嗚呼、 還暦 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。






ついに今日還暦の誕生日を迎えた。


ミラノでの生活とはガラッと180度違った、まったりとした日々を送っている。なのに毎日が早いこと!


誕生日、ましてや還暦という感覚も全くない日。ミラノ出発前に髪の毛を切ってきたが、襟足が伸び、ボブのラインも崩れ始め、気持ちが悪いので2年前にカットに出かけ、そこそこ満足出来た美容院に朝イチに予約。


それにしても敢えて誕生日を迎えると、「私が還暦?!」なんとも言えない思いが湧いてくる。50歳の時とも違う。


同い年の友人が今年2人孫を迎えた(1人は12月に誕生予定)と言うが、2人とも丙午?!


今でこそ、科学的根拠もない迷信だとわかっていても60年前は、丙の女性は「気性が荒い」とか「夫の寿命を縮める」といった迷信を信じている人も少なくはなかった。父は三男であったが、実家にとっては初孫。当時は出生前診断で胎児の性別も分からなかった時代。それでも母は姑、つまり父の母親に私を堕ろせ、と言われたと言う。(また4人いた姉妹も、3人の姉は未婚であったのは、この姑、つまり私の祖母の何らかの影響があったのではないか?と思う)その時、中絶させられていたら今の私は存在していないし、子供達だって生まれていなかった。こんな暑い時期に産んでくれた母に、そして今日まで生きさせてくれた神様に、心から感謝している。


ところで先週、中学時代の還暦同窓会が行われた。終わったらすぐに国会議事堂に行ってデモに参加予定が、なんと4次会まで行ってしまった!


45年という時間がタイムスリップしたみたいであった。皆、ほとんどの人が変わって誰が誰だかわからなくなっていたけれど、喋ると、不思議に声や喋り方などで記憶が甦って来たものだ。


「中学生の頃、好きだったんだよね。」何人かの男子に言われた。えーそうだったの?同窓会ありあり〜、笑いとばした。


話は基、還暦の誕生日とはいえ、地味に母と長男とでお赤飯とケーキでお祝いをしてもらった。母は長男に年の数だけ豆を食べろと言っていたが、それは節分なんじゃないか?爆


私が生まれた日は、関東の東を北上し始めた台風第8号の影響などもあり、出産中停電をしてしまったと言う。最低気温28.2度、最高気温は31.8度。お昼時の出産だったので、暑かったのだろう。父は、なんとパチンコに出かけており間に合わなかったと今回初めて聞いた。携帯電話のない時代。それも仕方ない。



余談だが、3年後弟も同じ病院で生まれた、祖母と一緒に面会に行った記憶がある。その病院も今やもうない。


還暦、満60歳となり干支が一周して元の暦に戻る。それって人生の大きな節目なんだなあ、と改めて感じる。


これまでの歩みを振り返り、新たな気持ちでこれからの日々を歩み出せますように。


感謝のうちに。