【資料頒布のご案内】
ハンドラップ技法とそのためのCBN砥石の使いこなしについて、
その概略を説明した資料を作成・頒布しております。
メールにてご請求いただければ、
返信メールの添付ファイルとしてお届けします(勿論無償です)。
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《実務レポート》CBn砥石の使いこなし
【はじめに】 ・・・・・・・・・・・・・・ 3
【1】ラップ技法とその道具立て ・・・・・・・・・・・・・・ 4
【2】ラップ工具としてのCBn砥石 ・・・・・・・・・・・・・・ 5
【3】目立て砥粒の話 ・・・・・・・・・・・・・・ 7
【4】目立て油の話 ・・・・・・・・・・・・・・ 9
【5】目立て定盤について ・・・・・・・・・・・・・ 10
【6】目立て作業での砥石面の整形 ・・・・・・・・・・・・・ 12
【7】砥石ラップという技法 ・・・・・・・・・・・・・ 14
【8】遊離砥粒ラップ/湿式の技法からの転換 ・・・・・・・・・・・・・ 16
鏡面ラップ技法についての補論
【はじめに】 ・・・・・・・・・・・・・ 18
【1】「鏡面」とはどのような面をいうのか? ・・・・・・・・・・・・ 19
【2】超微細加工のための遊離砥粒ラップ/湿式でのラップ技法 ・・・・・ 19
【3】超微細加工のための固定砥粒ラップ/乾式でのラップ技法 ・・・・・ 21
【4】補遺:ラップ資材の調達準備のために ・・・・・・・・・・・ 22
一般的には、他に文献資料もほとんど皆無な分野ですから、
何らか役に立つこともあるかと思います。
請求先メール・アドレス miwa@miwa-sokuhan,com
唄;山口百恵「曼珠沙華」
「彼岸花」と普通に呼ばれている秋の花なのだが、
秋のお彼岸の頃に咲き始める花である。
この頃、バイクで北嵯峨周辺に出掛けるのだが、
豊かな稲穂を実らせた田の畦道に彼岸花が咲き、
独特な景観をもたらせていた。
彼岸花の立ち姿が、あたかも地獄の業火のごときイメージと重なり、
旧くは、葬送の地であった嵯峨野の土地のイメージと相まって、
丁度夕暮れ時の日没を背景にして写真を撮りに訪れる人も多く見受けられた。
嵐山の渡月橋から眺望する西陽の日没も凄い光景だが、
北嵯峨のこの光景も、旧き平安京の歴史を辿る現在なのであった。
しかしながら、いつの間にか、この北嵯峨の辺りの田が休耕田というか耕作放棄地となったらしく、
その光景も一層寂しいものとなった。
彼岸花も疎らに貧相な咲き方となって、ただの田舎の景色となってしまって、
情趣も何も失われてしまったのだった。
何年か以前にコスモスが植えられていたのだが、
何とも場違いなもので、
嵯峨野にはコスモスは似合わない。
私が高校生の頃、嵯峨野の田植え前の風景として、
一面にレンゲ草が咲き乱れていた。
その年の田作り準備の一環なのであった。
そのような光景は近年では他にも見ることもなくなり、
かつての日本農業の原風景もすっかり喪われた。
お前100まで、わしゃ99まで
今日は敬老の日の休日ということで、
何が目出度いのかようわからんといったところ。
お前さんが先に逝ってしまうと、
遺された俺はよう生きてはいけないから、
一日でも先に俺が逝ければ言うことにし、と言ってはいるんだが、
これ、本気。
昔の人も、同じことを考えていたみたいだ。
人目惚れした相手と結婚できて、
一男一女を設けてしっかりと育て上げ、
その惚れた相手にあの世に送ってもらえるというのは、
至福の人生であったというのだ。
この世に未練を残すということは、決して無いということだ。
肉厚用板ゲージ・テーパー仕様
ハサミゲージは、原則的に、通り・止まりの2段型が製作され供給されてきているのだが、
っべつだん、この2段型でなければならないというものではなく、
いわゆる限界ゲージ方式という寸法検査システムの枠内で、
