京都暮らしの日々雑感

  【資料頒布のご案内】


ハンドラップ技法とそのためのCBN砥石の使いこなしについて、


その概略を説明した資料を作成・頒布しております。


メールにてご請求いただければ、


返信メールの添付ファイルとしてお届けします(勿論無償です)。


《実務レポート》CBn砥石の使いこなし
【はじめに】 ・・・・・・・・・・・・・・ 3
   【1】ラップ技法とその道具立て ・・・・・・・・・・・・・・ 4
   【2】ラップ工具としてのCBn砥石 ・・・・・・・・・・・・・・ 5
   【3】目立て砥粒の話 ・・・・・・・・・・・・・・ 7
   【4】目立て油の話 ・・・・・・・・・・・・・・ 9
   【5】目立て定盤について ・・・・・・・・・・・・・ 10
   【6】目立て作業での砥石面の整形 ・・・・・・・・・・・・・ 12
   【7】砥石ラップという技法 ・・・・・・・・・・・・・ 14
   【8】遊離砥粒ラップ/湿式の技法からの転換 ・・・・・・・・・・・・・ 16
 鏡面ラップ技法についての補論
   【はじめに】  ・・・・・・・・・・・・・ 18
   【1】「鏡面」とはどのような面をいうのか? ・・・・・・・・・・・・ 19
   【2】超微細加工のための遊離砥粒ラップ/湿式でのラップ技法 ・・・・・ 19
   【3】超微細加工のための固定砥粒ラップ/乾式でのラップ技法 ・・・・・ 21
   【4】補遺:ラップ資材の調達準備のために ・・・・・・・・・・・ 22



一般的には、他に文献資料もほとんど皆無な分野ですから、


何らか役に立つこともあるかと思います。


 請求先メール・アドレス   miwa@miwa-sokuhan,com



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お前達はもう死んでいる

衆院総選挙の余韻がまだ続いている。

社民党の消滅と言うことが改めて論及されているのだが、

つまりは、

候補者を当選させる力は全くなくなっていたが、

内ゲバは出来るということはやって鋸たわけである。

党に恥をかかせた者は許さない、党幹部のメンツを傷つけた者は必ず潰す。

そういう私怨に駆られて、内ゲバに踏み込んだのである。

アホが血迷うと、何をしでかすか?というほんの一例なのだが、

何をどう言おうと、論理性も思想性も喪失した愚劣極まりない醜態であった。

 

 

ここまで至っても、

その責任論も、党再建論も出てこない。

こういう終わり方をするのも、この党に似つかわしい葬送なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、誰もいなくなった・・・。

爆笑問題の太田氏がやらかした暴走劇について、

SNS上でも様々に論じられているが、

私はと言えば、

放送作家が予め仕込んだ台本を、演者たる太田氏が

演じ損ねてダダ滑りしてしまったという失態劇だった訳なのだが、

攻め込んだつもりが関西弁で切り替えされて、

ずいぶん怖い目に遭わされたことだったろう。

京都の人間なら、「いややわ、そんなイケズ言わんといて」となるところだが、

京都以外の出身者ではマツもな対応は出来二だろう。

何せ、権力の中心で千数百年の間権力闘争を勝ち抜いてきた公家達の話法に、かなう者は誰もいないのである。

 

選挙報道番組をエンタメ化した試みは、

テレビ局そのものの経営を揺るがすものとなってしまったから、

放送作家の首を差し替え演者を交代させたとしても、回復できるものではないから、

他の報道番組もその製作意図が疑われることになるだろう。

 

そこでラサール石井氏なのである。

素人芸人に突っ込まれて立ち往生するといった醜態は仕方ないのだが、

予め用意された台本がなければ何も語れないというのでは、

老残の極みなのである。

だから、ラサール石井氏を党のスポークスマンとして走らせておくのは、

社民党幹部の保身としか理解できない。

誘惑されて捨てられて

今回の衆院選の総括として、一応の見解が出揃ったようなのだが、

衆院選対策の一方途としての新党合流という戦術が、

一応は選択肢の一つとして成り立つという前提で語られているのだが、

新党合流せずに選挙戦に臨んだなら、

かなりな敗北は喫しただろうが、

余りに惨めな敗北に撫で追い込まれなかっただろうと思えるから、

こんな惨めな敗北を招くような選択を何故したのか?が問われる。

 

