海外遠征(6) | ソフトボールを愛する人にお届けするブログ

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1987年に行われた

「日本男子ナショナルチーム
 ニュージーランド遠征」


の時の写真です。

参加しているのは、
闘犬センターから

杉本監督兼選手と田中雄二さん、佐竹
家竹、西村、山崎正宏、高石の6名

トヨタ自動車から西村さん、田中誠一
さん、勝亦君の3名

日本電装の西出君

山梨クラブの北君

の12名でした。



どんな基準かも分かりません(笑)

相変わらず「弘瀬選抜」の色が濃い
ことは事実ですね。

監督はいつも「杉本さん」です。

これが不思議なことにこの杉本さん、
「世界選手権」「監督」をしていま
せん。

3度の出場は「キャプテン」「コーチ」
「コーチ」
です。

この後オーナーともめて辞めていなけれ
ば間違いなく何回も「全日本」の監督をや
っていたことでしょう。

これまでお伝えしてきた「海外遠征」
すべての監督が「杉本さん」でした。

また、「コーチ」で参加していた世界選手
権も実は「裏の監督は杉本さん」でした。

杉本さんにお世話になった全日本の選手
はたくさんいます。

山形クラブの大村選手なんかもそうです
ね。今でも彼は杉本さんの前ではあの
大きな体を小さくして、杉本さんの弟子
のように振舞っていますよ(笑)

このような多くの海外経験を積むことに
よって、闘犬センター自体も実力をつけ
ていくことになりましたし、海外での戦
い方を身につけて行くことが出来ました。

いつの世界選手権も「全日本の主力」は
闘犬センターでしたし、これは会長の

「えこひいき」

ではなくて、闘犬センター勢抜きの
「全日本」はありえなくなっていたこと
も、否定出来ない事実だったと思います。

このような経験をさせてもらったことに
対しては、オーナー(日本ソフトボール
協会会長)に感謝しなければいけないで
しょうか。

まあ、この裏にこの偏った人選の海外遠
征を、苦々しく思っていた人も多くいた
ことも事実ですね。

それが後々の会長辞任に繋がっていった
のでしょうか?

今日はここまでにしますね。