今のところ、小池知事に対するマスコミ対応は、おおむね好意的だ。

しかし、マスコミは、人気を高めておいて、次に一気に、批判や批判的悪口を繰り出すくせがある。人々が転落のストリーに興味を示すに他ならないからだ。

今は蜜月にある小池氏とマスコミだが、いつどうなるかわからない。
人気スターの薬物事件しかり、小保方事件しかりである。
マスコミが誰かを落とすためには、まずは持ち上げなければならない。

事件が起きた現場に居合わせた人からの証言と、マスコミ報道は、だいぶ様相が違うのであろうが、そうしたギャップを想像できる場合もあれば、できない場合もある。

群馬大事件などは、医師が失職したが、調査側がフェアであるとの証拠は、どこにもないと思う。小保方事件の、理研調査会もしかりである。

マスコミが悪と決めたものを、追従するような第三者(と称する)調査は、フェアなものとは信じられない。

しかし、マスコミ報道の方向性は、実に単純だ。逆に、その部分は、フェアであるとも言える。マスコミの報道価値は、真実かどうかより、一般の人々が興味を持つかどうかに焦点があり、報道の方向性が決まる。
つまり、人々の興味を引くか?引かないか?であり、お金になるか?、ならないか?である。

マスコミは、記事を売るために、悪者をしたてて、それに戦う勇者の構図をつくりたがる。誰かが、悪者扱いされて被害者になる。権力や技術を持つ者、医者や政治家は、容易に悪者(被害者)になる。そして、しばしば、マスコミの正義感として機能している。

マスコミの報道の方向性は、売れるかどうかが、すべてに優先し、編集長や記者間の個人的確執や長年の怨念も、お金の前にマスクされる。逆に、マスコミ関係者の人たちの間に功績、友情などがあっても、決して機能しない。マスコミ全体で、誰かをバックアップするなどはしない。

例えば、今回の鳥越俊太郎氏は、マスコミの花形スターであった。その彼が都知事に立候補したわけだが、彼に対するマスコミ攻撃は容赦なかった。
いわば、同窓生のような存在である鳥越氏を、マスコミ人たちはサポートしないどころか、コテンパンに突き落としたのである。

鳥越氏の問題点をひたすら隠したり、全マスコミ関係者の名誉にかけて、鳥越氏が社会のトップに立つべく優れた人であるとのアピールを、マスコミ人たちはしない。

むしろ、マスコミはいろいろと個人の情報をもっているので、それを大事な選挙期間中にばらまいたりできる。
それは週刊誌を売って、お金を稼ぐいう目的に集約される。

鳥越氏は、文春、新潮を訴えたが、もはや、その告訴の顛末に興味を持つ人はいない。決して、主要記事にはなったりはしない。

今のマスコミで、悪者的役割を押しつけられているのが反小池派である。
悪者の最たるとされた都連の内田氏も言い分もあるであろう。
彼は無言を保っているので、なおさら、実際の様相がわからない。

内田氏の価値観からすると、腹の煮えくる思いで、理不尽だと感じているとは思う。
しかし、内田氏を擁護してくれる人はでてこない。長く権力の座にいて、権力をふりまわすことが当たり前になってしまっていたのか?
真田丸の秀吉は、そうした権力の権化とした人間像が強調された演出である。

内田氏は黙って去るのが、男の生き方といわんばかりに、都連の理事長を降りるようである。石原氏も降りるようであるが、何も話さない内田氏とは異なり、石原氏はいろいろ恨みつらみを話し、谷垣氏の悪口も言ったりして、人間的な面がある。
しかし、本日の内閣改造で、石原氏は、再度、大臣の職につく。

「いままで石原慎太郎氏はいろいろ業績があったのに、今回の厚化粧発現で業績がかすむのは残念だ」との小池コメントは、男性から見ると、上から目線で女性からものを言われたと感じるだろう。こうしたコメントをすごく嫌う男性は少なくないと思う。

能ある女性は、爪を隠した発言も、爪を出す発言も嫌われるものである。

小池知事の就任後の記者会見で、都政の改革について、彼女は、「改革しようとする人間は、よそ者、若者、馬鹿者である」と言ったらしいが、これもおもしろい小池語録になるだろう。馬鹿なこと、経験がないことでも、正しいと信じることをやりますという意味にとれる。愚直でありたいということか?

小池氏が皮肉っぽく、このコメントを発したら、記者も負けずに、「改革には切れ者も必要では?切れ者による改革は?」などと、記者が突っ込んでくれたら、小池氏はどうかわすか?

一瞬の言葉のやりとりが、その人の性格を表すものだ。
聞いている方は、次の言葉を期待してドキドキしてしまう。

小池氏の「悪口は気にしない!」との考え方は、悩める一般人の力になると思う。

他人から非難を浴びせられている時、それをどう切り抜けるか、そのヒントが小池語録につまっているようだ。今後も多くの切り抜け術が披露されるであろう。

他人から非難されても、意に返さないというわけで決してなく、とても傷つくが、その受けた傷を引きずらず、次の策を編み出すスキルを繰り出すのだ。

男性は、こうした女性を嫌う人もいるし、関心してくれる人もいる。
男性側の評価は、多様であると思う。

「なぜ、嫌われるのか?」のマスコミからの質問に対して、小池氏は、「自民党の全員から嫌われているわけではない。嫌わない人もいる」と答えている。

男性たちが。小池氏に接して、1段高い壇上に登るように促した時、若い時の小池氏なら、その壇上に登らずに、さらに2段高い壇上を指して、「あちらに登っていいですか?」と言ってしまったかもしれない。そういう態度の女性は、男性のひんしゅくをかうかもしれない。

しかし、今の小池氏は、干されることや、無視される人生経験を重ねて、さらに変幻自在になっていそうだ。テレビインタビューでもそうした雰囲気が伝わってくる。

今後も、小池氏は非難されたり、いじわるされたりの場面で、いろいろ流行語をつくるであろうと思う。

あるいは、小池氏は、トラブルを避けて、だんだん、つまらなくなっていくかもしれないが、そうなると残念なことだ。

小池氏のしゃべりのおもしろさは、「わたくしども」とか「でございます。」など、丁寧語が並ぶ途中で、突然、カジュアル言葉が飛び出すところだ。

演説をしている途中で、ていねいな上品言葉に、突然、短い口語的表現が入る。
これが、なかなか小気味良い。

たとえば、選挙戦前半で行われた主要候補3者そろったネット討論会(3者がそろったのはこの1回だけであった)で、それぞれの候補者は、1分の時間制限付き冒頭あいさつを求められた。