公明党にとったの最大の成果は、

小選挙区選からの撤退という危機に際して、

退勢が伝えられる公明党の集票力の現勢を徹底的に秘匿できたという点にあって、

それだけで、「相変わらず睨みが利かせられる存在」であり続けることが出来た。

 

立憲民主党にとって、

公明党による監理・統制下におかれて、

公明党の下で党の再建を計るというアホみたいな状況に追い込まれる。

公明党にとって、立憲民主党がどうなろうと構わないわけで、

次の衆院選まで飼い殺しにしておけば済むだけの話なのだが、

立憲民主党にとっては、踏み絵を踏んだ報いでしかない。

 

建国記念日

総選挙の結果を受けて、

新しい日本の歴史が拓けるという期待がある中で、

建国記念部を迎えるというのも、

何かの暗合めいた巡り合わせのようなものではある。

暦の上でだけのことで、そこに何の意味も無いんだろうが。

 

世間では祝祭日の休日なのだが、

私は仕事をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

総選挙が終わって

結果についてはいろいろ報道されているので、

特にここで論じることもない。

ただ、新たな歴史の歩みが始まったということである。

かつての日本では、

自民党による改憲の阻止のために、

野党勢力が議会の3分の一以上を護ることに必死を尽くした。

今回は、誰もそのことを言い出さなかったし。

誰もその努力をしなかった。

つまり、全政党が自民党のステルス支持政党と化していたのである。

だから、国民の意識そのものが、

これ以前に大きく転回していたのである。

何処へ向かうのか?

 

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す

さまざまな罵詈雑言も含めてSNSも盛り上がった選挙戦だったが、

結果は今日中に出てしまう。

どうあがいても、立憲民主党の集団自決みたいなものだったから、

この間の事情について、詳細な検討がなされるだろうから、

それが公開されてから新たな論証がなされるだろう。

 

立憲民主党の側に立てば、

公明党が見せた固定票は単なる見せ金に過ぎず、

内輪は火の車であったはずである。

しかしながら、その見せ金に縋ったのは、

基本的な支持母体であったはずの連合票について、

どう計算しても当選するにはとても足りないという判断があったはずである。

連合の側から言えば、とんでもなく不本意なことで、

立憲民主党を支援し支持していくだけの力量が無いと、

世間に公言されたみたいな事であった。

 

野党第一党で、連合の強い支持支援を受けている、ということが

存在意義の根源をなしている立憲民主党にとって、

その肝心の連合の支援力に不安を持っているということでは、

恒例の固定票にしがみつきたくもなるだろう。

連合にとっては、屈辱以外の何者ではない。

踏み絵を踏んで公明党に走るような連中を、この先支援できるのか?

その意味で、今回、とんでもない恥をさらしたのは、連合だろう。

 

 

選挙後は、苛烈な「残党狩り」が進められるあろうし、

出来ることなら、ひっそりと落人村で片寄せ合って生きていく以外にはない。

何せ、戦後日本を広く呪縛してきた「リベラル気分」が、

その気分を支えてきた、学会、労働界。マスコミ、が、

立憲民主党の壊滅と同時に漂流しだすのだから、

その戦線の再構築は容易なことではないのである。

 

 

社会党的なるもの

総選挙もいよいよ最終盤を迎えて、

選挙の結果予測も出揃ったところで投票日を迎える。

 

かわいそうに、社民党のことなんかどこも取り上げてくれないし、

何の関心も寄せられない。

暇を持て余した有閑マダムが、

「これは有名なブランド・バッグよ」と見せびらかしても、

擦り切れて汚れきって、

質屋に持ち込んでも値段の付かないゴミでしかないものを、

後生大事に持ち歩いているようなものなのである。

同じように、かつては「自共対決」といきり立った選挙活動を展開した時代もあったが、

今や厭戦気分が充溢しているようで、

静かなものである。

 

さて、立憲民主党である。

この悲惨な結果は、選挙が始まると同時に予見されていたこで、

何の驚きもない。

むしろ、こんな提案を公明党がどうして出せたのか?

立憲民主党の側でどうして了解できたのか?