様々な仕様が可能なのであって、
それぞれのユーザーのそれぞれの検査システムに適合した、
ゲージが設計され製作されてきているのである。
そのうち、肉厚用板ゲージ・テーパー仕様というものが、
以前より開発され運用されてきている。
設計原理として、
検査規格の最大値〘通り部〙と最小値〘止まり部〙との間をテーパーで結んだものだが、
この最大値と最小値の設定、
両部を結ぶテーパーの長さ、
等のバリエーションによって、利便性が大きく異なってくる。
ルウレイ、ゲージの活用という場合、
「検査用」と「製造用〘工程用)」の2種類のゲージを準備するのだが、
その両者を1個のゲージで兼用することが出来るということと、
ワークの実寸法が合格範囲のうちで何処に位置しているかを一層正確に把握できるという、
大きなメリットを有するのである。
設計は可能なのだが、実際に製作できるかは別問題で、
最初はテーパー部の長さを24mmで企画されたものが、
それでは使いにくいと、
32mmでどうか、とか、最終駅には48mmとすることが可能となって、
それをベースにに、更に工夫が加えられることとなった。
当初のゲージ素材はYG-4にニッケルメッキを施したものであったが。
そのうち、クロムメッキを施したものや、
硬質クロムメッキを施したものが工夫されたが、
結局、ゲージ材質そのものを焼入れ可能なステンレス鋼、SUS420J2となって、
つまり、この時点で、肉厚用板ゲージのみならず外径用板ゲージもステンレス鋼製として、
ゲージの防錆問題は解決されたのであった。
1997年のことであった。
ステンレス鋼製ゲージは現在も引き続き供給されているが、
主要な用途先が塩ビ関東の射出成型品であったところ、
これは極めて限られたユーザー用途に限定されるわけで、
そのために、ダイス鋼製ゲージを開発したのだったが、
そのルーツは、SUSI20J2である。
渡る世間は阿呆ばかり
世の中にはとんでもないお馬鹿さんがいるようで、
顧客からの注文の中身をよく調べもしないで、
とにかくその受注を貪欲に取る業者がいる。
受注をゲットしてから、おもむろにその供給元を探すのである。
競争他者を出し抜いて受注に成功した時点までは得意絶頂なのだが、
供給元を探し出すのにとんでもなく苦労させられることがある。
足下を見られて、
とんでもなく高額な価格を吹っかけられたり、
想定以上の納期を要したり、
手抜き放題の粗悪品だったりもする。
これでは発注元のユーザーも黙ってはいない。
あれやこれやで、結局思ったほどの利益も出なかったりすると、
安直に手を出すと大怪我をすると思い知らされて、
行儀の悪い商売から手を引く・・・となると教訓話の一つになるのだが、
改まることはあまりないみたいで、
懲りずに、
受注してから供給元のメーカーを探し回って、
結局、その注文の引き受け先が見つからずに、
注文が宙に浮いてしまって、担当者が頭を下げ回る、ということになる。
当方にも、時折、「見積もり依頼書」というものがFAXされてくる。
その内容を見て、
「これは、他に引受先が見つけられなかったものだな」と推測できるものがある。
無視しておくと、そのまま音沙汰がなくなるから、一件落着。
担当者がその責任を取ったという話は聞かないから、
どいつもこいつも「相身互い」とばかりにかばい合っているのかも知れない。
営業職というのも、決して綺麗事で済まないのだ。
「もう、どうにも止まらない」by 山本リンダ
今まで陽の当たる表街道をブイブイいわせながら闊歩していた連中が、
一夜明けて、
薄暗い裏街道をこそこそと逃げ回るという仕儀に陥った用心棒達。
何せ、一宿一飯の恩誼を盾にして、
この先もズーッと飼われてもらえるはずが、
素人さんの街場の方々にすっかりご迷惑をかけてしまっていたと糾弾され、
すっかりと居場所を喪ってしまったのである。
しかし、おとなしくは引き下がれない。
用心棒には用心棒としての維持もある。
どうするんかね?