ややぎごちない鳥越氏から始まり、最後にあいさつした小池氏は、政策をまとめてしゃべった。そして、最後の1秒で、「時間、ぴったり!」とのシャープでおどけた表現を披露した。
番組の進行は、次の話題にすぐ移ってしまったため、聞いている聴衆は、笑っている間もなかった。

昨夜、TokyoMXの選挙報道において、すでに大勢が判明した後だが、勝者となった小池氏へ、かなり長時間、テレビインタビューが行われていた。
ここでも、小池氏は、疲れもみせず、複数の男性コメンテイターからの攻撃にめげず、反論や自論を繰り広げた。

コメンテイターは、松沢成文氏、田中康夫氏などの、知事経験のあるうるさ方であったが、小池氏も負けていなかった。

小池氏へのインタビュー前は、松沢成文氏、田中康夫氏は、共に、こうあるべき、ここがやれていないなどと、小池氏批判を展開していたが、インタビュー後の松沢氏は、
「インタビュー対応うまいですよね。具体的な解決策もまぜてきますよね」と、ほめていた。
一方、田中氏は、小池氏に負けてなるものか!と言わんばかりに、小池氏への攻撃パターンを変えなかった。

TokyoMXの若い司会者が、5000枚の切手の話を持ち出した時、この司会者は、当初「週刊誌報道によると、切手代5000万円が使途不明との批判があるが?切手代にしては多すぎないか?・・・」と、小池氏を攻撃した。

その時、「えっ、5000万円?」と小池氏は表情を変えた。
しかし、その後、司会者が5000万円ではなく、5000枚の間違いですと言い換えると、小池氏は、「他の方は、もっと、(切手代を)使っていますよ」と切り返した。

さらに、小池氏は「司会者たるもの、こうした大事な数値を間違えた質問はだめよ・・・・・・」と言ったので、雰囲気が緊迫した。

これに対して、TokyoMXの司会者も強気に対応した。「5000万円とは言っていない、5000枚と言った。聞き間違えではないか?」と返した。
若い司会者の強引の対応と感じたが、この両者の数秒間のやりとりには生放送の緊迫感があった。

視聴者は、少しハラハラしたが、あっという間に、先の話題に移ってしまった。
司会者も気をとりなおして、「小池さんも、こちら(TokyoMX)に出演してださい。こちらに来てください」となった。

これに対して、小池氏は、「石原さんも、報道局を持っていましたよね。」と応じた。さらに、次のびっくり発言が飛び出した。「わたくしねえ、ディレクターやるの得意なの」となったのである。

さすがにこの発言に対して、司会者はどう対応すべきか、タジタジの体であった。
こうした女性特有の率直さは、視聴者にはおもしろいが、関係者はハラハラするであろう。

当選の決まった昨夜は、遅くまで疲れを知らない様子の小池氏だったが、本日は朝から、また民報放送に出演して、次なるチクリを披露したらしい。
石原良純氏との率直なやりとりが行われた様子だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160801-00000133-nksports-ent

小池氏は、「ある意味、石原元知事らしいといいますか、そういう男性も日本にはまだまだおられるんだなぁと。せっかくこれまで功績を残しておられましたのに、今後その言葉ばっかりこれから引用されるのではもったいないなぁというふうに思いました」
こんな風に返されたら、良純氏も次の言葉につまるだろうな・・・。

今回の増田氏の決起集会での慎太郎発言は、いろいろな有名人のブログ更新
に影響を与えているようだ。

高須クリニック院長も、慎太郎発言は、極めて小池氏に有利であると言っている。
確かに、女性からの同情票を集めるには格好の内容と言えよう。

慎太郎氏自身は、どう考えているのか?本当に、小池憎し、息子かわいさから来た発言だったのだろうか?それとも、自らが目立つための話題づくりか?、反面教師的な小池支援だったのか?と言えなくもないか?

歳をとると、どんなに優れた人でも独断的になるので、本気で小池氏をけなしかったのもしれないが・・・。

年増の厚化粧との言葉を聞いて、若狭議員は泣いたというが、小池氏自身は、若狭氏を励ましたとある。一般的には男女が逆となる話しであり、こうしたエピソードを聞いた女性たちは、小池票に流れそうである。

橋下氏がさっそく、決起集会でそばにいた増田候補は、その場で慎太郎氏に抗議すべきだったと言っている。その位の度胸がなければ、政治改革などできないと橋下氏は言った。
なるほど、橋下手腕とはそうしたところか?人心をとらえるに敏な人なのだろう。

しかし、言われた小池氏は、薄化粧と言うなど、悪口を逆手にとっている。
こうした言動は、一般女性が見習える。
いやな男の撃退法と言えそうだ。

女性は、美人でなくても、いわゆるブスでも、容貌をけなされるのはこたえる。
そうして落ち込む時に、この小池発言を思い出してみるのも良い。

小池氏は美人である。60歳をすぎても、外の光の中で見ても肌が美しい。いわゆる、生まれつきのもち肌である。

厚化粧が映えるためには、土台となるもち肌が決め手であるし、美人はすっぴんでも美しい。女性の目からみると、化粧の前後で顔だちが変わるとは思えない。
厚化粧が美しいのは、土台が良いからである。
男性は、そうした顔の土台にあまり目がいかないのではないか?と思う。

話が知事選から、少しはなれてしまったが、小池氏は、ずいぶんハードな仕事を、毎日、がんばっている。そして、今日も若狭氏を伴っていた。若い区議なども、応援に参加している。

Jr金町駅前の小池氏の演説をたまたま、聞く機会があったが、声は、若干かすれていたが、小池氏は疲れたようには見えず、訴えの方向性はわかりやすく、演説パフォーマンスは上手であった。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160728-00000170-sph-soci

小池氏は、こんな風に言った。
「周り(の議員たち)が、このボスについていこうと思うような人でありたい!」と言ったのだが、「ボスとは私(小池氏)のことヨ」と付け加えた。
聞く人にわかりやすいように、解説しながらの演説法を身につけていた。、