この肝心なところが分からない。

立憲民主党は一人残さず潰せ、というのがいっそ清々しいのだが。

何人か残すというのは何かの策謀か?と疑っている。

何せ、私らの感覚からすれば、

大乗の法華の立場からこのような相手方に対する仕打ちは」菩薩道に反するし、

まして、このような残酷な踏み絵を踏ませるようなことは人権問題である。

とてもじゃないが、仏教徒のやるようなことではない。

 

この選挙は、日本の戦後史の一大転換点となることは間違いない。

戦後の55年体制を形成してきた「社会党的なるもの」がいよいよ駆逐される、

駆逐された上で抹殺される局面に至ったのである。

 

選挙予測が面白い

選挙予測というと、

あくまで予測だから、

狐と狸の化かし合いのようなものだから、

当たるも八卦、当たらぬも八卦と言うもののようだから、

言った者勝ちの世界ではある。

 

オールド・メディアという者は、

むしろ虚偽報道ばかりを仕掛けていると疑われているから、

世論調査等で、

正直に回答してもいい加減にあしらわれそうだから、

最初からいい加減な回答をしてやると、

それが積もり積もって、とんでもない結果になりそうである。

渡る世間は嘘ばかり。

蓋を開けてみないと、本当の所は分からない。

 

本当に面白い結果というのは、

比例選の名簿上位にぅらっと名前を並べた政党候補者が、

全員当選の積リでいたら、

その半分が当選ライン以下で落選した、といった事態なのだが、

そういう番狂わせがあってしかるべきと密かに期待しているのだが。

 

 

ブロックゲージの歴史から

戦間・戦中期の日本の製造業界では、

武器・兵器の製造のために膨大なブロックゲージの需要が生まれた。

従前のブロックゲージ・メーカーのみでは、

この膨大な需要に対応しきれないため、

新たにブロックゲージの製作に乗り出す大メーカーが生まれたし、

また、中小・零細なメーカーがブロックゲージ製作を手掛ける事例も輩出した、

 

ブロックゲージの製作モデルは、

言うまでもなく、専業メーカーの手になるセットなのだが、

いわゆるブロックゲージ研磨盤なる専用機が普及していたわけでもないので、

平面研削盤で加工したものを平面ラップ上げするという技法で、

仕立て上げられたようである。

現在でこそ問題となる後面鏡面ラップ仕上げは望むべきも無いとしても、

できるだけ綺麗な面に仕立て上げ、

その寸法精度としては、0~0.5㎛となった。

これは、当時普及していたコンパレータの測定分解能の限界であり、

現在でのJIS2級ブロックゲージの規格限界内にかろうじて端詞得るものである。

その程度のもので通用するのか?という疑問が抱かれるのだが。

その程度であってもなんとか間に合うレベルだと求められたのである。

 

こうして出回ったブロックゲージではあったが、

購入後編、半年や一年を待つことなく、

寸法が狂ってくるという致命的な欠陥が指摘されることになる。

勿論、全力を挙げて、その寸法変位の原因と解決法について追究されたのだったが、

そうこうしているうちに戦争が終結してしまって、

世にはびこったブロックゲージまがいのバッタ品は姿を消してしまった。

 

バッタ品と言っても、

当時の一流の鉄鋼材料分野の技術者が衆知を集めて解決にあたり、

熱処理後の厚保処理は完全、

場合によってはサブゼロ処理も完璧に行い、

ラップ仕上げも完璧に施した、

どの工程をトレースしても、寸法変異原に突き当たらない。

専業でブロックゲージ製作にあたってきていた津上製作所の製品との

j\技術差はどこにあるのか?が全く分からなかったのである。

 

当時から語られていたことがある。

ある種の都市伝説であるのだろうが、津上製作所では、

一度外部から衝撃を受けた鉄鋼材料は、

絶対に製作素材として採用せず、そのまま廃棄した、というのである。

これは、鉄鋼素材の内部応力の蓄積というものは、素材の結晶構造の歪みであり、

いったん生じた歪みの解消は非常に困難であり、

また、寸法精度にどのような影響を及ぼすかは分からない、というものである。

勿論、内部応力の解消という問題については、

シーズニング技法の適用というステージが用意されているのだが。

一定の知見が得られるまで、

5年や10年の研究の蓄積では全く間に合わない分野であって、

いわゆる原子レベルの観察と測定が必要になるから、

観察・測定方法すら定まったものがなさそうなのである。

 

ツあり、ブロックゲージの問題とは、

古典力学(ニュートン力学)のもんだに留まらず、

現代物理学(量子力学)の世界への入り口になっている。

 

期日前投票

昨日、早速に期日前投票に行ってきた。

選挙結果は、投票日前に明らかなのなのだが、

念押しのダメ押しのつもりでの投票なのである。

この私の一票がどれほどの意味を有するか分からないのだが、

しかしながら、私個人の明確な意思表示なのである。

 

たかが一票、されど一票。

結果を見定めたい。

 

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