選手紹介(32) | ソフトボールを愛する人にお届けするブログ

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「梅下選手」です。

岡豊高校から日本体育大学に進学、
大学の同級生には

沖縄の好投手「宮平選手」がいます。

大学時代国体の補強選手として、一緒に
プレーしたのが縁で、卒業後帰高して
教員を目指しながら、闘犬センターで
プレーしていました。

教員としては、母校の岡豊高校で恩師の
弘瀬拓生先生とともにコーチとして生徒
を指導して、何度も全国制覇を経験しま
す。

弘瀬拓生先生が転勤した後は、監督に
就任し、監督としても全国制覇をしてい
ます。

そしてジュニアの全日本の監督も経験し
ています。

選手としては強肩、豪打の外野手として
活躍していました。

少しアッパーブローの打ち方でしたので、
当った時の飛距離は、後輩の岡本選手で
もかなわないほどの飛距離でした。

高知県にある春野運動公園のソフトボー
ル専用球場をご存知でしょうか?

ソフトボール専用球場のセンターの後ろ
に陸上競技場の高い壁があるんですが、
打球がその高い壁を越えて、陸上競技場
まで飛んで行ったのは、この「梅下選手」
が初めてでした。

確か日本リーグの試合のことでしたが、

「なかなか落ちてこないな。」

と思って見ていたら、なんと陸上競技場
に飛び込んでいました。

これには驚きました。

闘犬センターはいつもここで練習してい
ましたが、これまでここまで飛ばした人
はいませんでした。

これに発奮したのが「岡本選手」でした。

打つことに関しては

「自分が1番」

でないといけない岡本選手は、一番遠く
にボールを飛ばしたのが、自分でないの
が気に入りませんでした。

それからは練習のたびに、陸上競技場を
目指してのフリーバッティングが続きま
した(笑)

打球の放物線が違いますので、なかなか
高さが出ずに、陸上競技場の壁に跳ね返
される日々が続きました。

「岡本、フェンスを越えたらホームラン
 やき。」


と何度言っても聞く耳を持ちませんでし
た。

そしてついには陸上競技場の壁を越えて
みせました。

まあ、どっちもスゴイ選手ですね。

今みたいにボールとバットが飛ぶ時代で
はありませんでしたので、ちょっと異次
元の世界の出来事でした。

梅下選手に話しを戻しましょう。

梅下選手は膝を故障してからは、試合中
は膝をテーピングで固定しながらプレー
を続けていました。

闘犬センターの最後の方は、そのセンス
を生かして「遊撃手」を器用にこなして
いました。

北岡選手の抜けた穴を埋めるために、誰
かを守らさなければいけなくなった時に、
元々外野手だった梅下選手に白羽の矢が
立ちました。

練習なんかでの動きをみていて、

「梅下しかいない。」

との決断でしたが、柔らかいグラブさば
きを見せてくれていましたね。




これがショートを守っている時の写真に
なります。

板についたものでしょう。

元々が外野手でしたし、三遊間の深い
所からでも、一塁にすごいボールを簡単
に投げていました。

「梅下先生」は現在も高校でソフトボー
ルを教えています。

最近はなかなか成績が芳しくないのが
気になりますけどね。

頑張って下さい、梅下先生!

今日はここまでにしますね。