ミヒャエル・エンデ

『はてしない物語』 より抜粋

 

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第三の門は、第二の門を通ればはじめて存在する。

 

この一枚扉は、わしの説をいえば、ファンタージエン産のセレーンでできておる。

 

ファンタージエンのセレーンはわれわれの意志に反応する。

入ろうという意志を持てば持つほど、扉はいよいよ固く閉まる。

 

ところが、

あらゆる意図を忘れあらゆる意志を捨てることができれば、

そのものの前に扉はおのずと開くのじゃ。

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この後、アトレーユは、

 

「それがほんとうなら、ぼくはそこを通れるはずがありません。

通ろうと思わないなんて、ぼくにはできない」

 

と、言います。

 

 

本当にそうだ。

 

意図しない、意志を捨てる。

そうすれば、叶うなんて。。

 

 

無防備に、そこにあるものは受け入れ、

ないものは追い求めず

ただ、淡々としておれば、いいのだろうか・・?

 

 

 

--- y.

 

 

 

 

 

ミヒャエル・エンデ

『はてしない物語』 より抜粋

 

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わしらは、年よりじゃ。

年よりも年よりも、もうたっぷり生きた。

たっぷり見てきた。

たっぷり知ってしもうたわい。

こうなりゃあ、大事なことなどもう何もない。

 

何もかも永遠にくりかえされるのじゃ。

昼と夜、夏と冬。

 

世界は空虚で無意味なのじゃ。

何もかも、環になってぐるぐるめぐっておる。

生じたものはまた消えうせ、生まれたものは死なねばならぬ。

 

善と悪、愚と賢、美と醜、すべてはたがいに帳消ししあっておる。

 

むなしいのじゃ、すべては。

 

ほんとうのものは一つもない。

大事なことは一つもない。

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うーむ。。。

むなしいのか。。

 

ほんとうのものは、本当に一つもないのか。。

この世で大事なこととは・・?

 

 

 

--- y.

 

 

 

 

 

 

ミヒャエル・エンデ

『はてしない物語』 より抜粋

 

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何ごとも起こるがままに起こらしめよ。

 

悪も善も、美も醜も、愚も賢も、

すべてそなたにとっては区別ないのだぞ。
 

幼ごころの君の前においては

すべてが同じであるようにな。
 

そなたのなすべきことは、求め、たずねることのみ。
そなた自身の意見にもとづいて判断をくだしてはならぬ。

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映画『ネバーエンディング・ストーリー』の原作より。

 

区別はない。

すべて同じ。

 

求め、たずねることのみ、せよ。

自身の意見に基づいて判断しない。

 

 

うーん、太極観だ。。。

 

 

 

--- y.