沖縄県・辺野古事故
事件から半年がたち、
関西でも地元テレビ局各社が改めて事件報道をするようになった。
私がが確認できたものでも、
9/16夕方のニュース番組で、毎日放送と関西テレビとで、
かなりの時間をつぎ込んでの調査報道になっていた。
今まで報道が差し控えられてきたものだから、
却って報道が詳細に成されることになったから、
事故当事者にとっては「人の噂も75日」としらばっくれていればいずれ逃げ切れると、
そういった算段を見込んでいたのだろうが、
全く逆な事態となった。
知事選での敗北という、まさにその翌日に事実上の「報道解禁」という、
こんなご都合主義の報道をしらっとやってのけるテレビ局というのも凄いが、
サヨク各派への逆風が一挙に吹き荒れる。
サヨク各派にとっては、
基地反対闘争全体の枠組みが露呈し、
タニマチ主義というかパトロン然とふんぞり返って、
その「外部委託主義」「外注主義」「請負主義」という腐った無責任体制と、
その委託先・外注先・請負先の余りにも無責任・無知蒙昧・無能が、
「呪い」となって報復される。
もう逃げ場はないのである。
泣き女
昔、韓国の民俗文化を学んだ際、、
「泣き女」の習俗があることを学んだ。
「泣き女」というのは、葬儀の時に、
遺された親族の代わりに、親族以上にその死を嘆き悲しみの泣き声を挙げる女性で、
逆に言うと、
女性は近親者の死に立ち会っても、声を挙げ涙を見せることはタブーとされたということだが、
その「泣き女」の泣き声が大きいほど、涙の量が多いほど、
遺族としての悲しみと哀悼の情は大きく深いものと周囲からは理解されるという。
ある種の専門職と言うべき芸人なのであったらしい。
最近ではそういった類いの話は聞かないから、
このような習俗はなくなってきているのかも知れないが、
日本においても、成人女性が脇目も振らずに泣き叫ぶといった行態は抑制される。
ところが、日本共産党の田村委員長は、
記者会見という公式の場で、泣いて見せたわけである。
選挙に負けたという事実を前に、
その悔しさ、無念さ、悲しさを抑えきれずに、実直に素直に表明したという、
言うなれば素直に人間臭い表現であるとご本人は計算したのだろうが、
また、この有り様は「大衆的前衛政党」のおっ婦としても相応しい姿勢だと確信したのだろうが、
実際には、とんでもない計算違いをしてしまった醜態なのであった。
そもそも、革命的前衛政党のトップに立とうという人物であれば、
若い頃から科学的社会主義の思想によって鍛え上げられ、
日々の実践活動にあっては、辛いこと、厳しいこと、悔しいこと、哀しいことの連続であって、
特に近年に至っては、毎日泣く思いでひたすら耐える日々なのである。
泣いていて済む話ではないのである。
耐えて済むように強く立ち向かうのである。
しかしながら、このご当人は、
大衆的前衛政党のトップとしての大衆的人気と信頼を得ようとして、
何よりも素直な実直性を大切にしたいと心掛けておられることは好感するのだが、
かつて絶大な人気を誇ったアイドル歌手を踏まえて、
「ぶりっ子」を演じればマスコミ受けなり大衆受けをすると考えたらしい。
ところが、この本家「ぶりっ子」は、
ある歌謡賞の表彰式で、
涙を一つぶだにこぼすことなく感激に泣くという芸を披瀝したものだから、
泣いてみせるという芸も芸のうちという通念ができあがったのである。
この芸も、19や20の若い娘が演じるとかわゆいということになりそうだが、
ご立派な中年女性が演じて「芸」と言えるものとなるのかどうか。
むしろ幼稚な醜態というべきものとなるだろう。
お気の毒ながら、
器に及ばない役割を演じようとするから醜態となる、
極左の、ルン・プロのブランキズムを、プチ・ブル的なパトロン根性で利用しようとするから、
国民的な信頼を失う。