彼女は、リーダーシップを発揮できるとの自信を示していた。

さらに、彼女は、都知事選後、新宿の都庁に行くときは、皆、都民と一緒に行きましょうなどとも言った。もし、彼女が当選したら、入庁の時に、一般人も巻き込んだパフォーマンスがあるのだろう。

小池氏の演説には、時に、小さなポーズが少し入った。幸い、すぐ言葉が回復するのだが、演説を聞いている時も、演説者の言葉のつまりは、気になるものだ。

演説者は、心に深く思うことを、人に訴えって、同意を得ることが演説の目的だ。

演説のプロは、いつも、問題意識を抱えて、自問自答していなければ、他人に訴える演説にはならない。そうしたものであるから、演説で言葉が止まってはいけないのである。

つまり、演説で言葉が出なくなること位、聞いていてはらはらすることはない。
このはらはら感は、落語を聞いている時も、時に感じるものと似ている。

落語家も、高座で演じる時には、言葉につまるミスが絶対に無いように、ずいぶん、神経をつかるだろうなと想像してしまう。

そうした意味で、言葉をつないでいく、小池氏の演説は上手であった。
Jr金町駅の演説では、例の猪瀬氏の暴露事件で、有名になった自殺した樺山都議の妻が演説を行った。彼女も、声が朗々として論旨がしっかりしていて話は上手であった。

夫の自殺後は、夫人は家にこもっていたとのことであるが、夫の思いを晴らしたく、小池氏の応援をしたと言う。この都議夫人は、演説者として才能がありそうで、夫亡き後の弔い立候補者になるような気がした。

一方、非難の対象となった都議の内田氏の名前もしっかり出ていたが、公職選挙法違反とかでないにしろ、内田都議側への名誉棄損とかは、大丈夫なのであろうか?

今日の演説会では、こうしたいろいろ大変な暴露合戦があったのだが、情報がローカルにとどまらず、すでに、広く報道され日本中の知るところになってしまった。

名誉棄損と言えば、鳥越氏のダブル週刊誌が報道する女性問題もすごいことになっている。恐らく、暴露した女性サイドは、事実無根で片付けられたことへの、怒りであると思う。

こうした成り行きを見ても、他人から抗議されたら、まずは、抗議の内容をよく聞いて、誠意を示すことが基本だ。問答無用で無視すると、さらに相手は、攻撃を強化させるものだろう。鳥越氏はうまく受け止めるという作業ができなかったようだ。

一方、小池氏は、何を言われようと慣れていると言った。この発言は、実に一般女性たちを元気づける。多くの女性は、このように強くなれず、廻りからの悪口でつぶれてしまう。

逆境にある時、どうすればめげないですむか?メンタルをやられないで済むか?そうした答えは、小池氏の態度を参考に、結局、自分自身で見つけていかなければならないようだ。

都知事選にからんで、毎日、マスコミを騒がせる事件が起きている。
今日は、石原慎太郎氏の自民党集会での言動が紹介されていた。

小池氏について、大年増の厚化粧と言ってみたり、虚言癖で困った人だと言ったりと、慎太郎氏のけなし方が、オトナ気がない。

慎太郎氏は、小池氏を応援したら、一族郎党処罰するとのおふれをだした息子を、たしなめるわけでもなく、「そこに私の息子がいて苦労している」とねぎらったとある。

おふれは、自由な日本における前時代的発想だと思うのだが、慎太郎的な批判は炸裂することはなかった。慎太郎氏は、もう、身びいきな判断しかできないのか?
すでに、一般庶民の感覚では理解しがたく、大衆的な支持は得にくい状態だ。

こうした赤裸々な政治家同士のののしり合いを、選挙民は、選択のための大事な情報として、とらえている。

石原氏は、鳥越氏についても、「売国奴だ、こいつは」と断言したそうだ。

鳥越氏は、離島での選挙演説で、消費税を離島のみ引き下げると言ったそうだが、さっそく、問題発言視されている。あきれたことに、政治家というのは、実現できるかなどを考えずに公約できる人たちであるが、減税問題を持ち出す鳥越氏は、都知事の立場を理解しない候補者であるとばれる事もわかっていないようだ。

民進党や共産党のプロの政治家たちは、彼を担いだことを後悔していると思う。

共産党が知事選に推薦候補を毎回出馬させる理由は、当選を目的とするのでなく、支持者の拡大程度を知りたいとの目的だろう。そうした意味でも、宇都宮氏の撤退は、共産党躍進の機会を逸してしまったと思う。

しかし、共産党というのは、普通の政党のように、選挙で負けたから、政策が失敗したからという理由で、党首の交代は問われない政党だ。

志位委員長は、ずいぶんと長きにわたって権力の地位にある。彼は政治的話題である限り、いつでも、どこでも、何についてでもしゃべり続けることができる人だろう。

共産党には、きわめて優秀な人たちの集団であるが、無党派層がついたり離れたりできる政党ではない。自民党のような内部での抗争が起きたとしても、マスコミ解説に乏しく、外にもれにくい。

内部的にはいろいろ政治的事件が起きてきているであろうが、ドタバタが見えにくい。ガラス張りでない政党との印象があるし、状況に応じて、考え方が変化したりは無い。平等主義は理解できるが、決して平和主義ではないだろう。

今回だって、鳥越氏が大敗すれば、本来なら志位委員長の責任問題だって出てくるはずであろうが、共産党に限ってはそうしたことにならない。こうしたところに抵抗を感じる人も少なくないはずだ。

公明党はもっと、党の締め付けが厳しいだろう。そもそも議員が立候補するかどうかの選択権は、末端の政治家は決められないようだ。党本部からの、「今度は出ろ」 「今度は引退してくれ」と、指令がくるとのこと。
候補者は、自らの判断で立候補するわけではないらしい。

最近、NHKでロッキード事件の番組があり、自民党の金権政治のしくみを紹介するものであった。防衛費には、莫大な政治資金が動き、人はこの誘惑に負ける。

どの政党も問題点が多いが、問題点を国民が知りえることが大事であるし、人々の選択の機会を増やす。

今回の知事選は、自民党以外からも小池氏に票が流れ、保守と革新が入り乱れている。無党派層の動きが読めないが、そこに新しい政治の方向性があるのではないだろうか?

