学年末最後のポンテ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

イタリアの祝日は、キリスト教関係の祝日がほとんどではあるが、4月25日の「解放記念日」と6月2日「共和国記念日」は、現代イタリアの民主主義の礎となった非常に重要な国民の祝日である。

 

1945年4月25日、第二次世界大戦末期にレジスタンス(パルチザン)がナチス・ドイツ軍とファシスト政権をミラノをはじめとする北イタリアの各都市から追い出し解放した。

 

その翌年6月2日と3日に行われた国民投票で、それまでの王政を廃止し、共和制とすることが決定されイタリアが民主国家として再スタートを切った「建国記念日」にあたる「共和国記念日」。

 

この4月、6月の祝日及び5月1日の「メーデー」は、毎年カレンダーで、土日の前後であると連休となる。祝日と週末の休日の間に平日が間にあれば、日本では「飛び石連休」と呼ぶが、イタリア語では「橋」と呼ばれる「ポンテ」で連休につなげてしまう。

 

前置きが長くなったが、今回6月第2週にイタリアの学校は終了する学年末でありながら、その直前の最後のポンテとなった。

 

本来は空手の野外稽古の予定が入っていたが、参加者が少ないのでは?と懸念され、急遽翌週に延期された。

 

またそれによって本来は行けないなあ...と思っていた日波家庭の友人のお子さんの初聖体に出かけてきた。

 

ポーランド共同体が集まる教会の建物の外側は、1943年の第二次世界大戦の爆撃で破壊された「奇跡の聖母礼拝堂」の残存部分が再生されており、ミラノでは知る人ぞ知る教会である。

 

 

普段現地校に通っている子どもたちは、土曜日にポーランド語とポーランド語による各教科及び宗教の授業があるそうで、日曜日はポーランド共同体のミサにあずかっていると言う。

 

普段ミサでは、イタリア人の子供の落ち着きのない様子が日常なので、たとえ初聖体の儀式であったとはいえ、落ち着き払い、目の澄んだ子供たちの様子が印象的であった。

 

友人のお子さんが最後にポーランド語で歌った。それは天使のような歌声で心洗われるようであった。

 

 

その後友人と別れて、春の物産展”Artigiano in Fiera”へ一人で出かけてきた。ミラノ市からだと地下鉄は片道2ユーロだが、定期券だと市内対象なので、差額1.7ユーロを定期の延長(エクステンション)として購入しなくてはいけないのだが、機械で購入しようとしたら、細かい機能のついていない販売機であったので、窓口へ行った。「ローフィエラまで」と言うと、今何の展示会が開催されているのか?と聞かれた。説明すると、いつまで?何時まで?おすすめは?などと聞かれた。私はプロモーターかい?爆

 

 
日曜日だと言うのに、客足が鈍い。やはりポンテで天気が良いので、人は出かけているのだろうか?
 

その分、冬の展示会よりも広い通路を余計に足ばやに移動できる。

 

まずはお目当てのアレッポ石鹸。

「お~、いつも来てくれているお客さんだね!」おじさんは私の事を覚えていてくれた。前回買った石鹸がちょうど終わるところだが、12月までの半年分、もらっていくわ、と言った。ローレルオイル25%が4つと60%が一つ。どれもしっとりとした洗いあがりだが、どんだけ乾燥肌なんだ?!

 

 

その後は、サルデーニャのブースでCarta Musicaと呼ばれるサルデーニャのパン。玉ねぎ味を3箱購入。

 

  

 

このブースではなかったが、タイマッサージで足をマッサージしてもらった。20分で20ユーロ。これが通常価格であろうか。

 

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カラブリアの柑橘系グラニータ。2ユーロ。下手な街中のジェラテリアで食べるより安い!

 

 
ところで、朝一番に友人の訃報が入った。
 
先週も身近な方が亡くなられ、年齢に関わらず、人生は、いつどこで何が起きるかわからない、とつくづく感じた。
 
樹木希林さんの言葉で、『生きるも日常、死ぬも日常』とあるが、我々はそういった世界を生きている。毎日が続き、生きるのが当然というのは、錯覚なのかもしれないとさえ、思えてきてしまった。
 
「機会があれば、また」「またそのうち」そうやって何事も先延ばしにしがちだが、会いたい人には、会えるうちに会っておくべき、と思う日であった。