「非暴力は、私の信仰の第一の条項である。それはまた、私の信条の最後の条項でもある」byガンディー
広場は、昔から人々が集まり、対話や交流を行う場所であった。
ギリシャ語では、アゴラ(Ἀγορά、Agorá)は、 市民が集まって政治や哲学、日常の議論を交わした、歴史的な「話し合いの広場」の原点である。
しかし、暴力や破壊行為、乱闘、治安部隊への襲撃、暴行、器物損壊などが発生すると、広場は恐怖と不安に満ちた場所へと変貌してしまう恐れがある。
私たちは、いかなる理由があろうとも暴力を断固として非難しなければならない。
公共の場での暴力、とりわけ若者や幼い子供たちが関与する場合、それは攻撃性の原因や、社会が市民としての共生を教育できるかどうかについて、深い疑問を投げかける。
いかなる対立も攻撃に発展してはならず、いかなる違いも憎悪の理由となってはならない。
対話、尊重、そして相手の話に耳を傾ける能力は、紛争を防ぐための基本的な手段だ。
真の強さとは、他人を屈辱させたり威嚇したりすることではなく、怒りを抑え、誰の心も傷つけずに困難に立ち向かうことにある。
平和な社会は、単に衝突がないことだけで生まれるのではなく、社会的絆や連帯感、そして共通のルールの遵守があってこそ成り立つ。
街頭での暴力事件が相次ぐ中、市民の安全は依然として不可欠な要件であり、行政機関は、暴行行為に対して介入し、法の遵守を確保しなければならない。
しかし、予防には教育も必要だと言う。若者たちの声に耳を傾けること、学校、家族への支援、文化活動、スポーツ活動…そして地域社会への参加の機会などが挙げられる。(かといって、対応できる人員が少ないのだが)
憎しみを煽って平和を築くことは決してできない。街頭での暴力は、単なる治安上の問題ではない。それは何よりも、地域社会全体に問いを投げかける教育的、社会的、文化的な問題なのだ。
今こそ、平和と非暴力について教育する時なのであろう。
広場は、古くから社会生活の中心地であり続けて来た。そこは、人々が集い、意見を交わし、思想を表明する場であると同時に、民主主義の営みに積極的に参加するための抗議や提言の場でもある。
暴動や荒廃ではなく、人類の未来を形作る場であり続けるよう願う。