トランプ大統領が誕生した暁には、日本の防衛論は危機にたつだろうから、知事選を通じて政党議論が高まり、日本の防衛論が磨かれるかもしれない。

ダイヤモンド・オンラインにて、都知事選挙の記事が載っている。
政局の舞台裏をに詳しいジャーナリストの鈴木哲夫氏に聞いて書いた記事とのことだった。

しかし、内容は、何をいまさら活字にしているのか?という感のある文章である。
つまり、すでに、多くの人が知っている事実を並べただけの内容である。

おまけに、記事の最後は、31日まで何があるかわからないとあり、当たり前すぎる言葉の締めくくりである。何の新事実もなく、とてもプロの書いた文章とは思えない。

この記事では、メディア戦術に長けた小池氏の作戦があったと書かれているが、メディア戦術と言うより、むしろ、今回の(早めに手をあげた)小池氏の行動で、彼女の機を逸しないための優れた判断力が示されたと言えるのではないだろうか?

もし、リードする小池氏が都知事当選するとなったらが、本当に素晴らしい予知能力だったということになる。

小池氏が、保守陣営で早めに手をあげた理由は明らかだ。彼女が早めに手をあげなければ、彼女の立候補は不可能だったからだ。待っていても、自民党や都議団からの推薦は、彼女にはこない。
彼女もそれを知っていたからこそ、手をあげたと思う。
そうした意味で、彼女の自民党への推薦願は、儀礼的なものだったであろう。

彼女は党内の森喜朗氏や安倍首相周辺の幹部にとっては『目の敵』だと言われているそうだ。その理由は、小池氏が女性特有の風見鶏だからとのことだが、政治家は皆、風見鶏だろうし、風見鶏でなくてはいけない人たちだろう。

権力を獲得しそうな政治家には、小池氏は近づいて愛想をふりまくくせして、その政治家が権力の座から落ちると小池氏はすぐ離れて、別の男へいくとした小池氏の過去が詳しく紹介されたりする。したたか者小池氏との記事も少なくない。

男性の記者が、男性の目線で書いた記事がある。こうした記事に良く見られる特徴は、有能な女性であると1割はほめているものの、実は9割の部分でけなすのである。女性の武器を使っていることを読者に匂わせたりする。

私の個人的な感想では、小池氏が自民党の選に入らない理由は、やはり女性であることが一番のネックなのではなかったのではないか?と思う。

都議団に大ボスがいるようだが、こうした古手議員は、女性嫌いの人が多いと思う。女性というだけで受け入れない組織というのは、今でも隠然と残っている。

最たるものは、研究界、医学界であろうが、小保方事件でも、本当に女性にひどい出来事であったし、研究界での女性蔑視の実態が明らかになっている。

次が政界の順かもしれないが・・。とにかく、知的な世界で、女性の蔑視傾向が強い。女性蔑視ではない知識人たちも多々いるはずなのに、なぜか、あまり声にならず、いじわるな部分が前面にでるのは、残念なことである。

もちろん、男女の差別の少ないのは、芸能界だと思うが、芸能界のなかでも芸人世界では、男性優位のような気がする。女性芸人などは、人気が出ても、急にテレビに出てこなくなってしまう。
何か公にできない女性排除の鉄則のようなものがありそうである。

こうした女性排除が残っているのは、女性側にも問題が多々ある。
いつも言うが、女性は体力、能力で劣っている。その結果で起きてしまう女性特有の無作法さを、男性たちは嫌う。

しかし、今回の都知事選で、小池氏は自らに推薦が来ないことを予期して、立候補した。その結果、自民党を排除されることもなく、ここまで一般選挙民の心をつかんでいるということは、本当にすごいことだ。
人々は、判官びいきを含めても、小池氏のいろいろな部分を見て評価したということなのだろう。

都政に国政の問題を持ち込まないのを基本とするなら、都政の政策などは、多くは役人が決めている。そして、役人が実行している。

つまり、知事は、その政策の一部で関与できることがあるが、知事が関与しなくても政策は続いていく。知事や議会が関与したかのように装って地方政治を動かし、役人の思惑通りにするのが、地方役人の醍醐味である。

知事に求められるのは、こうした役人たちから尊敬されるかどうかだと思う。
小池氏も、増田氏も、ここは大丈夫と思う。

しかし、鳥越氏はどうだろうか?彼が知事になれば、一番、役人と確執を起こしそうである。鳥越氏は、国政問題を持ち出したり、変に空威張りをしそうな雰囲気がある。かつての青島知事のように、役人の粛々とした努力を踏みにじるようなことも平気でするかもしれない。

そもそも、都知事選のプロである宇都宮氏の立候補を押しのけた形で、鳥越氏に決まった。普通の人なら、(宇都宮氏に遠慮して)立候補するのはできないと思う。
ジャーナリストは、他人の迷惑がわからない冷たいところがないとやっていけない職業だと思う。

見た目の良い鳥越氏は、当然、女性にもてる。彼自身で誘惑をしたかは知らないが、女性からの誘いは多かったと思う。

女性問題は必然的にあるだろうし、こうした時期こそ、過去の話は出てくる。
しかし、この騒動を訴訟に訴えて、記者の質問をシャットしたのは、すごくまずかった。

鳥越氏は、ジャーナリストなのだから、マスコミを儲けさせてあげても、よさそうなものだ。はるか昔のことなど、対応次第ではたいしたスキャンダルのもならないであろう。

鳥越氏は、記者とあれこれ話し合って、自らの弁明にもつなげ、人柄がしのばれる記事を書かせ、マスコミを売れるようにしなければいけないのである。
一般人は、皆、それを期待しているのに、鳥越氏は、問答無用で片付けた。

鳥越氏は、ニコニコ動画の討論会にも出席しない。
鳥越氏はがん患者問題を小池氏に言われて、あんなに怒っていたにもかかわらず、相変わらず、鳥越氏は、がん問題を選挙活動に利用しているのである。


知事選において、混戦状態が続いている。又、いろいろと都知事選に関連する出来事も次々に起こり、それを報道するマスコミに対する注目度も上がっている。

海外でも、共和党大会におけるトランプ報道がたけなわだ。トランプ夫人のスピーチは堂々としていてカリスマ的であった。勝負色の白いワンピースが美しく、派手すぎず上品で、婦人の容姿の美しさを象徴していた。

