唄;勝新太郎「座頭市の唄」
主演映画を前提とした歌曲という場合、
主役の市が、物語世界を集約して唄うという形式になりそうなのだが、
ここでは、勝新太郎さんが演じる主役市が自分の境涯を述解するという、
つまり、市の歌唱となっているという異例な者となっている。
そのため、映画作品中の台詞回しがそのまま歌唱法となっており、
映画についての評価に関しては、
いろいろと論じられてきていて、
今更座頭市論を展開するまでもないのだが、
座頭市ファンにとっては、
この曲は愛すべき作品として、長く愛されたのである。
唄;梶芽衣子「恨み節」
梶芽衣子さんと言えば、
日活の青春映画で太田雅子名で出演されていたことを思い出す。
ただただ綺麗な女優さんが演じられているといった程度の印象ふぁったのだが、
その女優さんが東映での主演女優として立ち現れたのは。
これこそがドラマだと驚愕したのであった。
それまでの東映時代劇に登場される女優さんと言えば、
物語に花を添えるお姫様といった役割で、
現代劇でも、鮮烈な印象を与える女性像というものを提示できてこなかったから、
この梶芽衣子さんの松島マニ役での登場は、実に衝撃的だったのであった。
この時期の刀利での映画製作は、
時代劇の丁低迷から残酷ものへと混迷し、
ヤクザエイ場も。牧歌的な股旅物から実録ものへの変貌が模索されていたので、
そういった渦中から生み出されたのが、[女囚サソリ」シーズであった。
物語それ自体の組み立ては単純明快なもので、
一言で言ってしまえば、裏切りに対する復讐である。
理不尽な裏切りによって被害者に追いやられた者が、
今度は立場が逆転して、加害者として復讐に立ち向かうという、
詞あがて、その裏切りがえげつなく陰惨で卑怯なものであるべきで、
その復習も巧妙で徹底したダメージを与えるものでなければならない。
従って、その裏切りの内容とプロセスを深掘りしていくと、
また、復讐劇の実行プロセスを丹念に描けば、
そこには無限なドラマの結構が成り立つわけで、
つまりは、日本の伝統的なドラマツルギーに従う者なのである。
裏切りもその復習も、
因果応報の物語であり、
[そんなことをすると、罰が当たる」と予感されることであり、
そんなことをしていると、碌な死に方をせんぞ!」とされている。
裏切る方も復習する方も、厳しく強く牽制されているのが、
日本古来のモラルという規範を、
断固守るべしと言うのがドラマの主旨になる。
復讐劇の結果というのは、
言うまでもなく「自己の命を以て罪を購う」ということであり、
実行者にとっては、
その怨念が深ければ深いほど、殺人の計画性が高く、有責性が高くなる。
ドラマをよく完結させようとするならば、
視聴者に対してある種のカタルシスを与えなければならないところ、
特異な殺人者の特異は犯行に終始してしまえば、
カタルシスどころかドラマとしての完結も見られなくなるから、
どう決着させるかが難しい問題となる。
「この「恨み節」は、
映画の主題歌で、松島ナミのモノローグの形を取っている、
「正義は世間の側にあるのではなく、私の方にある」と強く語っている歌曲である。
目力(めじから)の強い女優さんが有無を言わせずそう語りかければ、
誰が異論を挟みかけられるか?という次第で、
「怨み」という世界を表現できる唯一の女優さんと評価される。
俳優さんが歌謡曲を歌うと、本当に味わい深いのである。
唄;天知茂[昭和ブルース」
唄う俳優さんというのは昔からあって、
東映では鶴田浩二さんとか高倉健さんが唄っているし、
テレビでは、主演級の役者さんが唄うと言いことがよく見られた。
これはその中の一曲という訳なのだが、
上手いとか下手という前に、「味わい深い」とい印象となる。
なまじの本職の歌手では、この味わいは出せないとまで言い切れそうなのだが、
もっと評価されて言い分野であることは確かである。
唄;藤圭子「カスバの女」
藤圭子さんは、
