
その際、観戦前に両国をちょっとだけブラ散歩。
しかし、この日は50年に一度と言われた大型台風が東京上陸予報の出た日。

不穏な空模様を気にしつつ徘徊。
両国と言えば、国技館と江戸東京博物館が目立つが、他にも実は色々とあるようです。
まずは、国技館・相撲と縁のある「回向院」。

そもそもこの寺の境内で相撲が行なわれていたとのこと。

でも、上記案内板は回向院横の敷地にあったんですけどね。
回向院は、明暦3年(1657年)に江戸の町を焦土と化した「明暦の大火(別称:振袖火事)」の犠牲者や、大正時代の関東大震災で亡くなった犠牲者をも弔った寺院として有名です。
しかし、それ以外にも色々と多岐に渡った史跡があります。
前述のとおり相撲にゆかりのある場所ということで「力塚」という大きな石碑が鎮座。

これは歴代の相撲関係者が、これまでのそして今後の相撲を敬うべく築かれたもの。
力塚のすぐ横には「愛犬供養」のモニュメントがあり、犬のみならず家族同様に愛されたペットたちの供養も大々的に行なっています。


奥には、江戸時代の有名な泥棒である鼠小僧次郎吉の供養墓と「猫塚」というのが並んでいる。

ネズミとネコが並ぶと言うのもおかしくはあるが…。(笑)
ちなみに鼠小僧次郎吉の墓石を欠いた石片や石粉を財布に入れると金持ちになるとか持病が治るなどの言い伝えがあるもので、回向院は供養墓前に白いお前立ちを置き対応しています。
隣接の猫塚は、「鶴の恩返し」ならぬ「猫の恩返し」という説があるそうで、ある猫が主人のために小判を調達するもそれは人様の金庫から盗って来たものらしいとことで殺されてしまった猫を偲び回向院に葬ったという言い伝えがあり、それがこの「猫塚」になったそうな。
と、ここで引き返すべく歩き出すと、いきなり猫がくつろいでいたものでビックリ。(笑)

他にも両国には「赤穂浪士」でお馴染みの吉良上野介邸があった場所として有名。
その跡地を残す場所がある。

ここは正式には「本所松坂町公園」という名前らしい。
公園というのもの遊具などがあるわけではない。
画像左にある入口をくぐると、吉良氏に関するものが展示されていた。
吉良上野介像。

みしるし洗いの井戸。

これは、以前は首洗いの井戸と表示していたらしい。
要は、吉良上野介の首を取った際に、ここで刀を洗ったのだろう。
そして、当時の吉良邸間取り図。

画像では判りにくいと思いますが、当時は東西73間(134m)、南北は34間(63m)であっり坪数2,550坪と記録されています。
とにかく広大な邸宅だったのです。
それにしても、劇では吉良上野介は悪役として描かれてきたが、後世の人々に親しまれているのがすごい。
先の、鼠小僧次郎吉とともに「ヒール」なのに愛されている不思議なお二人。
プロレスを観に、この地に訪れた私には、なおさら不思議と親しく感じられたのでした。
両国と言えば、隅田川沿いというイメージが強い。
間近で見る隅田川は大きいです。


本来なら、この両国から遊覧船が出ているもの、この日は台風襲来のため営業していませんでした…。

ここいらでいい時間となったなったので「WWE」観戦のため両国国技館へ向かうことに。

(「WWE」観戦記はこちらへどうぞ。 )