しかし、そのエレガントな完璧スピーチ内容がオバマ夫人のミシェル夫人と酷似しているとの疑惑が起こり、アメリカが大揺れだ。

オバマ夫人がスピーチした時は、手振り身振りが混じり、時には夫人の言葉がよどみ、オバマ夫人の心の興奮や動揺が感じられるものであった。言葉がつまったオバマ夫人は、人間的な感じだが、一方のトランプ夫人のスピーチは、美くしすぎた感がある。
もちろん、盗用問題が無ければ、メラニア夫人のスピーチも、トランプ氏が称賛するように未来のファーストレディにふさわしいすばらしいもの(見るに耐える美しさ)だったと言える。

なぜ、こんなミスが起きたのだろう?メラニア夫人は、ミシェル夫人のスピーチのファンであったとのことだが、なぜ、類似性に気づかなかったのか? 

メラニア夫人が原稿を見た時に、なぜ直さなかったのか?に疑問が残り、不思議な気がする。
トランプ陣営はだまされてしまったのではないか?との憶測が生まれてもおかしくないと思う。ここへ来て、晴れの舞台で、盗用疑惑が起きることは、トランプ氏にとって致命的であるはずだ。

一方、ライバルのクリントン氏は、あからさまにトランプ氏をけなしている。大ウソつき!と言っているのである。

しかし、日本では、先日の、小池氏の「病み上がりの人をつれてきてどうするのだ!」の演説発言に、テレビ番組(バイキング)で鳥越氏が激しくかみついた。

日本では、ローカルな選挙カーでの発言ですら、大変なことになることを示した。
この時のテレビ(バイキング)で、小池氏と鳥越氏鳥越氏のやりとりを録画動画で見ていると、むしろ鳥越氏が、がん患者の弱点を拡大解釈して、わざわざ、弱点を強調しているかのようでもある。

鳥越氏は、がん患者であることを選挙運動の売りに使っている。鳥越氏が、選挙にがんを利用した行動をしている限り、そこをつかれてもしかたないことだと鳥越氏は考えないのだろうか?

鳥越氏ががんを隠していて、その秘密を小池氏が暴いて、非難したわけではないのだ。政治家にとって病気の報道は、政治使命を失うリスクがある。
しかし、鳥越氏は、がんを逆手にとって、自らの選挙手段にしていた。
だからこそ、そこを小池氏につかれたのだ。

この鳥越氏の非難に対して、小池氏が、「これが選挙です!」と言ったが、周りの出演者たちも、この小池氏の言葉に大変な迫力を感じたと言っている。支持政党を欠く小池氏の捨て身の強さであった。

そもそも、選挙運動中のローカルな場所での発言は、テレビ報道とは異なる。聞いている選挙民は限られるからである。

もし、本当に差別的な問題発言であれば、テレビ報道ではカットされるであろう。
それでいいわけで、選挙カーでの失言すれすれの言葉を、テレビで非難するのは筋違いである。

選挙期間中のローカルな発言をチェックされたら、選挙演説などはできなくなると思う。一言一句、失言が全く無いように気をつけたら、迫力ある演説はできない。
誰も、興味をもって選挙演説を聞かなくなるだろう。

選挙運動をしている候補者は、心を体のすべてをすりへらして、ぎりぎりの精神状態でいる。

そうした激しい選挙戦の中で、本日、新たに鳥越氏の女性報道が出た。これに対して、鳥越氏は訴訟を起こしたという。ネット報道では、橋下氏がこうした鳥越氏を批判したようだ。

まさに、これが選挙だ!と言うことである。問題発言が次々に公開されることは、選挙民にとってはありがたいことだと思う。

一般人のアップする動画サイトでも、選挙演説がアップされ、多くの人が演説に触れることができるようになってきている。

今回の都知事選では、都議会の閉鎖性が暴露されたことも新しい展開だろう。猪瀬氏の都議会の暴露記事は大きな影響を与えた。

選挙は、攻撃されたら、反撃できなければならない。訴訟を起こしている時間はない。

選挙民は、候補者同士の反論に対する反論を聞いている。候補者は視野を広くして、反論には反論し、相手の候補者からの攻撃をたくみにかわして逆攻撃しなければ生き残れない。やり返すスキルが欠けていれば、候補者は墓穴を掘ることになる。

今後の選挙の在り方が変わっていく様子を象徴している。候補者の資質を判断する材料が、一般の人の手の届くところに来たとも言えるだろう。

残り四割の無党派層は、31日の都知事選で、どのような結論を出すのであろうか?


昨夜7月13日夜、宇都宮健児が突然出馬を取りやめた。
その日の午後の候補者4人のにこやかな表情を見ると、悲しい印象のショットになってしまった・・・。

宇都宮氏にとって、苦渋の決断であり、ずいぶんと残念だったろうと思う。
宇都宮氏が号泣したかどうかは不明だが、支持者たちは号泣したと思うな。

宇都宮氏は、以前の都知事選では、98万票をとり、共産党の全面的な応援があった。今回は、民進が共産党と組むという異例の共闘作戦の前に敗れてしまった。

宇都宮氏の過去をウキペデアで見ると、常に挑戦を続けた人生であったようだ。
理想主義の秀才だろう。

共産党の医療政策をのぞき見ると、共産党の政策は、理想化、単純化しすぎているという印象だ。

共産党は、地域医療は実にまじめにやっていて尊敬はできるが、医療は、追及すれば満足できるといったしろものではない。
限りなく医療にコストをつぎ込んでも、死んでしまえば終わりである。
人もコストも灰になる。後悔と不満は、必ず残る。
コストをつぎ込んだ分、後悔と不満が増大するという皮肉なものだ。

実際、医療者の中には、金儲けに走る人もかなりの数でいる。薬漬けになるような医療も行われている。

成果が期待できない垂れ流し医療に、健康を害してまで働いて得た他人のお金が使われてしまうのである。

共産党の会員たちは、まじめな知識人、秀才が集まり、知的レベルが高い。
党内で上へ登るには秀才同士の競争が激しそうな印象がある。

宇都宮氏は
、「鳥越(俊太郎)氏の政策を見ていない。野党4党の政策協定があるのかどうかも不透明」
「(野党統一候補の)選定過程が全く不透明。密室の中で決まっている」と・・・・。
と不満を述べている。