出す曲出す曲が必ずヒットするという、
一世を風靡する、時代を象徴する歌手のお一人であった。
だから、オリジナルのヒット曲を取り上げ瘂ェヱるべきなのかも知れないが、
敢えてカバー曲の一つ「カスバの女」を取り上げる。
「カスバの女」のオリジナルは、
昭和30年、エド邦枝さんで発表されて、かなりヒットしたものらしい。
日本には長く娼婦小説の歴史があったから、
特に違和感もなく世間に受け入れられたものだったろう。
多くの歌手によってカバーされ、
演歌世界での「標準曲」の一つとして定着されている。
娼婦の独白を描くからと言って下品になってはならず、
自己の運命を呪うような怨嗟が過度に強調されてはならず、
無用な社会告発に傾いてはならず、
あくまで一つの物語世界の唄として、妙なリアリティがが込められてもならず、
あくまでテレビ放送というお茶の間の規範に反してはならないという、
まさに、縦・横・斜め制約が課された唄であるからこそ、
歌手にとっては自己の力量を存分に発揮されるべき歌曲になる。
実際、この曲のカバーに挑戦した歌手は、
いずれもそれぞれ成功例として取り上げられるべき実例となった。
藤圭子さんの唄は、
別壇、世を儚んでいる諦念の情を唄っているわけでなく、
「こんな女に誰がした!」といった社会艶告発や、
怨嗟の念を投げかけるものでもなく、
淡々と、自分の運命とどう折れ合っていくかという、
考えれば、強い自分の再発見の唄になっている。
藤圭子さんの歌唱は「怨歌」とネーミングされて、
それが彼女の独自な個性であるかに喧伝されたのだったが、
節度がよくわきまえられた佳作となっている。
さて、同じく娼婦の物語を歌った曲に、
唄;アニマルズ[朝日のあたる家]がある。
原曲はアメリカ民謡をベースに翻案されたものらしいのだが、
日本語詞は、浅川マキさんによるものなのだが、
この詞の後半部分で、突然「妹」が出てくる。
全体との脈絡が途切れているような唐突感が否めないのだが、
これは、「カスバの女」が妹と会いたいとか言っているから、
つまり、「カスバの女」の軸変になっていると言える。
物語の主人公は、
カスバS(アルジェリア)からニューオーリンズ〘アメリカ〙へと、
売られ売られて流れ着いたわけで、
国際的な人身売買のシステムを告発した唄か?と茶々が入ってくる。
唄;大月みやこ「女の海峡」
大月みやこさんは、キャリアの長い歌手で、
演歌界の先頭を走ってこられた方だから、
「大月演歌」とその特質を味わうことになる。
たくさんの佳作・優作。・ヒット作を世に送り出されたのだが、
そのいずれもが、大月演歌の世界を唄うもので、その完成度は高い、
それでは、大月演歌の特質とは何か?
例えば、演歌世界とは、
辛い・哀しい・苦しい・寂しい・・・という、否定的な感情の振り幅の中で、
決して自己を見失わないという決然たるものが表現されているわけで、
辛い・哀しい・苦しい・寂しいといった状況に沈潜し、
詠嘆するだけのものとなっていない。
つまり、常軌を逸しない主体性が語られているのである。
このことは、演歌が誰に向けて唄われるものか>という問いに答えるものである。
演歌世界が、特殊で非常な感情世界を表現するものであれば、
一般の「常民」の感情経験からは受け入れがたく、
従って、何処までも「常民」の受け入れ可能な感情の振れ幅にとどめないといけない。
特殊なな人生での異常な主人公の人生模様を、
一般的。普遍的なものに読み替えていくのが、表現者たる歌手の務めである。
しかし、これが一歩間違うと大衆迎合となって、
「何が面白い?」
「何が胸をいつ?」
等、凡庸極まりない唄に堕してしまうのだが、
その辺りを克服するのが、大月みやこさんの歌手としての実力なのである。
一言で結論づけると、「手弱女ぶり」を唄う唯一無二の歌手なのである。
では、
唄;中村美律子「美津子の河内音頭」
中村美律子さんの河内音頭にはいろいろなバージョンがあるようで、
