海外生活が長くなると、自己主張が文化的に必須である環境への適応や、察し合いが通じない言語圏での生活による変化によって自然と物事をはっきり言うようになる。(そうでないと生きていけない)
語学学校へ通っていた頃、自分の意見を言わない(日本人は文法的にも自信がないと言わない、言えない傾向があるのでは?)🟰持たない事🟰「存在しないもの」とみなされる傾向があり辛かったことがある。まだ日本人の多い語学学校などで、日本人の国民性や傾向を知っている先生がいれば、まだ気を使ってくれるかもしれないが、そうでないと黙っていると同意や満足と誤解されるてしまう。自分の意思や要望を明確に伝えることが生活していく上で不可欠だし、学校教育でも小さい頃から自分の言葉で意見を言う教育をしているのは、非常に良いことだと思う。
話はずれるがイタリアをはじめヨーロッパはストやデモ行進が多い。「仕事や勉強もせず、ストなんて迷惑だし、何も変わらない」、と以前子供達の前で文句を言うと、「日本はそうかもしれないけれど、ここはイタリア。おかしいと思ったことには、声をあげるべきだ。ママはイタリアで育っていないから理解できないんだよ。」と言われたことがある。
しかし、現在の日本は政治への抗議行動や各種デモや集会が、国会会期中を中心に市民団体によって行われている。今まで政治への関心が低かったため、結果として国民の意図しない政策や不祥事が放置されやすく、無関心できたツケを払わされている感がなくもない。
やはり「他人事」ではなく「自分ごと」と意識を変えれば黙っていられなくなるわけだ。生活や状況が悪化してから抗議の声を上げても、法律や制度を覆すのは非常に困難になるわけよ!
...と熱くなってしまいそうなので、本題に戻るが、どうしても思った事が言葉に出てしまう。言葉を抑えても顔に出てしまう。苦笑
スーパーに行って「高っかーい!」と言ってしまったり、「えっこの量でこの値段?!」
電車の出入り口で、無言で押してくる人に対し「すいませんも言えないわけ?」「降りる人が先でしょ?」などと声が出てしまう。まあそう言うことをする人に限って、イヤフォン、ヘッドフォンなどをしているから聞こえない人がほとんどなのよね。
いやよね、そんなおばさんになるの.....あらま、そんな声まで出ちゃったわ。爆
