フォーリサローネ 2026 〜 その3 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

フォーリサローネの目玉の一つのパラッツォ・リッタ。(リッタ宮)
 
普段は一般公開されていない特別な空間だが、フォーリサローネ期間中は、歴史的な内装と現代デザインが融合する絶好の展示会場となる。ちなみに文化省ロンバルディア州事務局がその保護と強化を担当しているのだという。

 

 

中庭に迷路。と言っても各壁が個室の様にくつろげる空間。

 

 

パラッツォ・リッタ(正式名はPalazzo Arese Borromeo Visconti Litta)は、ロンバルド・バロックの最も代表的な例のひとつとされ、1642年から1648年にかけて、当時ミラノで最も影響力のあった(スペインとミラノの宮廷で元老院議長や行政長官などの要職を歴任)バルトロメオ・アレーゼ伯爵(1590-1674)のためにフランチェスコ・マリア・リッチーニによって建てられた。

 

ちなみにこの大邸宅は、1943年8月の空爆で部分的に破壊され、戦後すぐに再建されたそうだ。

 

余談だが、このパラッツォ・リッタには、長い間リッタ家の「レオナルド」とされてきた、有名なリッタの「聖母マリア」が飾られていた。この絵画は、ダ・ヴィンチのミラノ時代の弟子の中で最も優れていたと言われているジョヴァンニ・アントニオ・ボルトラッフィオの作と広く考えられている。この作品は1865年、アントニオ・リッタ・ヴィスコンティ・アレーゼ伯爵によって、アレクサンドル2世に売却された。アレクサンドル2世は、この作品をサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に寄贈し、同美術館は現在も、同コレクションの傑作のひとつとして展示しているのだそうだ。

 

 

 

 

 

パラッツォ・リッタ前で中国製のセラミック・ブランドのポップアップスタンドでトートバッグを配っていた。今回初めてのトートバッグゲット。

 

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友人のおすすめで、ブッチェラーティへ。

 

 

1919年にミラノで創業したブチェラッティは、”金細工の魔術師”の異名をとるほど類まれな彫金技術を誇る、世界的ハイジュエラー。

 

 

 

それにしても、どこへ行っても登録は全てQRコードでサイトに入り、メール登録。QRコードが送られて来て、初めて入場出来る。今や携帯なし、またはアナログではいられない世界。と言ってバッテリーが切れてしまったらおしまい。便利なのか不便なのか....。

 

ミラノのこう言った街並みが好き。

 

 

この壁は、3世紀末あたりの遺跡の跡。

 

 

3世紀のミラノ(当時はメディオラヌム)は、ローマ帝国の重要な軍事・政治拠点であり、特に世紀末には西方正帝マクシミアヌスの下で西ローマ帝国の首都(286年〜402年)として機能していた。この壁は、戦車レースなどが行われる「サーカス(競馬場・競技場)」の一部の様だ。

 

 

パラッツォ・リッタの斜め前あたりに、ミラノのシステイーナ礼拝堂とも言えるサン・マウリツィオ教会があるが、現代もその周辺に遺跡が、塔や建物の一部として残されている。

 

また通りの名前自体が、サン・マウリツイオの角を曲がったところにある画廊で日本の企業が展示しており、お邪魔して来た。

 

 

 

 

…とここで、携帯の充電が切れてしまった!

 

続く。