国民的信頼を失うから、沖縄県政を喪う。
京都の蜷川民主府政の崩壊劇と同じ轍を踏んでいる。
もし沖縄県知事選の敗北の責任を取らせようとするならば、
オール沖縄の立て付けを完全に壊滅させ、
サヨクの内ゲバ体質を公然と露呈させた社民党の迷走ぶりこそ、
日本共産党として徹底的に批判すべきなのである。
唄:金田たつえ「花街の母」
日本の演歌というものは、
人生の機微に通じる智慧と感性に満ちているわけで、
歌詞について、深読みしたり読み替えたりして、
また別異の意味を読み取ることも可能なのである。
例の沖縄知事選の結果について、
様々な総括がこれから成されることとなうだろうが、
私ら京都の人間にとっては、
戦後に盤石の政治体制を構築してきたいわゆる蜷川民主府政の崩壊劇の、
まさにカーボン・コピーを見せつけられている具合なのであった。
あのときも、蜷川氏は対立候補陣営の卑劣な謀略工作を非難して見せたものだが、
今回は、SNSを通じての悪質な謀略が仕掛けられたと言い、
公平公正で無垢な沖縄県民の意思がねじ曲げられたものという。
選挙戦で敗北させた民意が憎いとまでは言えないものだから、
とにもかくにも誰かが悪いと言い立てているに過ぎない。
負け惜しみにもなっていない。
一貫して民意の支持を失って負け続けてきたサヨクが、
その負けの前例を無反省に踏襲してきたからこそ、
選挙総括は常に、「支持は広がった、団結は深まった、しかし一歩及ばず敗北した」となる。
驚いたのが、選挙結果後の日本共産党。田村委員長の記者会見でのことである。
選挙結果について、相手陣営に完膚なきまでに敗北を喫して、
怒りと悔しさをにじませて泣いて見せたのだが、
選挙の敗因は、オール沖縄という幻想的デマゴギーが崩壊し、
基地問題を国際世論化しようとする手詰まり状況を露呈し、
沖縄の経済的・社会的窮状に何ら有効な施策を打てなかったという状況に対して、
日本共産党はいかにしてその責任を知事とともに分有するかについて、
何ら応えてはいない。
常に、責任を負わない第三者なのである。
こんな無責任な党の代表者が涙を込めて怒って見せても、
三文役者の田舎芝居を見せつけられているようで、
笑う気にもならない。
落ち行く平家も哀れなり
沖縄県知事選。
午後8時丁度になった途端に当確が打たれるという、
まさにぶっちぎり勝利。
この勝利というのは、顧みれば、
今年2月の衆院選の結果から容易に予測されたことなのだが、
その勝因。敗因については細かく分析されるだろうから、
それを待つこととしたいが、
私から言わせれば、
県知事たる者が一介の活動家に身をやつしてしまえば、
世間から簡単に捨てられるということでしかない。
老醜を晒しながら、何をばたついていたんだろうか?
「これにて一件落着!」といえばドラマは完結するが、
翌日からは、苛烈な落武者狩りが始まるのである。
初秋の頃
珍しく今年は鉦叩きの声も二カ所で聞こえて、
その代わり、例年ならうるさいほどのコオロギの声が潜まって、
例年との違いが意識されてはいる。
秋霖前線の活動が活発で、
残暑も厳しい日々が続くようだから、
今年の紅葉はきっと斑(まだら)になると違いない考えたりもする。
毎月定期的に、古紙回収業者さんに頼んで古新聞の回収を委託してきたのだが、
8月の回収はなかった。
そういえば街中でもめっきりその姿を見かけることが少なくなってきたから、
古紙相場の乱調やガソリン代の高騰もあって、
古紙回収業そのものが窮屈になってしまっているのかも知れない。
古新聞、古雑誌の処分に難儀するようだと、
真っ先にこれらの購読を止めてしまおうと、密かに考えている。
コンビニでの雑誌や週刊誌の販売もなくされていくようだから、
そうなったら、週刊誌の購読も止めてやる。
皆、同じことを考えているんだろう。