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サンディの今日もワイン

サンディがワインと本についてあれこれ言います。

2020年2月3日(節分)サンディは永眠しました。18年間ありがとう。
ひきつづき、ワインと本についてあれこれ言います。

 

ガスコーニュ・ルージュ 2022

¥1358@三和

ビルドメーヌ・アラン・ブリュモン

クローバーフランス 南西地方

ぶどうメルロー 50%

ぶどうタナ 50%

ワイン14.0%

キノコ

キノコ

 

 

1日目 2025/12/18

お供は、ピザ、ブロッコリーのアヒージョ、ナス漬け、シャウエッセン夜味、カキフライ

 

コークとピザが合うように、このワインはジャンクフードに合うようです。

ポテチをお供にしてもいいかもしれない。

 

 

 

2日目 2026/1/4

お供は、ガリエニのおせち残り、かやくご飯、サラダ、焼き肉、鶏のトマト煮、いちじくのチーズ和え

 

いちじくのチーズ和え、神っすね!

ワインに合わせやすいです。

 

その他は合わせやすいわけでもないのに、空いてしまいました

 

 

おしまい

 

シャルドネ アルトキッシュ 2022

¥5000@ガリエニ

ビルコルテレンツィオ

クローバーイタリア トレンティーノ=アルト・アディジェ州 アルトキルシュ

ぶどうシャルドネ

ワイン13.0%

キノコ

キノコうっすら青リンゴ

 

 

1日目 2026/1/1 朝

お供は、昨年に続きガリエニのおせち

 

《壱の重》
イタリア産 仔牛トリッパのトマト煮込み
横浜市内産 ロマネスコのムース オシェトラキャビア添え
宮崎県小林市産 イノシシの田舎風パテ
ハンガリー産鴨挽肉の松風焼き
カナダ産ホッキ貝と北海道タコのマリネ
フォアグラのムース トリュフ風味
瀬谷区阿久和産里芋と数の子・フカヒレのポテサラ
ニュージーランド産手長海老と北海道産帆立のしんじょう
岩手県宮古産 サーモンのマリネ ディル風味
《弐の重》
伊勢原産 紫芋とポルトガル産栗甘露煮きんとん ラム風味
アメリカ産牛タンの冷製 グリヴィッシュソース
豪州産 アワビの昆布と生ハム風味
A5黒毛和牛【鹿児島黒牛】内もも肉のローストビーフ トリュフ香るペリグーソース
《参の重》
カナダ産オマール海老 カダイフ巻き
フランス産ブルターニュポーク肩ロース肉の焼豚 ハチミツ風味
国産豚のトントロ燻製 パイナップルジンジャーソース
近江黒鶏むね肉のハム 黒オリーブ和え
ハンガリー産 マグレ鴨胸肉のマリネ マッシュルームと玉ねぎ旨煮
 

 

 

おせちはどれも美味しいですが、《壱の重》はワインに合わせるのが難しいです。

合いそうな白をリクエストしましたが、

ぼちぼちでした

 

白のみで合わせるのは厳しいだろうと思っていたので、泡も用意しました。

 

飲みすぎて、起きたら夜でした

 

 

 

 

2日目 2026/1/3

お供は、ガリエニのおせち残り、エビフライ、カキフライ、イカシソ巻き

 

魚介に合う白ではないので、残ると思っていたら、2日でなくなってしまいました(2年連続)

 

ローストビーフと、フォアグラのムースでマリアージュ

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読書時間:5.0h
一読:あり
再読:なし
R指定:なし
著者:エリック・ホッファー/訳:田中淳
原題:WORKING AND THINKING ON THE WATERFRONT A Journal: June 1958-May-1959
刊行:2014年9月
価格:3600円+税
出版:みすず書房

本本本本本本本本

 

社会哲学者の日々の思索を日記形式で記録


日記(一九五八年六月-一九五九年五月)
訳注
ホッファー小伝
訳者あとがき
距離と違和感-『波止場日記』解説日記

......

 

エリック・ホッファーは沖仲仕(おきなかし)として港で働きながら思索をする。
日記当時(1958-1959年)は副業をしなくても生活できたようだが、労働に身を置くのがホッファーの哲学である たぶん

長い休みのときは書けない、書く気が起きないというのは、著名な哲学者でも普通の人っぽくていい。しかし、

『伝染性がもっとも強いのは人種的な優越感である、という考えが頭に浮かんだ。ヒトラー時代に、ユダヤ人に対して優越感を抱かなかった人間が何人いただろうか』

仕事中にこんなこと頭に浮かぶ!?
普通の人なら今日の一杯は何にしようと考えるところ

 

ホッファーの思索は知識人に向かうことが多い。
デスクワークを生業としている身としては、知識人批判を厳しく感じることもあったが、序章の知識人義を読み返して安心した次第
彼の言う知識人とは、学のある人ではない。

『私のいう知識人とは、自分は世の中のできごとに方向と形を与える神授の権利を持っていると思っている人たちである。
知識人であるためには良い教育をうけている必要はない。エリートの一員だという感情こそが問題なのである。
知識人は傾聴してもらいたいのであり、教えたいのであり、重視されたいのである。
知識人にとっては、自由であるよりも、重視されることの方が大切なのであり、無視されるくらいならむしろ迫害を望むのである。』

 

 

デヴィッド・グレーバーのいう、ブルシット・ジョブに就いている人は、ホッファーの言う知識人ではない。

政治家も当てはまると思うが、官僚制度に乗っかっている官僚が一番当てはまるだろう。
それは、2月6日の日記で分かる。

『知識人の創造性にとって理想的な条件は、役割を認めて身分と威厳を与えてくれる貴族的社会秩序』

変化を望まない、それがホッファーの言う知識人。

 

......

 

知識人が決めたルールで働くのが大衆であるなら、ホッファーが労働に従事するのはなぜか。
今日のパートナーはサボってばかりとか、キツかったとか、グチも多い、理不尽なこともあるだろう。それでも大衆は日々働く。
こんな環境にいると、知識人に対して怒りを覚えるだろう。
 

 

これか!ホッファーがやたら知識人を嫌うのは。
 

 

twitter 日記形式なら自分にもできそうな気がして始めてみたけど、続かなかった。日々思索はムリ