時と場合に応じて唄い分けておられて、
いずれも楽しい楽曲になっている。
民謡をベースに演歌味を加味した歌謡は、独自の境地である。
主に盆踊りの場で歌われる歌である、
一年の豊穣な収穫に感謝し、
村落共同体の誰もが総出で、
この地に根差した日々の生活を全面的に肯定し、
来るべき一年のまた新たなる豊穣の収穫を祈念するという、
大切な場で歌われる歌であるから、
徹底的な祝祭歌なのである。
だから、参加者全員の心が沸き立ち、
極く自然に体が動き出し、
唄い出し、
歌と踊りが一体化するのである。
唄;都はるみ[千年の古都] (その2)
この「千年の古都]そのものについて、若干補足しておきたい。
[千年の古都]というと、
つまりは京都を唄ったものと言える小田が、
驚いたことに、京都を意味づける具体的な神社仏閣や地名が皆無なのである。
標題として千年の古都という限りは、
京都以外に唄の舞台はあり得ないことになるのだが、
歌詞の中身に京都を示唆する特定の固有名詞もないわけだから、
京都以外が舞台であっても不思議はないことになる。
また、千年と詠嘆してみたところで、
宇宙の138億年の時の流れと対比すれば、
ほんの瞬間にも値しないわけだから、
京都の都市も人々も、ほんのかりそめのものでしかない。
街や人の固有名詞を挙げてみても、何の意味も無いのである。
「永遠」とか「悠久」とか言ってしまえば、
あらゆるものは意味を失うのである。
特に、演歌の世界では、
「浮世」と「憂き世」のかりそめの運命模様を描くものであるから、
悠久や永遠という言葉の前では、意味が無くなる。
だから、千年の古都と詠嘆して歌い上げるのだが、
聴き手の側からは、「挽歌」としてしか受け止められないのである。
演歌界のトップランナーとして長く活躍してこられた都はるみさんが、
演歌そのものに投げかけた「晩夏」だったのか?と、思ってしまう。
唄;都はるみ「千年の古都」
都はるみさんは、鮮烈なデビューを果たした歌手で、
その特質は、「はるみ節」と称された独特の「うなりの唱法」があった。
この唱法によって、感情表現の幅が広がり、
歌い終わった後のカタルシスがぐっと深まったわけで、
広く支持共感されたのも当然の帰結であった。
しかしながら、このはるみ節を封じた「北の宿から」では、
この歌手の備えている実力が遺憾なく発揮されて、
爆発的なヒットになったのだが、
この歌曲の本誌というのは、
切々たる手紙文の内容にあふれる「優しさ」が、
演歌特有の執着・未練・恨み・・・といったマイナスの感情を超えて、
語られるところにある。
この「北の宿から」で開拓路線をそのまま発展させていくのかいう期待に反して、
実際に踏み出されたのは、夫婦間における「献身愛」であった。
大阪を舞台とする関西演歌の本流を踏襲する姿勢というものが、
ネイじゃjy美されたのである、
大阪を主な舞台とするかんさいえんかとはなにか?
結論を言えば、近松門左衛門という江戸期の作家が描いた人間模様を、
近代以降の日本円か・歌謡曲は[翻案]し時代に沿ったものに仕立てた世界なのである。
江戸期文芸の特質と言えば、
この世を[憂き世]と[憂き世]に分別し、
時に[憂き世]に生きる人々が担わざるを得ない悲劇を描ききるところにあるのだが、
その[憂き世]の悲劇を乗り越えていくのが[献身愛]なのである。
つまり、[献身愛]があってこそこの世の不条理は乗り越えられるというわけで、
封建的とも言えそうな旧い女性観が、徹底的な女性賛歌となっているのである。
大阪演歌というものは、そうでなければ成立し得ないのである。
[憂き世]と[憂き世]という時代認識は、
現在というものは決していつまでも続くものではない、
という決め込みが含まれている。
[私の永遠の献身愛は、現時点での世を必ず超克できる]という確信である。
それでは、「憂き世」と[浮世]と認識される現世と対比される永遠とは何を意味するか?
