選択は人生の可能性を開く | サンディの今日もワイン

サンディの今日もワイン

サンディがワインと本についてあれこれ言います。

2020年2月3日(節分)サンディは永眠しました。18年間ありがとう。
ひきつづき、ワインと本についてあれこれ言います。

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朝日新聞土曜beより

オリンピックサッカー男子トーナメントが始まるが、これだけは今書いておかねばならない


選択の自由


 
それは本当に幸せだろうか?


30歳を過ぎたあたりだろうか、いつしか歌舞伎の家に生まれた者を羨ましいと思うようになっている自分がいた。
いかなる理由があろうとも、将来が決定しているからだ。それは安定という意味ではない。

『好きでも嫌いでもやるしかないからだ』

裕福な家庭に生まれたならば、バイオリンを習い、サッカーを習い、英語を習うかもしれない。
だがそれは、バイオリンがダメならサッカーがあるよねという風に 諦めるにも繋がる。 
可能性を追求することは大いに結構だが、本物に辿り着くには時間が掛かる。
ダメな度に乗り換えていては、本物には辿り着けない。(もちろん本物に辿りつくだけが人生ではない)
だが、

人生には覚悟が必要だ。


選択肢が多いということは、覚悟しなくても生きていけるということを意味する。
ビジネスの話をしていたつもりだが、身の回りのできごとにも当てはまると感じた。(次があるという思いがあったら、結婚というゴールインは無いというような)


もう一つ
ある程度は、専門家に任せたほうがいいと彼女(シーナ・アイエンガー)は書いている。
当然だろう。だが、無知な市民の感情は間違っていると断言しよう。
それは、情報は出揃ってないし、煽る輩が居るからだ。

ならば、より確からしい判断をしていると思える人に委ねるしかない。
究極の民主主義は、大きい政府ではなく、町役場の延長にあるのではないかと思う。


これらの意見を述べた
シーナ・アイエンガーは、わずか42歳。
どれだけの人生を生きてきたのかと想像するっ!
社会に恨みを持たない彼女の根底は、良質の教育を受けてきた結果なのではないかと思う。

やはり教育が国家の方向性を決定付けるのだと感じた。