当然、宇都宮氏から見れば、どの候補者も都政の素人でしかないと感じるだろう。
しかし、宇都宮氏は、今後を見据えた深慮、遠慮を重ね、泣く泣く断念したのだろう。

一方、公明党は、野党に負けたくない、結束力を示すという意向が強いらしい。動員力のある公明党が、その鋼の動員力をより積極的に行う可能性が高くなっているとネット記事にかかれていた。

共産党とは異なり、公明党は、東大を卒業していたりするエリート創価学会員は、公明党内で出世しやすいだろうと想像できる。政教分離という言葉は、本当なのか?とむなしくひびく。

先日当選した公明党の参議院議員は、自らが創価学会員であると述べたが、平和を愛する人が創価学会に入るから家族ぐるみで入っているとコメントしていた。
この説明はきれいごとすぎると感じた。

演説のうまさという点では、小池氏が一歩、抜き出ている。
声がよくとおりきれいだ。しかし、女性は選挙戦で声を張り上げるのは不利だ。

かつての大統領選挙で、クリントン氏の声はがらがらになってしまった。
そして声のとおる演説の達人であるオバマ氏に負けた。

人心を扇動する演説になると、女性は絶対に不利だ。
声を張り上げる時に入る力が足らないのある。

クリントン氏の今も声の質は変わらないが、今回の大統領の指名選では、以前の選挙の時より、声の持ちは安定していると思う。

この選挙戦で、今後の小池氏の声は、果たしてどの位、維持できるだろうか?
ガラガラ声になって、どこまで絶叫できるのかは未知だ。

最近のテレビは、皮膚の状態まで克明に映し出してしまう。
先日の小池氏は、マスカラがはがれて目の下の頬についていたので、恐らく、彼女はこうしたところにも神経を使うだろうと思う。
泣きそうになるときは、マスカラをつけなくなるだろうな。

小池氏は美しい肌の持ち主であるが、夏の日差しで、しみしみもよれよれも増えてしまうだろう。

それでも、彼女は美しいし、カリスマ性もある。マスカラのよれよれの泣き顔だって絵になると思う。

自民党という組織には問題点が多くあるが、推薦がなくても立候補できるところがやはりすばらしい。さすが自由民主党と“自由”が入っている党だけある。
野党は、結局、宇都宮氏の自由意志を認めなかったのだと思う。

やりたいことができる社会、自由にしゃべれる社会は、やはり魅力だ。

そんな”自由”な自民党でも、いろいろ小池氏へのしめつけはあるだろうが、しめつけが有利に働くとマスコミは言っている。結局、判断するのは選挙民だ。

だから、直接選挙は人々にとって魅力だろう。
17日間の選挙戦は熱を帯びて、どうなっていくのだろうか?

都知事選候補者の集まった討論会が行われた。

前回の都知事選では、宇都宮氏しか、参加の意思表示がなく、結局、討論会がなかったという。今回は、候補者間の討論会が実現し、立候補者の政治的手腕や心を知る手段が提供されたのは良かったと思う。

今はまだ、選挙期間中でないために、選挙法にふれないのだろう。日本の選挙もデベートのスキルが求められる時代になるかもしれない。

そうなると、言葉少ない(何が本音かわからない)政治家は、不利になる時代がくるだろう。

宇都宮氏が立候補を下りず、戦うようだ。
野党も与党も、一本化ができず、ますます、混沌としているが、何といっても、東京は特別だ。

実際にトップに君臨する人を、一般人が選ぶことのできる直接選挙法の知事選は、国政の代理戦争になる。

国政への直接選挙が望めない日本では、首都の東京の知事選こそ、才能のある候補者と、知性あふれる選挙民の組み合わせになることが期待できる。

自民公明の公認候補の増田氏が敗れるようなことになれば、国政政治家の意識がかなり変わるのではないかと思う。

地方は、本来、政党の役割が低いはずだが、現実は、地方の議会は、自民党が仕切っており、知らない間に自民党で決めているということが多いと思う。
野党がどんなに正論を吐いても、決して配慮されない。
共産党が医療政策を示しても、自民党は、はなから相手にしない。
しかし、この野党からの正論が、後の自民党政策の一部にとりいれられることがあったりもする。

地方では、そうしたドンが決めるような地方政治のやり方が残っている。
だからこそ、東京ではドン的な手法が、真っ先に変わっていって欲しいと思う。

本来、地方選挙は、日本の方向性を議論するものではないとわかっているものの、今回の討論会でも、国政部分の質疑応答が一番、興味深い。

候補者たちの討論で、日本の憲法問題の重大さが理解しやすくなるのだ。

地方的な防災問題とかも大事と思うが、どの位のお金をかけてどう整備するのかは、起案すること自体が難しい。
実際に起きる災害はシナリオがない。だから、そこの議論をしても煮詰まらない。

しかし、地方を離れ国政問題になることで、候補者の顔が見えてくる。問題点が浮き彫りになる。

候補者各氏の答えた内容のうち、憲法問題が一番、焦点が見えて興味を引いた。この問題では、鳥越氏が雄弁に語った。

鳥越氏 「私は、安倍政権は戦後最悪の内閣だと思っています。なぜならば、選挙のときにまったく公約になかった特定秘密保護法を突然、国民の反対を押し切って強行し、集団的自衛権も国民に問うこともなく閣議で決定し、安保法制も国民の過半数が反対している中で強行採決しました。そして今度は憲法に手をつける。その中で特に私が憂えているのは、緊急事態条項です。自民党憲法改正草案に載っています。事態が発生したときは、総理大臣は憲法を停止して政令を別に作ることができると書いてあります。これはかつてヒトラーがやったことです。それを日本でやっていいことでしょうか」

 増田氏「憲法の問題。今問われているのは都知事選ですね。一つは都知事選と憲法の問題をそこに持ち込んでくることはどうなのかと。国政の問題と地方の問題は峻別して考えていくことが必要だと思います。しかし政治家として憲法認識はどうなのかということですから、憲法については、今の憲法の精神を十分生かす、もしそれを変えていくということであれば、改憲規定もあることですから、そういう中で十分に議論していく必要があると思います」

