧しい中で、手っ取り早く安く出来ることからいたるところで日本人が食べることになり、そこから大々的広まった。
それから「アラビヤン焼きそば」は何故アラブを全面に押し出したかと言うと、製造元にサンヨー食品が発売時にキャッチコピーを「不思議な位おいしく出来ます」の「不思議な位」→「魔法のように」→「アラジン」というイメージの延長で連想した説と、開発商品の1番目が「サッポロ一番」、2番目が「長崎タンメン」など、地域名を冠にしてヒットしたことから強引ながらも地方名称を付けたという説、の2つの説がある。
それにしても、ソース焼きそばって手軽に食えて美味くて懐かしくて、やめられません。