メールマガジン(19) | ソフトボールを愛する人にお届けするブログ

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ソフトボールがもっと上手になりたい、勝ちたい、テクニックが知りたい方に、カリスマたちの貴重な情報をお届けします。

いつもより更新が遅い時間になってしま
いました。

今日もメールマガジンのご紹介になって
しまいました(汗)

それではどうぞ!

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第15号のメニューはこちらです。

■昭和57年(その2)
■編集後記

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■昭和57年(その2)
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前号に引き続き、昭和57年のシーズン
を振り返ります。

6月26日付けの高知新聞に、9月に
高知県で開催される第20回全日本一般
男子ソフトボール大会の県予選の展望が
掲載されています。

普通県予選は結果だけが掲載されるもの
ですが、この年は高知県で全国大会が
開催されるということだったのでしょう
か、予選の組み合わせとともに、展望が
載っています。

「闘犬」「鴨田」が両翼

県内ではこの2チームの争いという形が、
広く認識されていた結果だと思います。

さて、6月27日の県予選では、決勝
まで勝ち進むと両チームが戦うという
ことになっていました。

両チームとも決勝戦を含めると1日で
4試合を消化しないといけませんでした。

というか、ソフトボールの場合1日4試
合ってそんなに珍しいことではなかった
ですよね。

北京オリンピックで上野投手の連騰が
話題になりましたが、私たちからすると
そんなに珍しいことではなかったし、
ウチの西村投手なんて、もっと過酷な
条件で投げていたのになあって思って
いました。

話がそれましたね。
元にもどします。

それで、鴨田体育会は弘瀬さんしかピッ
チャーがいないのに対して、闘犬センタ
ーは左の清水投手と右の私の2枚の投手
がいました。

そこで闘犬センターは、最初の3試合を
私が投げて、決勝戦まで清水さんを温存
して、4試合目の弘瀬さんを打ち崩して
勝つという作戦を立てます。

1回戦5-1・2回戦1-0・準決勝13-2と
順調に勝ち進み、いよいよ決勝戦で鴨田
体育会と戦うことになりました。

鴨田体育会は1回戦5-0・2回戦5-1
準決勝は県庁クラブと延長9回3-3の
引き分け、抽選で勝って決勝戦進出とい
うきわどい勝ち上がり方でした。

準決勝を楽勝で勝った闘犬センターと、
きわどく勝ち上がった鴨田体育会はの
緊張感の違いだったのかもしれませんが、
決勝戦は意外な展開になりました。

疲れているはずの鴨田体育会には勢いが
あって、満を持して登板したはずの清水
投手から、1回2点、2回1点と取って、
鴨田絶対有利の展開で試合が進んでいき
ます。

2回の途中型から清水さんと交代して、
この日4試合目の私が登板しますが、
勢いを止められず1失点してしまいます。

3回以降は0点に抑えますが闘犬センタ
ーは5回に1点を返すのがやっとで、
1-4で負けてしまいます。

この年は高知県開催でしたので、優勝
チームはそのまま地元代表で出場決定、
2位のチームは四国予選に進めるという
ことで、全国大会出場のチャンスは残っ
ていたのですが、作戦を練って、作戦通
りに戦って、鴨田体育会に完敗したとい
うダメージは相当大きかったのです。

試合の帰りは、いつもどこかのレストラ
ンかドライブインに寄って、食事をして
帰るのが普通でしたので、この日も寄っ
て帰ることにはなったのですが、敗戦の
ショックもあったのでしょう。泥だらけ
のユニフォームのままでしたので、中に
入るのもためらわれるような状態でした。

そこで入り口の前の階段に座って、
みんなでジュースを飲むことになりまし
た。

ほぼ無言でした。

もう最初が誰だったかは覚えていません
が、一人が泣き始め、そのうち全員
(泣いていないやつがいたかもしれませ
んが、自分が泣いていたので、確認はし
ていません。)が泣いていました。

くやしかったです!

後にも先にも、負けて泣いたのはこの
1回だけです。

大の大人が、泥だらけで、レストランの
入り口に座ってジュースを飲みながら
泣いている。

今になって思えば、立派な営業妨害です
よね(笑)

これも若くて、熱かった時代の良い思い出
です。

今回はここまでにしますね。
ちょっと思い出にひたりたい気分です。

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この内容は先日の清水投手の紹介のとこ
ろでご紹介したばかりなので、

「またか!」

と思われる方もおられますよね。

このメールマガジンを発行したのが、
今年の1月ですので、微妙に内容を忘れ
ていました(汗)

読み返してしてドキッとしました(笑)

お許し下さいませ。

今日はここまでにします。

写真はこの頃の「私」です。