増田氏の答えは、最初、憲法の話題そのものを否定したが、しゃべっている途中から、増田氏は考え直した。(何か言わないと選挙に不利だと判断して)コメントを続けたようだ。こうしたところに、官僚的な態度がにじみ出ると思う。
エネルギー問題についても、増田氏の答えは優等生的で、結局どうしたいのか、わからない。
しかし、増田氏のこうした安定性に、票を入れる人もいれるのだろう。なんといっても自公公認だ。政党力がどの位に強力なのかが、選挙で示されることになる。

宇都宮氏「安倍政権がやってきた特定秘密保護は、国民の知る権利、報道の自由を侵害している憲法違反の法律だと思っています。安保法制については明確に憲法9条に違反していると、多くの憲法学者も指摘しております。海外で戦争できる国づくりをやる第一歩だと思っています。今度、憲法改悪の可能性がありますが、自民党の憲法改正草案は極めて危険な9条改正をして緊急事態条項をつくる、基本的人権を大幅に制限する内容になっています。」

宇都宮氏のこの発言を聞いても、宇都宮氏は普段から、問題意識が高いことが良くわかる。彼は、こうした分野が一番得意なのではないか?

しかし、宇都宮氏が知事になったら、役人を動かせる有能な知事となれるかは、又、別問題なのだろうな。

小池氏「第3の矢の中の一丁目一番地が女性の輝く社会づくりというのであるならば、私はそれを東京の場で実現していきたいと思っています」

小池氏が、このように女性問題をあまり前面に押し出すのは、案外不利なのではないかと心配だ。男性たちのジェラシーを買う。

小池氏の冒頭解散もすごい政策と思うが、これが改革的と功を奏するかもしれない。
都政のドン的な政治手法に対して、冒頭解散をちらつかせることはインパクトはあるだろうが、ここは未知だ。
彼女は、都議会とはぎすぎすになるかもしれない。

しかし、都の役人の上に君臨する人になるのだから、あまり役人に対してうるさいことを言わなさそうな彼女が、知事として、ご当主的な雰囲気を醸し出す人になれそうな気がしている。



今回の参院選は、18歳、19歳が投票権を持つ初めての選挙となったが、ネット記事で、日本テレビの解説委員小栗氏が解説している。以下の文章である。

18歳、19歳は、およそ240万で、有権者全体の約2%だが、「若い人たちの意思を取り入れていく必要がある」「若い人たちに政治に関心を持ってもらおう」ということで導入された。

私は団塊の世代の人であるが、この“きれいごと”解説は、納得できない。
18歳、19歳で、世の中の価値観を判断させるには、あまりに人生経験が少なすぎる。

私は、選挙権は、20歳でも早すぎると思っているが、18歳、19歳の選挙新参加が、簡単に決まってしまった(涙)・・・と思っている。

しかし、年齢を重ねると判断力も衰えることを考えると、死ぬまで選挙権があるのも問題になるとは思う。

結局、民主国家において、税金の使い道や、国防については、決めようがないから、すべての人を加えての多数決による”落としどころ”しかないのだろう。

決まったことが、どんなに納得のいかないひどい内容でも、人々はあきらめて受け入れるしかない。

若い人は、将来が大事だろうから、仕事、雇用、キャリアアップがメインだろうし、衰えた老人の気持ちも悩みなども理解できない。人は、必ずしも、賢く老いるわけではない。

今後の高齢化日本で、団塊の世代の人たちの切り捨て方をスムーズに決めていくには、若い人たちの選挙判断を取り入れていきたいと国は考えるだろう。そのための18歳、19歳の選挙権の導入であるように思う。

政治家は、財力や国力のある国のトップに立ちたい人たちあろうから・・。

都知事選の候補者でももめているが、宇都宮氏などは、過去の経験からしても、東京都の現状解析や政策分析に詳しく、常に政治のことを考えてきた政治プロだろう。

それが、本日の鳥越氏の立候補で、宇都宮氏自らの知識や経験も選挙準備も水の泡になりそうだ。

宇都宮氏は、”政治は水物”の悲しさを感じているだろうと思う。どんなに経験に厚く、政治的判断力にキャリアを積んできたとしても、それで票が集まるわけではない。
勉強のできる人たちが、必ずしも入学試験で合格するわけではないのに似ている。

一般的に、入学試験であれば、合格の判定は入学先の先生たちがする。しかし、選挙の場合、合格の判定は、試験を受けている生徒たち自身が相互評価で行うのだ。
考えようによっては、とんでもなく、理不尽な仕組みとも言える。

生徒たちの中には、良く勉強をしている生徒もいるし、勉強が嫌いな生徒、あるいは勉強そのものを全く理解できない生徒もいる。そうした生徒たちが、集まって合格する人を決めるのが、選挙である。

こうした理不尽さがまかり通る仕組みであっても、誰も文句を言わないのは、政治の試験の答えには、入学試験と違って、正解というものがないからだろう。

つまり、政治に素人な人たちでも当選はできる。
昔、扇千景氏が国政選挙で当選した時、記者会見で「これから{議員として}勉強します」と答えた。しかし、当時、美人女優であった扇千景氏のこの発言は、マスコミで問題にならなかった。

しかし、今回の参院選では、テレビ中継で、自民党の今井絵理子氏は、池上彰氏から質問を浴びせられて扇氏と同じような失言をした。

今井氏は、「12歳のときから東京で音楽活動していて、沖縄の基地問題は、これから勉強します
と答えたのである。

――つまり沖縄の問題について、立候補して初めていろいろ考えるようになったということなんでしょうか?

