今日の恵み 〜 貝塚教会 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日も今日とて川崎は貝塚教会へ。


昨年10月に行われた菊地枢機卿様の名義教会着任式において日本より100名近い巡礼団が来伊されていたが、その時貝塚教会は創立75周年でイタリアを巡礼中、ローマで他の巡礼団と合流されていた。


私も着任式の当日ローマ入りし、巡礼団の一部が教皇様の静養先でもあるカステルガンドロフォに行かれると言うので、ちゃっかり合流。移動のバスでは往復の道中、貝塚教会の主任司祭でおられるタカ神父様こと山口神父様のお隣で色々お話しし、貴重な時を過ぎさせていただいた。


帰国中の主日は、地元百合ヶ丘教会を含め、あちこちの教会を訪問させて頂いているが、来週はついに、空手の全国大会でミサには与れない。さあ最後にどこへ伺おうか?と思っていたが、上記巡礼の企画及び添乗された友人と約束があったので、やはりタカ神父様かな?と思ったが、数日前中国からFB投稿されていらしたので、お会いできないか?半ば諦めていた。けれど帰国されていることが判明!初めての貝塚教会となった。


ミサは9時から。(早っ!)同じ川崎市でも我が家からは1時間半近くかかる。7区中6区横断!


幸運にも友人が川崎駅まで迎えに来てくれた。



貝塚教会は、80年代に教会の老朽化が進み、94年に現在の聖堂が献堂されたそうだ。ミサは9時とも14時に英語によるミサ。やはり外国人が多いのだな、と思ったが、9時でも十分にアジア系の外国人が多く、答唱詩篇も中国語で歌われ、ミサ後のお知らせもベトナム語で行われており驚いた。


聖クララに捧げられた教会。





ミサは、年間第18 主日。「パン5つと魚2匹」の場面だ。


タカ神父様はお説教の中で、先週火曜日から2泊3日で出かけられていた中国・青島について話された。


ちなみに聖ミカエル大聖堂は、山東省青島市にあるカトリック青島教区の司教座聖堂である。


1894年に日清戦争が始まり、その結果やその後の三国干渉を経て、1898年にドイツが青島を占領。後にドイツ人神父の設計により1934年に大聖堂が建設された。タカ神父様曰く、ドイツが占領したから、青島にビールが生まれた(?!)とか笑 


いずれにしてもそれから青島には、ドイツ人、中国人、日本人の信者が増えたと言う。文化大革命の時期、パイプオルガンが破壊された。2003年には、地下の水道管を工事した際、十字架が発見されたと言う。

 


現在山東省でのカトリック信者は10万人だと言う。長い歴史の中で、共産党の弾圧や統制の中、いかに切り抜け、信仰を守り続けて来たのだろうか。


やはり教会では、女性の信仰が目立ち、耐えて祈り続けたから今がある、と感じられたとタカ神父。「あなたたちが彼らに食べる物を与えなさい。」その言葉は、イエスが示した神の愛から私たちは離れる事はできないのだ。


今日の第一朗読であったイザヤの予言でも、


わたしに聞き従えば

良いものを食べることができる。

あなたに魂はその豊かさを楽しみであろう。


と言っている。神の言葉を聞くだけでなく、行うこと、全てにおいて神により頼むことを言うが、結果は神様に任せれば良いのだ。私たちが最善を尽くした後に結果を神のみ摂理に安心してお委ねするという、信仰の深い平安につながることを信じて...。


ミサは10時に終了し、タカ神父様の挨拶をしたが、友人と食事をするには早すぎる。


最近気になっていた、コメダ珈琲店の姉妹店であるおかげ庵へ。11時までに入り、ドリンクを注文するとおにぎりとお味噌汁がついて来た。


その後七輪でお団子を焼いてみた。



焦げ目がついたら、醤油をつけて二度焼き。



焦げてしまった。



3人でかき氷。



楽しかった。友人もタカ神父様も時期は微妙に異なるが、今年は聖フランチェスコ没800年なので10月のアッシジに巡礼で来られると言う。


私も行きたくなってきた。考えてみるか。