
これも私の手元にある優勝の軌跡です。
活動最後の年は名前も
「オール高知」
でしたし、この表彰状を持って帰るとこ
ろもなく、
「どうする?」
ということになって、
「俺が預かるわ。」
で持っているものです。
この時の選手のみなさんで欲しい人が
いたら、連絡してください。
私の人生も残りの方が少なくなりまし
た。後をたくせられる人にお渡しした
いと思います。
私はこのブログの他にも、毎週日曜日
に
「まぐまぐ」で、
「ソフトボール日本一への道」
というメールマガジンを発行していま
す。
高知の田舎のクラブチームが「日本一」
になるなんて、普通のことではないんで
すね。
先日の日本リーグを見てみても、愛媛、
福岡、長崎、徳島なんかのチームが所属
していましたが、これも闘犬センターが
日本リーグに挑戦しなければ、ここまで
多くのチームの参加はなかったのではな
いでしょうか。
今は「常識」なのかもしれませんが、
当時は間違いなく「非常識」だったんで
す。
それは協会も、選手たちもみんながそう
思っていたはずです。
「クラブチームが日本リーグ?」
「高知の田舎チームやろう?」
昨日も言いましたがこれを目指していた
訳ではありませんでした。
「全国大会に出たい。」とは思っていま
した。
「勝ちたい。」と思ったのはその次でし
た。
全国の壁は厚くて、高くてなかなか乗り
越えられませんでしたが、挑戦し続けて
いたら、勝つことが出来ました。
そしたらオーナーの思い付きで
「日本リーグに加盟する。」
と決められました。何の相談もなく突然
でした(笑)
その前の年の日本選手権で優勝して、
「実力日本一」
の座は手に入れましたが、それはたまた
ま1回勝っただけのことでした。
ここからが本当の「日本一」への挑戦だ
ったのかもしれません。
勝ち続けること、そしてクラブチームと
いう性格上チームを存続し続けることも
大きな課題だったのかもしれません。
メールマガジン自体は、「闘犬センター」
を知らない人が増えてきたのと、私達も
記憶も薄れてきたので、今のうちに何か
の形で残しておこうとしただけでしたが、
昨日から私の頭の中には、
「日本一って何????」
という疑問がどんどん大きくなっています。
「日本一」って何なんでしょうね。
考えてみます。
今日はここまでにしますね。