ウィレム・ルスカ逝去 | 新・迷って、悩んで、でも笑ったりもして…。

新・迷って、悩んで、でも笑ったりもして…。

不惑の40代などと言うものの、40代になってから「踏んだり蹴ったり」、「弱り目に祟り目」な日々…。
あれから幾年過ぎ、日々の一喜一憂を好き勝手にほざいてる次第です。

この人も2月14日に亡くなった。
ウィレム・ルスカ ―― 1972年ミュンヘンオリンピック柔道男子無差別級、重量級金メダリスト。
W.ルスカ
しかし、それよりアントニオ猪木の異種格闘技戦の最初の相手としての認識が大きい。

1976年2月6日、蔵前国技館で行なわれた「格闘技世界一決定戦」でアントニオ猪木とシングルで対戦した。
これが猪木にとって、また日本における「異種格闘技」~「総合格闘技」の第1歩と言っても良いだろう。
もっともこの試合は猪木(もっと言えばプロレス)に有利な試合内容ではあったが。
しかし、このわずか4ヵ月後にあの「モハメッド・アリ対アントニオ猪木」戦が行なわれることに。
そういった意味では、このルスカがいなければ、前田日明も佐山聡も高田延彦も藤原喜明も桜庭和志も魔娑斗も出現しなかったかもしれない…。

“オランダの赤鬼”と呼ばれたルスカと猪木の試合をダイジェストですが動画がありました。


享年75歳。
心よりお悔やみ申し上げます。