今井氏 はい、そうですね。
――これから沖縄の問題を考えていくことですね?
今井氏 はい、これからきっちり向き合っていきたい、

池上氏は、このやり取りの後で苦笑しながら、「これからの勉強ですか?!」とコメントしたのである。

鳴り物入りで当選した新人たちは、政治とは無縁、無知な人であることを、池上氏はテレビ画面でさらけ出させてみせた。

池上氏は、自民党の新人の元スポーツ選手にも、「選挙中、候補者の顔が見えないといわれているが・・・・」と質問した。
、当選者は「いろいろな人とふれあえなかったのは、、(選挙地域が広いので) 仕方ないです」と答えてしまったのである。
これは、失言への誘いであった。

こうして、新人たちは、ベテランマスコミ人の誘導質問にひっかかってしまった。当然、新人たちは狙われるだろう。

しかし、池上氏もコメントしていたが、失言するような人は、ある意味、正直な人と言っても良いと思う。

一方、ベテラン政治家は、失言しない一方で、正直な人では決してない!とも言える。彼らは失言しない代わりに、何を言っているのかわからないことがある。

とにかく、言葉が少なくしゃべる政治家というのはずるいと思う。質問者の誘導にはのらず、答えないのである。

日本では、こうしたよくわからないことしか言わない政治家に票を入れる人たちもいる。選挙になると、候補者同士の討論は、日本では禁止されているのだと言う。

これでは、候補者の本音が見えにくい。とっさの判断や言葉で、人の本音や人柄が見えてくることは多い。能力もわかる。

建て前を唱えるだけで、大物ぶっている政治家がいるが、彼らが真に優れているのか?あるいは、化けの皮が剥げるのか、立候補者同士の討論を見たい。

今後の日本の選挙のやり方に必要なのではないだろうか?

選挙民が政治家の本音を知ることができない。政治家にとって、都合が良いしくみは、変わってほしいものと思う。





英国のEU離脱は、エリート層に対する大衆の反乱との見方がある。大衆は、国民投票で、既存権力を持つエリート政治家に対して反発したとの見方である。

しかし、扇動的な政治家の活躍があり、彼らが権力拡大をもくろもうと活動した背景があるようだ。つまり、大衆が主役というわけではなく、利用されただけなのか?

今回のイギリスのEU離脱は、仕掛け人がいた。独立党のファラージ党首のような扇動家たちである。彼は声が大きく、英語の発音も美しいので、たぶん上流階級の人だろう。

こうしたエリートたちが、将来的な展望もなく、苦しい政治的仕事を担う気もなく、人心を動かすことをおもしろがったのではないか?

いろいろな事件の背景は、社会的格差からくる人々の嘆きと怒りがあることはしかたないにしろ、大事なことは、こうした格差が政治的に利用されるということだろう。社会不安は、扇動家の権力掌握に利用されるのだ。

内外を問わず、事件の裏には、格差に対する人々の怒りやジェラシーがある。
世界中でおきているテロには、宗教感、正義感、平等感がねじまげられて利用されている。

日本では、枡添知事の辞任劇も、知事の特権に対する持たざる者の怒りが爆発したかたちだ。違法でなければ公私混同が許されると言いたいのか!との怒りである。

STAP騒動も、似たような側面があった。
STAP騒動において、攻撃されたのは、社会的に優遇されていると名ざしされた小保方氏であり、攻撃したのは大衆だ。

この事件で、問題視すべきは、大衆の怒りを意識的に煽る人たちがいたことだろう。
この構図は過去にはなかっただろう。エリート層の研究者たちが、社会を扇動したのである。

エリート層の研究者たちは、本来、象牙の塔にいて、そんな“衆愚”めいたことはやらないはずの人たちであった。少なくとも、人々をそう思っていた。

教授の肩書を持つ複数のエリート層の研究者たちが、声高にねつ造説を訴えた。
これを見聞きした大衆もマスコミも、専門家が言うのだから間違いない!と思ったのだ。学会も含めてこんなに熱心に専門家が言っているのだから間違いない!と大衆は信じさせられたのだと思う。小保方氏のねつ造行為は科学を冒涜したものだと、人々は信じた。

しかし、エリート層は、自己主張が強く、傍若無人になりがちな人がいることを思えば、象牙の内部は混乱したなんでもありの競争社会にすぎないことに気づく。脚光を浴びたあの日から、小保方氏は戦わなければならない人生になったのだ。非難の程度が大きすぎて、彼女は、その荷につぶされた。

この事件からも、大衆の怒りの背景には、それを操る人や組織に、注意を向けるべきと教訓を得ることができよう。

扇動者は、自分たちは安全な場所にいて、“衆愚”を利用する。STAP騒動において、エリート研究者は、マスコミを利用した。関係したのは、ごく一部の研究者にすぎないが、これだけ大きな事件として広がってしまうことがすごいと思う。

不正採用された小保方氏は税金を無駄に使った人であるとマスコミは騒ぎ、衆愚”を刺激した。マスコミとエリート研究者は、画像改変を拡大解釈させて、STAP捏造を拡散させた。

華やかな脚光を浴びた小保方氏と、その研究母体の神戸CDBへのジェラシーが正当化されたのである。科学的正義がでたらめに演出された。小保方氏は、これに対して反論できる立場にあったが、体力的にできなかったようだ。しかし、小保方氏はまだ、チャンスはあると思う。彼女流のやり方でがんばってほしいと思う。

話は変わるが、今回のバングラデッシュのテロも、日本の経済援助が、日本人がテロのターゲットとなったと言われる。日本人だからこそ、狙われたというのもすごいことであり、日本のこれからの危機管理が正念場という感じである。

総じて、大衆の怒りを利用する一部の人間の政治手腕が、歴史をつくってきた。

政治家にとって、多くの人たちを政治的に扇動できた時、最高のエクスタシーを感じるのではないか?と思う。
しかし、どんな約束にしろ、政治家の言葉というのは、辞任してしまえば終わりなのである。

米国のトランプ氏にも、“衆愚”を巻き込むのがうまい。彼が大金持ちであるにもかかわらず、大衆を扇動ができてしまうことがアメリカ的だ。日本人には理解しがたい。

実際にトランプ氏の演説を聞いていると、アイラブユーという言葉をリズミカルに使っている。同じような言葉の繰り返しが多い。
トランプ氏は、「どんな人でも、どんな組織でも、どんな場所でも、私(トランプ氏)は、大好きだ!」と大声で叫んでいる。難しい言葉は使わない。
こうした単純明快な演説が、米国人の心をつかんでいるのは現実なのだ。

こうしたトランプ旋風の行き先や、今後のイギリスのかじ取りはどうなるのだろうか?日本の教師になるのか、反面教師になるのか、見ていきたいものである。

大衆に深慮、遠慮の情報が入ることで、集合知の”衆愚”は暴走しないで済むことに期待したい。集合知の”衆愚”が活躍できる社会は、多様で新鮮である。