キリスト教の最大の祭りは、クリスマスではなく、復活祭。
復活徹夜祭は、一年の典礼のうち、最も盛大で、中心的な祭儀である。この夜、教会は本来、十字架上で死に、葬られたキリストが復活するのを、徹夜で祝うものだが、我がパロッキア(小教区教会)では、夜の23 時から始まっていたミサも2019年からは9時からと早まった。
私は、洗礼は今年でちょうど20周年を迎えるが、洗礼自体は、0時を過ぎていたと記憶しているので、2006年4月15日(土)だったのか?4月16日(日)になったのかどちらなのだろう?といつも疑問を持っていた。まあ、今であれば、時間的に日日が変わる前の時間にミサは終わるので、やはり土曜日の日日で覚えておくべきなのだろう。笑
ところで、ミラノ大司教区において、カテクメナートと呼ばれる求道者は成人向けに2年間のプログラムがあり、復活徹夜祭における洗礼、堅信、聖体拝領をもってその集大成を迎えることになる。(私はながながと聖書の勉強はしていたものの、洗礼は意識していなかったのだが、いきなり現れた司祭に、背中を押され、3か月後の復活徹夜祭に洗礼を受けることができた。これもみ摂理?!)
ここ数年、我がパロッキアでの聖人洗礼はないが、今年ミラノ大司教区では、101名の成人求道者(その多くは若者)が、洗礼を受けた。
また、聖歌隊で歌い十数年。復活徹夜祭のミサの中で一曲だけソロがあった。短い答唱詩編ではあったが、発音に自信がなく、練習をして指導のシスターからオッケーが出ても、そのフレーズだけが脳裏でリフレインしていた。
しかし、声楽で留学し在伊40数年の友人に話したところ、ひたすら歌詞を繰り返し練習、あとは神様に話しかけるわけだから、そう難しくないよ、と言われ、気が楽になった。
過去に何度か書いているが、ローマ典礼(一般的なカトリック)とアンブロジアーノ典礼(ミラノ周辺の伝統)には、微妙な違いがあり、特に、典礼暦(待降節や四旬節の長さ)や、ミサ司式の順序・祈祷文、そして儀式の象徴的な所作にある。
アンブロジアーノ典礼は、ミラノの司教聖アンブロージョに由来する独自の伝統であり、ローマ典礼よりも古風な要素を残しており、ミラノの信者たちはそれを誇りに思っている。(私もアンブロジアーノ典礼の方が好き)
今日の復活徹夜祭のミサでも、大きな違いは、ローマ典礼同様、詩編、賛歌、祈りが含まれるが、旧約聖書の朗読の数がミラノのアンブロジアーノ典礼は一つ少ない6つ。
そして、ローマ典礼では、最後の祈りの後に「グロリア」を唱え、その間に鐘が鳴らされると思うが、アンブロジアーノ典礼は、
”Cristo Signore è risorto! Rendiamo grazie a Dio, Alleluia!”
「主キリストは復活された」と告げ、会衆が「神に感謝、ハレルヤ!」歌い、各自が持って来た鐘を鳴らし、少しずつ高く変調され、声高々に3度歌う。皆その部分は、晴れやかに笑顔で歌うのだ。まさに喜びの鐘!
四旬節、そして、聖週間、何かと心に抱えて来たこの期間、やっと救われた!と言うような軽い気持ちになれる。
その後、ローマ典礼では、A年にマタイ、B年にマルコ、C年にルカの福音書が朗読されるが、アンブロジアーノ典礼は、祈りと新約聖書の二つの朗読、及びそれに対応する詩編の後、復活の福音(マタイ28ː1‐7)が朗読される。続いて説教、洗礼の儀式が行われ、聖人の連祷をもって締めくくられ、最後に聖体礼儀が行われる…ととにかく長い!
ミサが終わって、恒例のコロンバとスプマンテでの祝賀会があった。周りの人と「アウグーリ!」おめでとうといって両頬にキスをするジェスチャーをする。早めに軽い夕食しか取っていなかったので、コロンバを3切も食べてしまった!笑
その後、近所のおばあちゃんが、会場の準備と片付けのボランティアをされているので、彼女を待ちながら、コップに残った飲み物をトイレに流しにいったり、テーブルクロスをたたむ手伝いをした。
やっと終わった!という開放感。
先週まで、いまだ微妙に空気が冷たい気がしていたが、一気に春めいてきた。空が明るく、木々が青々としており、ピンクや黄色の花もいっぱい。
しかし、世界中で不穏なニュースが絶えない中、心穏やかに過ごし、平和を願う気持ちは、多くの人々の共通の願い。
どうか、力によって強要される平和ではなく、対話による平和を!他者を支配しようとする意志ではなく、他者と出会おうとする意志をもって平和が保てるように祈り続けます。
ハレルヤ!
復活された主イエスに祝福が皆さんの上に豊かにありますように。