「瞬間」の中に[永久]を察知し、永久という観念を瞬瞬間に読み取るというのは、
つまり、瞬間と永遠というのは重ね合わさっているというのが華厳の教えである。
輝く星の光が希望の煌めきと解釈する発想の根底にこの華厳の教えがあるのだが、
大阪演歌の根底には、日本的な思念が織り込まれている。
この[千年の古都]は、勿論演歌的歌唱で唄われているのだが、塩か世界のものではない。
唄;和田アキ子「土砂降りのの雨の中で」
和田アキ子さんがこの唄でテレビに登場されたとき、
ちょっと衝撃的なものがあった。
ちょっと高めのアルトでで可愛く唄うというのではなくて、
ちょっと低めのドスの利いたダミ声で、
しかし、情感たっぷりに唄いきるというのは、
他に多いアイドル歌唱とは全く区別された異次元なものであった。
その独特の個性が、「大阪のネーチャン」という一種の「色物芸人」の扱いで、
その歌唱力が正当に評価されていたとは思えない。
だから、ご本人が旺盛なサービス精神の持ち主でおられることから、
いろいろなバラエティ番組で活躍されることとなった。
他に類例のないキャラクタの持ち主であったところから、
世間で広く愛されたのだったが、
ご本人にとっては不本意な日々だったかと思えるのである。
とえば、酒の上での失敗や乱行が面白おかしく語られるが、
現在までもあの声質が維持されているところから拝察すると、
日々、かなり厳しい節制を心掛けておられることがうかがえて、
仲間と群れて毎日面白おかしく暮らしエイルような古都ではないはずなのだが、
世間の自己に対するイメージに沿った振る舞いということだろうか。
正確に言うと、私は和田アキ子さんを歌謡曲を歌う歌手ではないと見ている。
恋情を切々と唄い上げるバラード歌手ではなくて、
その本領はブルースなのではないのかと思っている。
歌謡曲によくあるような、ベタネタの恋愛曲を歌いながら、
「こんなもん、些末なことやない?」とか、
「いつまでも引きずって回ってもしゃあないうない?」という、
冷めたものが感じ取れるのである。
だから、歌唱は圧倒的に感動的ではあるのだが、
素直にごつにゅう出来ない者が違和感として残る。
「お仕着せ」の歌曲をただ唄うだけの歌手ではないのである。
唄;藤島恒夫「月の法善寺横町」
大阪を舞台にした演歌・歌謡曲というと、
数え切れないほどあるのだが、
私にとって先ず筆頭に挙げるのが本曲である。
曲の主旨は、
修行中の調理職人が、
更に腕を磨くために他所に転職に向かうと決意したのだが、
そのために、一時の別れを港人に告げるというものなのだが、
その別れが辛いとか寂しいと唄ってはいるのだが、
本音のところは
「よし、ヤッタルで」という、希望の旅立ちへの決意なのである。
このように、歌詞の内容と実際に歌声から受け取れる相反するというのは、
日本の塩か・歌謡曲では佳くある技法であって、
藤島さんの歌唱はあくまでも明るく決意に満ちており、
しばしの別れなんぞ、何んぼのもんじゃ!という突破力が表現される。
実は、ここにこそ職人の人生観というものが鮮やかに描かれている。
職人の人生において、
勤務先の廃業や倒産といた、他から強いられた不本意な事態によって。
転職が余儀なくされるという事態もあるのだが、
反対に、自らの技量の向上を目指して、
自らの意志によって転職を目指すという事態も決して珍しいものではない。
世間的には、転職を繰り返すということはマイナスに見られがちだが、
ある種の職人人生においては、転職歴というものは本人の修業歴であり、
最終的には、独立自営の事業体を確立するための準備履歴なのである。
もっとも、転職歴を反復することによって技量を向上させるという生き方があり、
あるいは、見習いから叩き上げて、
「暖簾分け」を期待するという生き方もまたあり得るわけで、
それぞれの職人人生のあり方は多様である。
その他要請に向き合って、それぞれの人生行路を定めていく選択が、
その人生そのものなのである。
この唄が、
自分の人生の岐路に立たされた者の、
自信の籠もった決意と、明るい可能性に満ちた未来への確信とが語られる。
広く世間の共感を呼ぶ所以である。