完璧主義が理由で
悩んでいる人は多いのではないでしょうか?

完璧主義の人に共通する点は、
自分に自信がないことです。


自分が出来ることは当たり前だと思い、
出来ないところを気にし、
無理をしてしまいます。

そして、自分はダメだと自分を責めます。


子どものころに、テストで80点とったら、
親から20点を注意された経験はありませんか?

このような経験を持っている人は、
完璧主義になりやすいです。


完璧主義になったのは、自分のせいではありません。

親のせいです。

100点をとらないと、
親に愛されないと感じてしまったからです。

そういった理不尽な要求が原因です。

不当なことだから、
辛く感じるんです。


完璧主義はやめて、
自分のすべてを受け入れましょう。

そうしないと何をやっても、
自分に自信が持てるようになりません。
ヤマアラシのジレンマとは、
ヤマアラシは刺毛で体が覆われているのですが、
子どものころは毛が柔らかいので、
寒いときは子ども同士、身を寄せ合うことができます。

それが、大人になると毛が硬くなり、
身を寄せ合いたくても、
お互いに傷つけあってしまいます。


大人になったら、
お互いを傷つけ合わない距離が必要だ
という例え話しです。

知っている方も多いと思います。

確かに自立した大人であれば、
距離を保った付き合いをします。

また、相手によって距離も違います。

特に依存してくる相手との距離は
広げてしまいますよね。


じゃあ、全然近づくことができないかというと、
そうではありません。

毛を柔らかくすれば、近づくことができます。


どうすれば良いかというと、
リラックスした状態になればいいのです。


たとえば、
頑固な人とはあまり付き合いたくないですよね?

頑固な人は、どこか力が入ってます。
リラックスした状態では、頑固でいれません。

相手に何か求めている状態は、
リラックスしていません。

求めるのをやめるとリラックスできます。


相手を変えようとしている気持ちも、
リラックスできていません。

相手を変えようとするのをやめるとリラックスできます。


リラックスして心と体が緩めば、
毛も柔らかくなります。

笑っているときは
とてもリラックスできますね。


人間関係で悩んでいる人は、
リラックスした状態で人と会っているか考えてみるといいですよ。
命、尊とも「みこと」と読みます。

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)も、
日本書紀での表記で、
古事記では、倭建命と表記しています。

日本書紀は唐からきた中国人が執筆したらしく、
「命」を「尊」に変えたのではないかと言われています。

中国では「命」という字が
当てはまらなかったのでしょう。


「みこと」は「御言」から来ています。

神様(天皇?)の命令です。


命は、口+令でできています。

令は跪いて神様の啓示を受ける形で、
口は祝詞を収める器のさいを表現しているそうです。

よって命とは、
神様の啓示を受けること(もの)
が本来の意味のようです。


日本書紀で中国人が、命を尊に変えたのは、
天皇は神ではないと暗に言いたかったのかもしれませんね。


お釈迦さんが生まれてすぐに言った、
「天上天下唯我独尊」
という言葉も、
「天上天下唯我独命」
のほうが、何かしっくりきます。


こればっかりは、
訳した中国人にしかわかりませんが。。。
パーソナリティとは、個性や人柄という意味ですが、
その語源はペルソナ=仮面からきています。

人は一つの仮面ではなく、
シチュエーションによって、
色々な顔を使い分けてます。

職場での顔、父親の顔、母親の顔、
合コンのときの顔・・・

気分によっても、
全然違う対応をしていませんか?


このように、自分の中には、
色々な仮面があります。


「自分がわからない」

という人がいますが、
そもそも色々な仮面を持っているので、
「これだ!」とひと言で表現するのは難しいです。


誰が言ったのか覚えていませんが、
人間は不自由からしか自由を感じることができないそうです。

縛りがあったほうが、
それに沿っていけばいいので生きやすいですしね。


矛盾しているようですが、
自分というものを定義したり、
社会的な価値観に従ったり、
夢や目標を持ったほうが
人は楽(自由)に生きられるようです。

しかし、自分自身は
そもそも色々な顔があるので、
決め付けるのは難しい。

これまでの軸となった社会的な価値観も
崩れてしまいました。


そう考えると、
自分の好きなことをやろう、夢を持とう、
という情報が増えているのは必然なのかもしれませんね。


ただ、達成することに囚われると辛くなるので、
自由に生きるための手段として、
夢や目標を持ってみてはいかがでしょう?

結果が気になる方は
他人に言う必要はありませんよ。

子どもに劣等感がある場合、
親にもあります。

親の劣等感が
子どもに劣等感を持たせます。

これは愛情とは関係ありません。


劣等感を持った親は、
同じように劣等感を持った親に育てられています。

自分が子どものころに感じた、
受け入れられなかった、
認めてもらえなかった、
愛されなかった気持ちを思い出してみてください。

そして、子どもに同じことをしていることに
気付いてください。


自分のありのままの姿を受け入れてください。
劣等感のある自分を許してください。
決して自分を否定しないでください。


そうすれば、子どもの劣等感はなくなります。