昨年、手元にあったヘネシーX.Oを買取り店に売ったという話を書きました。


金キャップのグリーンボトルだったので、なかなか良い値段で売れたのですが、売った後に、「もう自分で買って飲むことはないだろうな」と思っていました。


3万円前後するので、自腹購入はちょっと無理です。


いったいどんな味だったのだろうと時々思い出します。


ところがなんと家内の実家に飲み掛けのヘネシーがあったのです。


亡き義父が大切に飲んでいたものです。


もう誰も飲まないと言うので頂いてきました。




キャップを取ろうとするとコルクが崩れてしまったので、別のウィスキーのボトルに一度移し、コルクの破片を濾し取りながら元のボトルに戻しました。


この作業中にも、室内に溢れる甘く強い香りは、ウィスキーにはないものでした。


小さなグラスで試飲してみると、室内に溢れていた香りが口の中いっぱいに広がりました。


コニャックは、あまり口にしたことがないし、知識もほとんどありません。


それでも、一度にあまりたくさんの量を飲むお酒ではない事はわかります。


1日の締めくくりに、ホッとしながら少量を楽しみのに向いたお酒なのでしょうね。


自宅にはサントリーXOがあるので、普段はこれを飲み、ヘネシーは、大事にいただこうと思います。


クライアントから依頼されたコンテンツ作りをしていていると、時々感じることがあります。

 

「誰のために作る教育コンテンツなのか?」という事です。

 

教育コンテンツは、学習者のためになるものを作りたいというのが、作る側の気持ちです。

 

当然の事だと思うのですが、同じ思いで依頼してくるクライアントばかりかと言うと、残念なことにそうではありません。

 

・これを作れば売れる

・予算がないけれど(≒お金をかけたくないので)数だけ揃えたい

・手間はかけたくない

・納期最優先

・体裁が整っていればよい(≒体裁が整っていないとだめ)

 

これらはどれも大切な事です。

 

でも、それが最優先になるのはまずい気がします。

 

スポンサーの思惑が最優先になるコンテンツは当然あってもいいし、あるべきだと思いますが、教育コンテンツは、学ぶ人のためになるように作ることが本質です。

 

だから、一度受けた仕事は、予算に関わらず、全力で取り組むという事を続けてきました。


この思いがクライアントに伝わない仕事は虚しさが残ります。


コンテンツを作り始める時は、まず学習者をイメージします。

 

例えば最近では、外国人技能者向けの教育コンテンツに取り組んでいます。

 

言葉だけではなく、日本の文化も日本人の働き方も何もわからず不安がいっぱいの人が学習者です。

 

教材を読み始めた時、少なくとも「頑張れば何とかなりそうだ」と感じてもらう事が必要です。


入り口で諦められてしまっては、話になりません。


このモチベーションを最後まで持続させるには、それなりの教材設計が必要です。


教材で学んだ外国人が、日本の現場で仕事を始めたときに「よく知っているね」「よく勉強してきたね」と褒められ、本人もさらに学ばなければと思う原動力となるような、気持ちのこもったコンテンツに仕上げたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

大切な人というのは、人生の場面場面で変わるようです。

 

その変化をざっくりと考えてみたいと思います。

 

私の場合、親に育てられている間は、特に「親や兄弟が大切な人である」と意識しませんでした。

 

「あなたにとって大切な人は誰ですか?」と質問されれば「両親です」と答えたかもしれませんが、意識するきっかけが無いと、当たり前の「日常」の中に紛れていました。

 

もちろん、自分を育てるために必死で働いてくれている親を日々目の当たりにしていれば、早いうちから大切な人として親を意識すると思いますが、ここではそれは考えないことにします。

 

思春期になり恋人ができ、結婚を意識するようになると、大抵の場合相手が大切な人になります。

 

親より恋人のほうが大切だ、と思う人も出てきます。

 

昔から親を捨てて一緒になる「駆け落ち」という行動がありますが、どんなにテクノロジーが発達した時代になっても、これは変わりません。

 

何故そうなるのでしょうか?


人を生き物ととらえるなら、「種の繁栄のためにそう感じるような仕組みになっている」と言えそうです。

 

結婚して子供ができると、大切な人は「子供」に変わります。

 

自分の連れ合いと、子供のどちらかしか助けられないという場面があったとしたら、助けるのは子供でしょう。

 

相手もそれを望むでしょう。

 

人間にはそうしてしまう仕組みがあるという考え方があって、私もそれに同感するタイプですが、これは別の機会に触れます。

 

子どもを持って親になると、初めて「自分を大切にしよう」という気持ちがわいてきます。

 

「自分を大切にする」というのは、「自分中心に考える」ということではありません。

 

自分の健康や、自分や家族が幸せになることを意識して生活するという事です。

 

自分の子供が健康でいてくれて、できれば幸せでいてくれることが何にも代えがたいことが、親になってやっとわかります。

 

親の最大の悲しみが何かは、言わずもがなです。

 

それが分かるので、自分を大切にしなくてはという気持ちがわいてきます。

 

「種の保存」という事で言うと、子供ができて既に役割を果たし、親としての最大の悲しみは何かがわかるようになったので、初めて心から親に心配をかけてはいけない気持ちがわいてくるのでしょう。


今の自分は最後の局面にいる事は確かです。