選手紹介(33) | ソフトボールを愛する人にお届けするブログ

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「笹岡選手」です。

昨夜電話で話をしたところ、彼も

「被害者」

だったことが判明しました(笑)

ご紹介しますね。

彼は「高知商業」の出身です。

まず「野球部」に入部、そして退部して
「ソフトボール」に転向。

このパターンは私達の頃でしたら、高知
県のソフトボーラーの

「超エリートコース」でした(笑)

杉本さんはまさにこのコースを歩かれて
います。

高知県の男子の高いレベルを維持してき
た要因の一つは、

「野球が強かった。」

からに他なりません。

野球選手を志て頑張っていた選手が、
野球を断念して、ソフトボールをすると
いうパターンですね。

私などは高校に野球部がなかったので、
仕方なくソフトボールを始めたパターン
でした。

「野球上がり」

「野球崩れ」

ですね。

最近もこのパターンはあるのですが、
ここ最近の高知の男子ソフトボール界を
支えていたのは、中山間部の小さな学校
でした。

男子は全員ソフトボール部みたいな感じ
でしょうか。

ですから小さなころからソフトボールし
かやったことがない子どもたちが、高知
という環境で切磋琢磨してさらに強くな
るということですね。

ただ、これも子どもの数が減ってきて、
一つの学校ではチームが編成できなくな
ってきていますので、今後の高知県の
男子ソフトボール界は、優秀な選手の
確保が大きな課題となってきているよう
です。

笹岡選手に戻りましょう。

高知商業を卒業した笹岡選手は「東海大
学」
に進学してソフトボールを続けてい
ました。

そして教育実習に母校「高知商業」
帰って来た時に事件は起こります。

Iと言う先生が笹岡選手に声をかけまし
た。

「昼飯食いに行かんか?」

「はい、ありがとうございます。」

I先生の車に乗った笹岡選手は、

「何を食べさせてもらえるのだろう。」

と思いながら車に乗っていました。

ただ車がどんどん学校から離れて行って、
海が見えるようになってきました。

「何処に連れて行かれるんだろう?」

不安になったそうです。

ついたところは「桂浜」(笑)

「ここって闘犬センターやん。」

そうです、罠にはまった瞬間でした。

何故I先生が闘犬センターと繋がって
いたかは分かりませんが、国体か何かの
関係があったんではないかと想像します。

2階に上がりご飯をご馳走になった笹岡
選手が1階に降りてくると、そこには

1歳年下で、高校時代から顔見知りの
「岡本選手」「江口選手」がいました。

そして、

「笹岡さん、スパイクのサイズは何cm
 ですか?」


はい、一丁上がりです(笑)

もうこれで逃げることは出来ません。

大木選手の回でもご紹介しましたが、
道具の準備をされたらもうおしまいです
ね(爆笑)

笹岡選手が可哀そうなのは、訳も分から
ず連れてこられて、勝手に決められてし
まったことでしょうか。

他の選手は一応誘われていますものね。

笹岡選手の偉いところは、その状況に
あらがうことなく受け入れて、自分の
出来ることを続けられたというところで
しょうか。



これは試合中の守備の様子です。

レギュラーの二塁手として、その攻撃力、
守備力を発揮されました。

闘犬センター解散後は昨年まで

「高知パシフィックウェーブ」に所属して

プレーを続けられ、今年からは「部長」
してチームを支えながら、高校の指導者と
しても活躍されています。

電話の最後に

「それで、闘犬でソフトしたことはどう
 やった?」


という問いに

「まあ、良かったがやないですか。」

と答えられるところが、笹岡選手の強い
ところではないでしょうかね(笑)

今日はここまでにします。